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第16話

「魔王様。どうかあの子を救ってやってください。わたしの村の子の中でも1番痩せっぽっちの子なんです。次の徴税の時期が来たら、あの子はきっと飢え死にするでしょう。代々守ってきた田畑は、働き手がなくなり荒廃するでしょう。どうか、どうか魔王様のご慈悲をフォリーヌ王国に……」  大聖堂の1番前の席から声が聞こえる。神社でいうお祈りみたいなものなのかな、なんて軽く捉えていると、先程から話し続けていた声がパタリと止んでしまった。 ーーまずい、盗み聞きを気づかれてしまったかな?  前方から、ぴゅーっと小さな物体が走ってくるのを目視した。  え、なに……?  灰色の小さな物体は、僕の座っている椅子の隣に近寄ってきた。 「貴様、わたしの話を盗み聞きしていたなっ! 大聖堂でのお祈りを盗み聞きするなど魔王様の怒りに触れるような行いを……貴様誰だ! 早く言わねば、八つ裂きにしてしまうぞ!」  やつ、ざき。八つ裂き? この子が?  それよりも何よりも気になるのが、この子のフォルムだ。 「わあ。もっふもふだあ。わたあめみたいだね」  触ろうとするとその手をしっぽで弾かれる。 「わたしの身に許可なく触れるなど……なんておぞましいことをっ! 盗人が入ったと魔王様に言いつけてやるんだからなっ」  やっぱり、何回見てもかわいいし。何を怒っていてもかわいいんだけどな……。  その喋る子は、自分のいた世界のチンチラにそっくりな生き物だった。でっかいネズミと嫌煙されがちなチンチラだが、僕にはかわいくてたまらないのだ。ころんとした丸いフォルムに、フェルト生地みたいにふわふわの毛。つぶらな瞳がかわいくて……オメガ雇用で入社したペットショップ会社の本部のお仕事だって、動物が好きで入社したんだし……。 「阿月様!」 「ライア?」  勢いよく走ってきたのか、息を上げながらライアが大聖堂に転がり込んできた。 「メビウス! こちらの方はジス様の客人ですよ! 勝手に怯えさせないでくださいっ」 「な、なんだそれは! わたしは聞いていないぞ。それに、怯えさせてはいない。大聖堂でのマナーを叩き込んでやっていたんだ」 「メビウス……名前が怖いのに、見た目はかわいいんだ……」  メビウスとライアから呼ばれたチンチラは、人語を話している。それも、堂々と。この世界では珍しくない光景なのかな。 「阿月様。大変申し訳ありません。メビウスが無礼を。ジス様に後で報告いたします」  必死に謝ってくるライアに驚きつつも、メビウスはジト目で僕をつま先から足のてっぺんまで見定めるように見つめてくる。品定めされているみたいだ。 「メビウス。こんなところに来て何をしているんですか。あなたにはジス様から与えてもらった仕事があるでしょう」

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