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第63話 桜 初めてのたかいたかい

 テルー城に戻ってきてから1週間が経とうとしていた。  夕方、不意にジスが僕らの部屋に現れた。 「ジス。公務お疲れ様」 「ああ。ありがとう。桜はいるか」  きょろきょろと辺りを見渡すジスに、僕は乳母車を示す。 「桜はここだよ」  ジスと僕が覗き込むと、桜は抱っこしてもらえるんだと思ったのか手足をばたばたと動かしている。ジスが桜の脇に手を入れた。初めてジスに抱っこされた桜は少し固まってしまう。しかしそれもつかの間。ジスは高い高いをして遊ばせてくれる。 「きゃっきゃっ」  桜の喜ぶ声とにこにこ笑顔が見れて僕も自然と笑顔になる。ジスも微笑を浮かべて桜を抱っこしている。 「たまにはこういう日もいいな」 「うん。そうだね」  不思議と、桜は冥界で過ごしていても父親であるシュカ王子じゃないと嫌! という反応は見せない。  1歳の子の感覚ってそのくらいなのかな? 王子はあまり桜とは関わる機会が少なかったし。むしろ、きなこくんに会えなくて寂しがるかなと思ったけど、そうでもないのかな。 「桜。少し散歩しようか」  ジスの提案に桜は目を輝かせる。 「あういー」  桜を片手に抱えながら、ジスがゆっくりとした足取りでテルー城の外に出る。テルー城の庭には、かぼちゃ、人参、ナスなどの野菜が育っている。野菜の収穫をしていたメビウスがこちらに気づいて駆け寄ってきた。 「魔王様! こんにちは!」 「ああ。メビウス。収穫のほうはどうだ?」  メビウスは人参を土から取り出し、ジスに渡そうとする。  キラーン、と桜の目が光った。メビウスが差し出した人参を桜が手で掴んだのだ。そうして、小さなお口にぱく、とはむはむしようとしたその時ーー。 「う?」  ジスが桜の唇を、人差し指の腹で止めた。桜はきょとんとしていたが、目の前の大好きな積み木の人参に似ている本物の人参を見たからには触りたくてたまらないらしく、大泣きしてしまう。 「びぇぇえー」  メビウスは桜の泣き声を聞くと心配そうに僕を見上げた。 「メビウス。人参の土を水で洗い落としてくれないか」 「魔王様! もちろんですっ」  ぴゅーっと小柄なメビウスが人参を片手に水場に走っていく。 「ようしようし」  ぽんぽんぽん、とジスが桜の背中を軽く撫でる。涙と鼻水でぐっちょりしている桜は泣き疲れたのか親しゃぶりをしてジスの胸に頭を寄りかけている。 「ジス様っ! お待たせしました!」 「うん。助かるよメビウス」  桜の顔に笑顔が咲く。土を洗い落とした人参をジスから受け取りまじまじと眺めている。まるで小さな女の子がプリンセスの王冠を眺めるようにきらきらとした瞳で見つめるのだ。

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