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【春視点】
常田春の一日はこの男に起こされてから始まる。
リビングに向かうと、既に出来上がった朝ご飯が綺麗に机に並べられていた。キッチンに先に戻っていた彼は「ご飯、冷めない内に先に食べてて」と背を向けたまま告げる。
答える代わりに自分はそのまま席に着き、手を合わせて「頂きます」と早速パンを頬張る。その間に凛太郎は俺と自分の弁当の準備をせっせとこなす。運良く全て片付いていたら一緒に朝食にありつける。これが大学生になった俺の日常──しかし、幼馴染という間柄、常に一緒にいた為、幼少期からの見慣れた光景と化していた...筈だったのに。
「...」
今日もイケメンだな、ほんと。
自嘲気味にそんな事を思いながらふわふわのトーストを頬張る。彼が母親の料理を手伝っていた姿は今迄何度も見てきたから特に変わった点なんてない筈なのに、何故だろう。毎朝この男が自分の為にご飯を作り、弁当迄用意してくれるというシチュエーションだからだろうか。無駄にときめいてしまう。
「ふーっ、やっと終わった。俺も食べよっと」
「!」
ボーッと眺めていたら既に作り終えた彼が慌ただしくエプロンを剥ぎながら目の前に座った。「頂きます」と同じ様にトーストを頬張る凛太郎。目が合うなり、嬉しそうに「美味しい?」と聞いてくるもんだから心臓が跳ね上がりそうになる。
「お、美味しいから食べてる....」
「──ふふっ。..だね」
あぁ...またやってしまった。この態度と発言、どうしても凛太郎を前にすると素直に気持ちを伝えられない。
内心ごめんと何度も謝るが顔には全く出ない自分を嫌がる事なく、凛太郎は笑顔で俺を見つめている。自分で言うのもだが、我ながら冷たい態度を取っている自覚はある。「ご馳走様でした」と立ち上がった俺が皿を洗おうとするや否や「洗っておくから春は準備しといで」と彼は言う。
どれだけ甘やかせば気が済むのだろう。そのままキッチンに置かれたままの弁当に視線を向けると、いつの間にか背後に立っていた彼がパンを咥えたまま「今日の献立楽しみにしといてよ」と背中に腕を回してくる。突然のバックハグに近い行為に心臓が跳ね上がって思考停止寸前になる。
「春の大好物作っといたから」
「...それは楽しみだな。ていうか近い」
危ない危ない、顔に出てしまう。
距離感が昔からバグっているコイツには通じないが、毎度近付かれる度に一応距離を置こうとはしている。凛太郎に近付かれると心臓が煩くてかなわない。ムッとした彼は無言でもう一度グッと顔を近付けてくる。
「ちょっ、話聞いてた──、──!」
「うーん...顔赤いけど熱はなさそう..」
「!」
人の話を聞かないし、距離は近いし、離れてまた近付いてきたかと思えば今度は額をコツンと当てて急接近だ。カーッと顔が更に赤くなった自分はゴツンと勢いよく頭突き。顔を痛そうに顰めた凛太郎に「熱を測るなら普通に測れ」と捨て台詞を吐き、弁当を持って玄関に向かう。人の気も知らないで本当にコイツは──
「春!──行ってらっしゃい」
泣き笑いの様な顔でそう告げる彼。凛太郎はいつもどんな時でもこうして「行ってらっしゃい」を言ってくる。その度に自分は胸が締め付けられそうになる。
「──行ってくる」
コイツは...本当に──
底から溢れ出てくる愛おしいという感情をグッと必死に堪えて返した精一杯の返事は自分が思っている以上に小さくなってしまった。扉が閉まる直前迄笑顔で見送ってくれていた凛太郎は、そんな自分の返答に嫌な顔一つせず「気を付けて」と続けた。
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