3 / 4
1-2
俺がこんな思考を持つようになったのには、明確な理由があった。
俺が生まれたのは国で成金貴族と呼ばれていたルキエ男爵家。
数代前のじいさんが金を積んで爵位を買った、正真正銘の成金貴族。
男爵家には俺を含め三人の息子がおり、俺は末っ子だった。
長兄は見た目麗しく、誰彼構わず魅了した。美しい容姿に群がる女性は数知れず。まるで花に引き寄せられていく蝶のようだと思ったのは記憶に残っている。
長兄は来る者拒まずでもあったので、どんな人であっても抱いていたけど。
――女の恋に関する恨みは恐ろしいと知らずに。
次兄は優秀な人だった。王宮で文官として働き、周囲の信頼も厚い。少々カタブツだったのは奔放な長兄の影響だろう。あんな風にはなるまいという一心で、次兄は自分なりに頑張っていたのだと思う。
両親は跡継ぎである長兄を可愛がり、次兄と俺のことはほったらかしだった。いつだって優先されるのは長兄。次兄はすべてをあきらめていたようだったが、俺は簡単にあきらめることが出来なかった。
そりゃそうだ。俺一人だけ、かなり年が離れていたから。
「ユーグ。あの人たちはダメなんだ。せめて僕たちだけでもしっかりと生きていくべきだよ」
次兄は優しかった。両親から愛情をもらうことが出来ない俺を気にかけてくれて、使用人たちと一緒に毎年誕生日にはささやかなパーティーを開いてお祝いしてくれていた。
なのに、運命は残酷だ。
次兄は亡くなった。事故とか病気とかならば、まだマシだったのに。次兄は殺された。
――長兄に恨みを持った女性が、次兄を刺した。
『兄さん! 兄さん!』
俺は亡骸に縋った。俺のことを唯一愛してくれていた家族。大切な兄。
涙が止まらなかった。当時の俺は十二歳で、まだまだ子供。大好きな兄が亡くなったことを、すぐには認めることが出来なかった。
一人泣き叫ぶ俺を宥めるのは家族ではなく使用人たち。両親と長兄は側でお金の話をしていた。
彼らによると、男爵家には財産などないらしい。生活費はすべて次兄が稼いでくれていた。彼がいなくなった今、この家は生活していくことさえ、ままならなくなっていた。
「せめて大金でも遺していけばいいものを――」
長兄の小さなつぶやきが耳に入った。俺は、許せなかった。
――お前の所為で兄さんは死んだんだ!
言いたかったのに、言えなかった。唇を震わせ、俺は涙を流すことしか出来なかった。
「殺すのならばこの子ではなくユーグにすればよかったのに」
母が俺を一瞥して、吐き捨てる。胸が抉られていくような感覚に襲われる。
俺の視界に映った母は、こんな顔だっただろうか?
「使用人たちには全員暇を出しましょう。給金なんて出せないわ」
「屋敷のことは誰がするんだ?」
長兄が問いかける。母は俺に視線を向けてくる。
「この出来損ないのユーグに任せればいいでしょう。こういうときくらいしか役に立ちそうにないもの」
まるで俺の存在自体が邪魔だと言いたげな言葉。
驚いたのは、俺が母の言葉にショックを受けなかったことと、涙一粒出なかったことだ。
(――兄さん)
兄さんがいてくれたらきっと、俺を庇ってくれたはずだ。――その兄さんは、もう居ない。
(俺のことを褒めてくれて、頭を撫でてくれた兄さんはいないんだ)
嫌というほどに実感したとき、俺の心にはぽっかりと大きな穴が空いた。
あれから三年後。ルキエ男爵家は財政難で没落。悲しくなんてなかった。むしろ清々している。
両親も長兄も俺のことを痛めつけるばかりだった。
――役に立たないのならば、捨てるぞ。
何度も脅すような言葉をかけられていた。あのときの俺は、家に縋りつくことしか頭になかった。
――いつか愛してくれる。俺のことをしっかりと見てくれる。
淡い期待をしては、裏切られ、壊され。
気が付いたらなににも期待しない男に育っていた。
なのに頭の奥底には『見捨てられたくない』という気持ちがあって。
結果、俺は大層面倒な男になってしまったのだ。
ともだちにシェアしよう!