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1-4 噂の真相

 竜虎(りゅうこ)たちは、宗主のいた広間から少し離れた場所にある客間に通される。  宗主の護衛だという花緋(かひ)は、どこかの誰かに似て口数が少なく、表情もあまり変わらないせいか、どことなく不機嫌そうに見えた。  花緋は腕を組んだまま朱色の柱に寄りかかり、我関せずと離れた場所で目を閉じている。  竜虎より少し背が高いくらいで、二十四歳。現宗主の従弟らしい。  あの賑やかしい印象の蓉緋(ゆうひ)とは真逆で、必要最低限以外の言葉を発していない。  伯父である虎斗(こと)が言うには、護衛には自ら志願したそうだ。  ()の一族は力がある者が絶対的存在で、力の無い者はそれに従うのが習わしらしいが、彼の実力は宗主に次ぐほどだという。 「伯父上は、光焔(こうえん)になにか用があって立ち寄ったんですか?」  姮娥(こうが)朎明(りょうめい)が言っていたのは、宗主に用があるということだったが、あえて竜虎はそう訊ねる。  護衛の花緋が知らないことかもしれないし、特別な用があるのかもしれない。 「私かい? それは、二年前の件で色々と解ったことがあって、それを進言しにね」 「二年前?」  竜虎が光焔の地で"二年前"で思い浮かぶことはひとつしかなかった。  二年前と言えば、蓉緋が二十三歳という若さで緋の一族の宗主になった年だ。  各一族、歴代の宗主の中でも最年少の宗主として、当時かなり騒がれていたのを記憶している。  そんなふたりの会話を耳にしつつ、花緋は目を閉じたまま、ひとり物思いに(ふけ)る。  彼らは知らないだろう真実を知るのは、自分と、蓉緋を宗主の座に導いた老師と、当時を知る十数人だけだ。 (白獅子····奴はどこまで知っているんだ?)  花緋は二年前よりも、さらにずっと前の出来事を思い出していた。  騒がれていた理由はそれだけではなく、蓉緋自身の出生もそのひとつだった。そもそも蓉緋は、生まれた時から緋の一族たちの住まう宮には住んでいなかった。  彼はそもそも孤児で、七歳の時に母親が亡くなってからは、ずっと市井の路地裏で生活をしていた。  していたのだが、十歳になる頃には同じような境遇の者たち十数人をまとめ上げ、ひとつの組織を作り上げていた。悪さをするわけでも施しを受けるわけでもなく、仕事を請け負い、それぞれの特技を屈指して商売をし、たった十歳の少年が大人たちと渡り合っていたのだ。  当時の宗主は非常に多くの妻を娶り、娶っていない者も合わせるともはや解らないくらい女にだらしなく、何人もの子供がいたそうだ。  その中のひとりであった蓉緋だが、母親は父親の事をなにも言わず、顔も知らないまま育ったのだという。  しかし、その血は確実に能力として宿っており、緋の一族であることは紛れもない事実。  だからと言って、幼い頃から見上げている宮廷に足を向けることはなかった。代わりに、自分と同じように路地裏で生活する者たちの上に立ち、日々生き延びるために知を屈指する方を選んだのだ。  その中に、花緋もいた。  花緋は、その当時の宗主の弟の子だった。四人いる妻とは別の(めかけ)の子で、同じ頃に母親を亡くし、偶然にも孤児として路地裏で生活していた蓉緋と出会ったのだ。  蓉緋と違い、父親には何度か会ったことがあったが、とにかくその男が嫌いだった。母親は美しい顔をしていたが、弱くて可哀相なひとだった。  最後には金だけ渡され、あの男がもう二度と来ないとわかると、自分を置いて自らの命を絶ってしまったのだ。花緋が六歳くらいの頃だった。 (蓉緋様は妻などいないし、子供もいない。(こう)宮の者たちが追い出されずに悠々と暮らせているのは、彼のおかげだというのに、)  彼を疎ましいと思っている者が事実とは違う噂を流し、まるで蓉緋が彼女らを囲っているかのような話にすり替えられているのだ。  それに対して蓉緋が何か言うわけでもなく、わざと面白がって、含みのあるような言い回しをするので、余計に誤解を生むのだ。 (老師も老師だ。なぜ皆にそう説明しないのか。あの狸、今度は何を考えている?)  老師とは、緋の一族の政を任されている者で、二年前の謀反が起こる前は三人いた。今は、宗主に助言できる唯一の存在である。  謀反が起こり、罰せられた者たちは数知れず。それを先導していたのが、ふたりの老師だった。むしろ正しいかったのではないかと、花緋は思う。  悪しき王を退け、新しき王を据える。ただ、その新しき王となった者も、すぐに蓉緋によってその座を追われてしまった。  結果的に、今の緋の一族は盤石なものとなり、今に至る。  自分たちの王が真の王となった時、花緋やあの当時の仲間たちは心から喜んだ。自分以外の十数人の仲間たちは、今も市井におり、事ある事に助力してくれている。  しかし、この二年間、追われた方の奴らはずっと息を潜め、こちらの隙を狙っている。少しの油断もできない中、彼らがやって来た。  違う一族だが、彼らも警戒することに越したことはないだろう。  あの白獅子さえも、信用ならない。  誰も信じない。  信じられるのは自分自身と、主である蓉緋だけ。  花緋は扉が開く音がして、ゆっくりとその朱色の瞳を開いた。

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