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2-16 痴れ者、舞う
宗主としても多忙な蓉緋 が、その公務と公務の合間の時間に、鳳凰殿の広間で無明 と鳳凰舞の打ち合わせを簡単し、それぞれの舞を合わせる。
無明は無明でそれとは別に鳳凰舞を習うわけだが、それを教えているのは年配の女性の師範であった。
「燕 様、どうかな?こんな感じで合ってる?」
「そうそう。本当に理解の早い子だね。合ってるも何も完璧だよ」
「へへ。おばあちゃんに褒められるの、すごく嬉しいっ」
蓉緋が広間に足を踏み入れると、燕と無明が、まるで祖母と孫のように仲良く会話をしていた。
あの堅物の燕ばばあが、満面の笑顔を浮かべているのも驚きだが、あの舞をもう完璧に覚えてしまった無明にも驚く。
意外にも複雑な舞なので、ひと月はみっちり練習が必要だ。それなのに、たった数日、しかも時間も少ない中で完璧に舞えていること自体、すごい事だった。
(あの紅鏡 での四神奉納舞も見事だった。あれは、しなやかで優雅な舞という印象だが、鳳凰舞は舞の展開が多く緩急の変化も激しい。昨日合わせた時も、まったく違和感がなかった····流石としか言えないな、)
痴れ者の第四公子。それが目の前の者だとは誰も思うまい、と蓉緋は口元を緩める。
「宗主、ご挨拶申し上げます」
蓉緋に気付いた燕が、手を前で囲って揖 し、さらに頭を下げて深くお辞儀をした。無明も同じように挨拶を交わす。
本番で纏う赤い花嫁衣裳を纏い、肩には朱雀である老陽 が与えた羽織がかけられていた。
長い髪の毛は高い位置で一本に括られ、赤い髪紐で結ばれている。
「蓉緋様、俺、おばあちゃんに褒められたよ!」
「無明殿、宗主に対してその言葉遣いは気を付けなされと、前から言っておりましょう?様を付けても、それでは同じですよ、」
「構わない。彼は特別だからな。お前こそ、いつもなら俺にさえ"師範と呼べ"と煩いくせに、おばあちゃん などと呼ばれて喜んでいるだろうが」
それとこれは別です、と燕は無明の方を見ながら、誤魔化す。無理もない。本当に孫のように可愛がっているのだ、この者は。
相手はあの無明。あの笑わないしゃべらないで有名な、白群 の第二公子でさえも味方にしてしまうその才に、ただの偏屈婆さんの顔が緩まないわけがないのだ。
「鳳凰の儀は明後日だ。もしかしたら、これが最後の合わせになるかもしれない。明日は準備の最終確認もあるし、時間が取れるかわからないからな」
「そっか、じゃあ初めから通してやった方が良いかなぁ。蓉緋様は不安なところはある?合わせにくいところを集中してやるのもありだよ?」
そんな風に無明は言うが、合わせにくいところなどなかった。
なぜなら、蓉緋に合わせて無明が上手く調整してくれるので、合わないわけがなかったのだ。
「通してやるのがいいだろう。疲れていないか? 休まなくても平気?」
「大丈夫。じゃあ、始めよう!」
本番は楽師たちによる楽器の演奏もあり、練習では代わりに燕が琴を弾いてくれていた。
藍歌 が奏でる美しい音色に聴き慣れていた無明だったが、燕が奏でるちょっと調子のズレた音色も味があって良いと思うようになっていた。
ふたりは広間の中心で、舞を舞う。蓉緋の左側に無明が立ち、琴の音色に合わせて左右対称で舞われるその舞は、華やかで艶やか。
緩急が激しく、見ていて飽きないような構成になっており、それはまるで大きな翼を広げた鳳凰の如く、ふたりでひとつという形になっている。
ぴたりと最後の音で止まり、ふたりは顔を見合わせる。完璧と言っていいだろう。
「おふたりとも、見事でした」
「へへ。やったね、蓉緋様!」
そうだな、と蓉緋も自然と笑みが零れる。無明が来てから、自分がこんな風に心を許して、他人に笑いかけていることが不思議でならなかった。
花緋 に対してのものとは違う、特別な感情。
他の従者や一族の者たちの前での自分。福寿堂にいる昔の仲間たちの前での自分。どれも自分に変わりはないが、どうも無明の前だと、一枚隔てている壁のようなものが、いつの間にか消えて無くなってしまうのだ。
赤い花嫁衣裳の袖から覗く色白で細い手を取り、蓉緋はその場に跪く。無明は突然そんなことをする目の前の宗主に対して、ただ首を傾げていた。それはまるで、ここを初めて訪れた時と同じ。
案の定、蓉緋は主に仕える護衛のように、その右手の甲に唇を落とす。それには無明も燕も驚き、言葉を失う。
「無明、いや、朱雀の神子。鳳凰の儀、必ず最後までやり遂げることを誓う。どうか、この儀式の間だけでも、俺の花嫁として力になって欲しい」
その言葉は、どこまでも真摯で。
その眼差しは、どこまでも真っすぐだった。
「うん、俺、頑張るよ」
翡翠の瞳を細めて、無明は小さく笑う。
そんなふたりの雰囲気を邪魔してはいけないと、燕はなるべく気配を消すように、しかししっかりとその様子を見ていた。
(あの蓉緋様が、外から来た公子様に婚姻を申し込んだという噂は、ただの噂ではないのかもしれないねぇ。無明殿なら、私も大歓迎だよ)
心の中でそんなことを呟きながら、宗主の嫁になるかもしれない無明と、跪いたまま愛おしそうに見上げている蓉緋を、絵になるふたりだねぇと、年甲斐もなくうっとりと眺めるのだった。
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