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2-27 鳳凰

 白獅子である虎斗(こと)が舞台上に降り立ち、鳳凰の儀の中断を申し出る少し前。竜虎(りゅうこ)と共に向かった先。そこはこの舞台の全体を見渡せる岩壁に設けられている高台の上だった。  様々な建物の全体的な名称を朱雀宮と呼び、その中に設けられている建物それぞれに名がついているのだが、その高台にはそういった名称はなく、長い歴史の中で岩壁が削れ、自然にできたでっぱりのようなものだった。 「竜虎、無の陣は使えるね」  無の陣。使う者によってその範囲は異なるが、金虎(きんこ)の一族の直系の中でもさらに限られた者のみが使える能力。術の無効化。それは敵も味方も関係なく、その効果を完全に無にする力で、例外はない。  金虎の一族が五大一族を統べているのは、一族同士の争いを止める術を持つ唯一の存在だからでもある。故に、剣術や武術に関してどの一族よりも力を入れ、全体的に優れているのも頷ける。  もちろん、白群(びゃくぐん)にはそれに特化した者も存在し、姮娥(こうが)の姉妹もそれぞれ有名だ。()雷火(らいか)も同様といえよう。  だが、金虎はすべての術士が平均以上の優れた精鋭で、その中でも宗主である飛虎(ひこ)、その兄である虎斗(こと)、そして竜虎の兄である虎宇(こう)は群を抜いていると言われている。  五大一族の格付けでその虎宇の上をいっている、白笶(びゃくや)白冰(はくひょう)の実力がどれだけ凄いのか。もはや竜虎には手の届かない雲の上の存在といえよう。 「私と君で、この舞台全体に陣を敷く」 「この舞台全体に、ですか?」 「ああ。私もひとりでは難しいが、ふたりで範囲を補足すれば問題ない」  確かにひとりではまず無理な規模だが、ふたり力を合わせればなんとかなる気がした。虎斗の力の足りない分を竜虎が補うことで解消されるはずだ。もちろん、圧倒的に虎斗の方が能力も高く範囲も広い。負担は明らかに虎斗の方が大きいのだ。 「彼らがすべてを発見するのはやはり無理があるだろう。ひとつでも見逃せば怪我人どころでは済まなくなるかもしれない。ならば、そのすべての符の効果を無にする。他にも何か仕掛けているのだとしたら、それも防げよう」  虎斗の言葉に、竜虎は頷く。確かに、民を巻き込むという卑劣なことを企むような奴だ。それ以上のなにかを仕掛けていてもおかしくはないだろう。無の陣で一度無効化した術や符の効果は、再度発動することはできない。だからこそ今回の事態に対しては、なによりも有効な手段といえよう。 「でも無の陣を相手に気付かれないように敷くには、どうしたら····」  無の陣は発動する際に暁色の太陽のように光る陣が浮かび上がらせる。それはかなり眩い光を放つので、民たちの混乱を招きかねないのだ。 「最小限の力で、広範囲で陣を敷く。運良く今は太陽が真上に来ていて、晴天。ちょうど蓉緋(ゆうひ)花緋(かひ)が派手に立ち回っているから、皆の視線は舞台に集中しているからね。それを逆手にとる」  虎斗は簡単に言うが、竜虎はそんな器用なことができるか不安しかなかった。本来、制御して使うことはないし、そもそもあの陣を実戦で使ったのは一度しかないのだ。 「大丈夫。やりながら私が力の使い方を教えてあげるから、なにも心配ない」  虎斗の言葉は心強く、竜虎は大きく頷いた。そして、誰に気付かれることもなく、無の陣は舞台全体に敷かれ、そこに準備されていたすべての企みが無効化される。  虎斗はそのまま舞台へと舞い降り、竜虎は全力で力を使ったため立ち上がることさえままならない。自分よりもずっと広範囲で陣を敷いた虎斗は、まったく変わらない様子だった。 (やっぱり、伯父上はすごい····いつか俺も、あんな風に)  肩で息をしながら、竜虎は舞台を見つめる。少しずつ、前に進めている気がする。これも白笶が師として日々鍛えてくれている影響が強いだろう。周りにはすごいひとたちがたくさんいて、そんなひとたちの背中が竜虎には広く大きく見えた。  まだまだ道は遠い。それでも、いつか。  竜虎は座り込んだまま、事の顛末を高台から見守る。ここからが、本来の鳳凰の儀のはじまり。無明の、朱雀の神子としての舞台のはじまり。  青い空にこの岩壁に囲まれた要塞、光焔(こうえん)の地を覆うほどの大きな朱色の陣が刻まれる。途端、あんなに明るかった空がこの地を中心に暗く陰り、異様に光る陣から姿を現したそれ(・・)に、竜虎は目を瞠った。  まさに鳳凰。それ以外の何者でもない神聖な存在が上空を舞うように炎の翼を広げ、旋回する。炎を纏った何本もある尾は長く、まるで孔雀のよう。纏う炎から火の粉が散って、夜空に上がる花火の如く美しい。  あれが、この地を守護する四神、朱雀。  その鳴き声はなんとも表現できないもので、鳥でも獣でもない。しかし言葉を失うほどの迫力と神聖さを、その場にいた者たちは感じたはずだ。それでも恐ろしいという負の感情よりも、気高く美しいとさえ思える不思議な高揚感が勝ち、その姿をいつまでも見ていたいと思ってしまう。  朱色の陣を中心に、薄い膜のような結界がこの地を覆っていく。それは碧水(へきすい)玉兎(ぎょくと)を守護している結界と同じ、かつてそれぞれの地にはられていた四神の強力な守護結界。本来、神子が巡礼することで四神の加護が継続されていたもの。今生の神子である無明(むみょう)が、神子である証でもあった。  結界が完成すると、朱雀は再び炎の翼を広げ、陣の中へと戻って行った。途端、あんなにも暗かった空が、まるで夢か幻でも見ていたかのように澄み渡った青色へと戻っていた。  そのすぐ後、大きな歓声が地を揺らすほどに響き渡る。神子を呼ぶ声が重なり、民たちの喜びがここまで伝わってくる。本当は心配していた。  ひとは得体の知らないものや力を、少なからず恐れる傾向がある。  それが神と名の付く力なら尚更だ。しかし、この地の民たちは恐れよりも感動が上回り、神子の再来を心から歓迎しているようだった。それくらい、この国には"神子"という存在が必要で、望まれているのだということを思い知らされる。 「····俺も、負けていられない」  膝に力を入れ、竜虎はゆっくりと立ち上がる。止まない歓声。その中心にいる存在。負けられない。自分は自分の道をまっすぐに突き進む。憧れているだけではだめだ。もっと努力して、力を付けて、そして、恥じることなく無明の隣に立ちたい。 「俺は、白獅子になる。この国を視る、白獅子に」  伯父である虎斗にさえ、まだ遠い。  でも、いつかきっと叶えてみせる。  竜虎は舞台を見据え、ひとりそう誓うのだった。

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