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14話 ケンカするほど仲が良い!
ーー次の日、朝
はぁ~~。結局キス程度しかできなかった。もっといちゃいちゃしたいのに。我慢させられていたせいなのか、今まで以上に、如月を見るとムラムラする。
会社に到着し、セキュリティゲートにカードをかざし、中へ入る。ゲートを入った先に、神谷が紙ごみを沢山抱え、待っていた。
「はよ。何してんの?」神谷に訊く。
「遅ぇ!! 大変なことになってるのに!! 早く来い!!」
腕を引っ張られ、そのままついていく。
「如月のお昼ご飯作ってたら遅くなっちゃって」
「いい大人なんだから自分で作らせろ!! それどころじゃないって!」
神谷には焦りの色が見える。
社内掲示板の前で、神谷は止まった。人だかりが出来ている。「すみません」と割り込み、前へ行く。
社内掲示板には自分と如月が手を繋いだ写真やホテルから出てきた写真で埋め尽くされている。剥がした跡があるのは、神谷がやったのだろう。
1文字ずつプリントして貼られた『人気小説家如月弥生の恋人』という文字。あぁ~~。そういう系で来たか。
社内に変な噂が広がろうが、自分のセクシュアルマイノリティが人為的に公開されようが、俺はどうなってもいい。
でも、如月は執筆活動で顔出しをしていなければ、自分のプロフィールも当たり障りないことしか書いていない。今後の活動に影響が出るかもしれない。自分のせいで、如月が苦しむことになるのは嫌だ。
如月に関係するものから、一枚一枚剥がしていく。俺が鈍感でも、犯人は誰だか分かる。手に入らないと分かり、如月を潰しに来たということも。許せない。本当に許せない。
怒りが沸き、次第に紙や写真を荒々しく掲示板から剥がす。人だかりは散る気配がない。それどころか、人の不幸を喜ぶように、楽しんでいる。シャッター音すら聞こえる。はらわたが煮えくり返る。
「何? 俺が誰と付き合おうと勝手でしょ? 文句あるの?」
振り返り、集まっている人に言い放つ。
「マジで、こんなことして許されると思ってんの?」
手の中の紙をグシャっと握った。
「ねぇ、写真撮ったよね? SNSにあげるの? 人が傷つくの見て楽しいの? そんなことして何になるの? 他人の共感を得て気持ち良くなってストレス発散ですか?!」
胸の中から、怒りが突き抜け、止まらない。
「おい、やめろ! 伝える相手を間違えるな」
神谷に肩を掴まれた。間違える? 間違えてない!!!
「はぁ? SNSにあげられたら、こんなのデジタルタトゥーになるだろ!! 俺は良くても、如月にとっては足枷にしかならないんだよ!! さっき撮ったやつ誰? 今すぐ削除しろ!!」
この場にいる人全員を睨む。
「冷静になれ。感情的になっても、上手くいかない。全部一緒に考えるから」
神谷が残っている写真や紙を全て剥がし始めた。
「神谷ぁ……どうしよう、俺のせいで如月が世の中に好奇の目で晒されたら……」
手の中にある、一枚の写真を見る。手を繋いで幸せそうに笑っている如月。絶対にこの笑顔を壊したくはない。
「とりあえず、証拠として、家に持って帰る?」
「う~~ん。犯人わかってるし要らない……」
2人でシュレッダーに紙や写真を入れていく。笑顔も一緒に切り刻まれるような気がして、少し気分が悪くなった。
*
皐への結婚祝いに短編の読切を一本書くことにした。二本同時進行の執筆は結構しんどい。昼食と気分転換にリビングへ行く。今日はビビンバ丼か。
テーブルから昼食を取り、電子レンジで温める。テーブルに置かれたテレビのリモコンが目に入る。
普段、テレビは観ない。SNSもやっていない。世事は疎い。たまにはテレビも良いかもしれない。温めたビビンバ丼とスプーンを持ち、テーブルへ置き、床に腰を下ろす。リモコンでテレビを付けた。
「ん~~っ今日も美味しい」
今日はお昼ご飯作るのに時間かかってたなぁ。ビビンバ丼を食べながら、テレビを見つめる。
『では今週のSNSバズりチェック!!』へー。
『皆さん、満狂 は覚えていますか?!』なにそれ。
『数年前にドラマ化された小説、【満たされる愛憎と美しき狂愛の中で】の略称ですね! ドラマは続編を期待されるほど、大ヒットしましたね!』
えっ。私の小説? あぁ、そういえば続編書かされた気がする……。
『満狂 今日見た? 見た今日! なんて言葉の掛け合いもSNSで話題になりましたよね!』
そうなの? 知らない……。
『なんと! その満狂 の原作者、如月弥生先生の素顔が今、SNSでバズっているんです!!』
え? 食い入るように画面を見る。
『この写真です!!』
こ、これはホテル帰りに睦月さんと手を繋いで帰った時の……! でも睦月さんは切り取られてる! 良かった。
『元々この写真は恋人らしき人と写ってました!』
や、やばい……。
『男性と手を繋いでいたんですよ~~。この点からネットでは如月弥生先生のLGBT疑惑が浮上しており、LGBTを隠さず、手を繋ぎ、幸せそうに笑う如月先生の写真を見て、同じ悩みや気持ちを分かり合いたいとコンタクトを取りたがってる方もいるとか』
LGBTじゃないし。LGBTQ +だし。
『SNSでは恋人発覚よりも、如月先生が眼福すぎる、如月先生と繋がりたい、如月先生と満狂したい、など沢山の書き込みで過熱しており、満狂 への再注目もされ、多くの話題を集めています!』
うわぁあ、外歩けない!!
『恋人発覚より、見た目の美しさがSNSに火を付けた感じなんですね! お、何々? 続編も今後予定があり! 楽しみですね! 今週のバズりチェックでした!!』
続編まだ公開されてなかったの?!
まぁ、芸能人ではないし。すぐ忘れられるだろう。公開していなかった顔が漏れただけだ。顔を公表している作家はいる。問題はない。こんな形でも注目が集まり、本が売れれば一石二鳥というものだ。
あの時、聞こえたカメラ音みたいなものが聞き間違いじゃなかったとしたら、睦月さんが心配だ。職場で何か起こっているかもしれない。
電話、してみようかなぁ? でも自分からかけたことない……恥ずかしい。
リモコンでテレビを切り、スマホを見る。ほぼ、既読無視している睦月のメール。今日はメールが来ていない。音声通話ボタンを押した。ワンコールで出た。早。
『……初めて如月から電話くれた』
声にあまり元気がない。
「大丈夫かなぁって……」
電話をしながら、食器を下げる。
『え……もしかしてなんかあった?』
自分より私の心配か。
「えぇ、まぁ。この程度、何も影響はありません。私は大丈夫ですから、睦月さんは自分が正しいと思ったことをしてください」
自分なりに励ましてみる。離れていても少しでも睦月さんの力になれたらいいな。
『ありがとう。ちょっと折れかけてた。自分のせいで如月がって思ったら……もう……』
あぁ、抱きしめたい。
「私が窮地に陥ったら、別れます?」
『はぁ? 何言ってんの? 別れるわけないじゃん。絶対助けるし、そばにいる』
顔を見れないのがさびしい。
「だったら、私がどうなるとか気にする必要はないですね。ずっとそばに居てくれるんでしょ」
電話越しに微笑んだ。
『うん。精神的に少し落ち込んでたけど、話したら元気出た。如月、電話ありがとう、大好きだよ』
今日迎えに行こうかな。人目は気になるけど。
「ふふ、今日えっちする?」しないけど。
『えっ!! ほんと?!』
うわぁ、一瞬で元気になった……。
「嘘だよ~~ん」
強制終了。電話を切った。
職場でも大変なことになってるのは間違いなさそうだ。今日はお互いの状況をきちんと話し合わなくてはいけない。
*
ーーオフィス外構
『嘘だよ~~ん』切られた。
「はぁ?! ちょっ、ひど!!!」
人の気持ちを弄ばれた!! こんの~~!!
「なんつーか、前より仲良くなったな」
「え? そ、そう?」
「うん。何があっても大丈夫だと思うよ。話し合いは必要だけどさ。羨ましいよ。皐は言葉が足りないし、捻くれてるし、天邪鬼だから、扱いづらい。家事も壊滅的だしな」
神谷が手を額に当て、悩んでいる。
「何? ケンカでもしてるの? 選んだのは自分だろ? 人間、悪いところに基本目がいきやすいんだからさぁ。悪いところをみて、ただ減点するより、悪いところをどう良いところとしてみて、加点するかが大切じゃない?」
「……それができれば苦労しない……結婚が不安です!! 佐野センパイ!!」
神谷の薬指に指輪がはまっていることに気づく。こいつも大変だな。
弁当箱をお互い片付ける。もうそろそろ良い時間だ。心配事はもうない。大丈夫、堂々としよう。ベンチから立ち上がり、オフィスへ戻った。
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*
会社まで迎えに来てしまった……。
グレーのマスク、丸メガネ装備。ひとつ縛りで雰囲気変え! ふふ、完璧。
まだかなぁ~~。そわそわしながら、左手の指輪を触り、会社の入り口の隅で待つ。
今日職場で何かあったとしたら、私が来るのは迷惑だろうか。どうしよう、考えが足らず、来てしまった。やっぱり帰ろうかなぁ。まだ来ない。よし、迷惑だ、帰ろう。
会社に背を向け、歩き出す。
「待っ~~た、どこ行くの? 俺を迎えにきてくれたの?」
後ろから抱きしめられ、足が止まる。
「ここ、会社の前ですよ……」
顔を傾け、睦月の顔を見る。
「ん~~別に隠してた訳じゃないけど、なんか会社で公開処刑、受けちゃったからなぁ。もう関係ないし」
抱きしめる腕が少しだけ強くなった。
「ねぇ、なんでマスクしてるの?」
「あっ! ダメ!! えっと……バズったから……人の目が気になります……」
睦月がマスクを取ろうとするので、マスクを手で押さえる。
「……バズった?」
「えぇ……私ってそんなに綺麗な顔してますか?」
押さえてた手を離し、マスクを外し、睦月に顔を見せた。
「えっ……身近にいる人の中では1番綺麗だよ」
後ろから抱きしめられたまま、頬に口付けされる。ちゅ。
「ちょっ……拡散しますって!! 早く離れて!!」
頬が赤く染まるのを誤魔化すために拡散に、かこつけ離れるよう促す。
「そんなにすごいの? いいじゃん、もぉ~~」
不服そうに離れ、横並びで歩く。
「……ん」
「……もう」
指先を軽く曲げ、手のひらが差し出され、自分の手を乗せ、指を絡める。帰路に着いた。
手と手が触れ合い、体温が伝わる。気持ちは幸福感に満たされ、今この瞬間は、人目やSNSのことが気にならなくなった。
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