65 / 102

18話 願い事はひとつじゃない!

 ーー花金 学校帰り 「良いものもらっちゃったぁーー」  校内の手入れをしているオジサンに、もう捨てるからと譲ってもらった。自分の身長よりは高い。大きい。持って歩くたびに、緑の葉がさらさらと動く。  そうだ、折り紙と短冊を買って帰ろう。きっと2人とも喜ぶなぁ~~。2人の喜ぶ顔を想像する。間違いない。  100均で、折り紙と短冊を購入する。周囲は私が持っているものが迷惑なのか、白い目で見てくる。  よしよし。必要なものは揃った。早く帰ろう。折り紙と短冊をスクールバッグに突っ込み、100均を出る。大きな緑の荷物を両手で担ぎ、家へ向かう。 「如月、ただいまぁ~~」やば、家に入るかな? 緑の荷物を横向きして、家の中へ入る。 「おかえーーってなんですかそれ!」玄関まで迎えに来た如月は驚いた。 「笹ですけど? 重たいから如月持って~~」とりあえず笹を床に置く。 「え、これ家の中で飾るんですか?」如月は笹を持ち、リビングへ向かう。 「そうだけど? 短冊も買ったよ?」鞄から短冊と折り紙を取り出し、見せる。 「わお……まぁ、サマーバレンタインって言いますもんね。折角ですから楽しみましょう」そうこなくっちゃ。 「でもどこに飾ろう?」2DKのアパートにこのサイズの笹は大きい。 「んーーやっぱりベランダ?」如月は笹をリビングの壁に立てかけた。 「とりあえずそれで良いんじゃない?」机の上に買ってきた短冊と折り紙を広げる。 「ですかね」 「七夕飾り作ろう!」ハサミを用意し、如月と作り始めた。  う~~ん。簡単そうに見えて、意外と難しい。ハサミで切り込みを入れて伸ばすだけの網飾り程度なら作れるが、糸に通す星飾りは上手に作れない。  如月はスマホをみながら、吹き出し、提灯(ちょうちん)、網飾りなど器用に作っていく。中々細かい作業は出来るタイプなようだ。 「如月って手先は器用だよね」星飾りを作る如月を見ながら言う。 「それはまぁ。指先が器用じゃないと楽しめないでしょう?」如月は妖しい笑みを浮かべる。 「何を楽しむの?」 「さぁ? 出来たよ」糸に小さな星が通った飾りが完成する。 「睦月さん帰ってきてから飾ります?」如月は網飾りを笹にひとつ付ける。 「短冊以外はつけちゃおうよ」私は提灯を笹にかけた。 「それもそうですね」  折り紙で作った七夕飾りをひとつずつ付け、笹をデコレーションしていく。緑一色だった笹は華やかに変化する。七夕らしくなってきた。 「ただいま~~疲れたよーーってなんだこれ!!」睦月は笹を見て、顔を引きつらせる。 「七夕です!!」卯月は腰に両手を付き、自慢する。 「いやいやいや、これ、七夕終わったらどうすんの……」兄は現実的だな。睦月は大きな笹を見つめる。 「え? 知らんし」後始末は私の仕事じゃない。 「睦月さん、お腹空きましたぁ」如月は睦月を後ろから抱きしめる。 「私、七夕っぽいものが食べたいです」無茶振りをしているな。 「はぁ? 作ったらどんな願いごとを叶えてくれるの?」睦月は振り返り如月を見つめる。 「あはは、七夕えっちとか~~?」如月は明らかに冗談で言っている。 「それ、忘れんなよ」 「え?」如月の表情が固まる。 「よっしゃあ!! やる気出た!! 七夕良いね! 七夕!! 七夕料理作ったる!!」睦月は部屋着に着替え、キッチンへ向かった。 「……もう冗談を言うのはやめよう」如月は笹の前でしゃがみ、落ち込んだ。 「どんまい」卯月は如月の背中を軽く叩き、兄の後ろへ続く。  七夕料理ってなんだろう。気になる。兄の後ろからキッチンを覗く。素麺を茹でている間に、オクラを切っている。茹でた人参は星形にカットされていて可愛い。服はダサいのになんというセンス。  睦月はピーラーできゅうりをスライスし始める。七夕料理への情熱を感じる。そんなに如月とえっちしたいのか。気を遣った方がいいのかな。  睦月は茹で上がった素麺をざるに開け、水で洗い流し、滑りを落とした。大皿に素麺を移し、錦糸卵、人参、きゅうり、オクラを天の川のように盛り付けた。まさに七夕料理。 「出来たよ、如月ぃ~~」如月は少し複雑そうな顔をして、素麺を受け取る。 「あ、ありがとうございます」素麺をテーブルに運ぶ。 「約束楽しみにしてるね」睦月は嬉しそうに笑う。 「え? う、うぅん……」如月は頭を抱えた。まぁ、自業自得だ。 「いただきま~~す!」つゆをかけて食べる。美味しい! 「美味しいです~~」 「だろ~~?」オクラもきゅうりもよく合っている。本当に美味しい。  ずるずると素麺を食べ終わり、後片付けを済ませる。いよいよ、短冊だ。机の上に短冊を広げ、書く準備をする。 「何書こうかなぁ~~」如月を見る。真剣に何かを書いている。 「どんな願い事?」卯月は如月に訊く。 「え? 今度新作発表するので、『新作が売れますように』ですけど……」切実! 「はぁ? そこは『睦月さんと一生一緒に過ごせますように』とかじゃないの?! はい、書き直し」兄は不服そうに、もう一枚如月に短冊を渡す。 「えぇ! う~~ん」如月は渋々もう一枚受け取り、悩みながら書く。隣にいる睦月の短冊を覗いた。 「『金が欲しい』ってなんですか!! 私よりひどい! 愛のかけらもない願い事!!」如月は睦月の短冊を破き、床に捨てる。 「何するの!! せっかく書いたのに!!」 「そんな願い事認めませ~~ん。はい、書き直し」如月は新しい短冊を睦月に渡す。  如月と睦月の短冊を書く様子をじーーっと見つめる。少し微笑ましい。いざ短冊に願い事を書こうと思うと、内容が決まらない。スラスラ書ける2人が羨ましい。 「出来た」睦月はニヤリと笑う。 「確認します」如月は睦月の短冊を取り上げる。 「『如月に挿れれますように』って!! なにこれ!! ひどい!!」如月は睦月の短冊をビリビリに破き、また床に捨てる。 「ちょっとぉ~~やめてくれる? 自分何書いたのさ」睦月は如月の書き直した短冊をみる。 「『睦月さんのご飯を一生食べたい』ね。俺のご飯そんなに好き?」睦月は如月を見つめる。 「好きですけど何か?」如月は頬を赤らめ、目線を逸らす。 「なら、一生作ってやるよ」睦月は如月の顎を持ち、唇を重ねた。如月の頬はまだ赤い。 「おい!! なに勝手にラブモード入ってんのさ! 私の目の前で普通にキスすんな!」体の中がモヤモヤするので、最近、いちゃつきを反対している。 「もぉ何~~? いいじゃん別にぃ」睦月はもう一枚短冊を手に取り書き始める。何枚書くの。 「私、ベランダに運んで来ますね」如月は飾りが落ちないように笹をそっと持ち上げ、ベランダへ運ぶ。  書き終わった短冊を持ち、ベランダへ向かう。如月がベランダの隅に笹を立て掛けている。背丈が大きくて外にはみ出てしまうようだ。笹は風に揺られ、さらさらと動いた。 「飾ろっか」睦月は自分の短冊を笹にかけた。 「本当に叶うかな?」兄と如月に訊く。 「『さらさら』と笹の葉が立てる音は神様を招くと言われてますよ。今日は風があるし、願い事を運んでくれるかもしれませんね」如月は笹の葉にそっと触れ、短冊を引っ掛ける。 「ま、七夕は明後日ですけど」如月は笹にかかる短冊を手に取り、願い事を見つめる。 「それ、俺の短冊」睦月は後ろから如月の肩に顎を乗せ、一緒に短冊を見る。 「『如月といつまでも仲良く過ごせますように』ですか。そんなに好き? 私のこと」目を細め、睦月を見つめる。 「好きですけど何か?」如月のシャツの襟を広げ、首筋に口付けする。 「やれやれ、いちゃつきが止まりませんなぁ~~退散退散」2人の邪魔をしないように笹に近づく。 『3人笑顔で楽しく過ごせますように』如月の字だ。いつもありがとう。自然に笑みが溢れる。  自分の短冊を笹にかける。私の願い事? 『成績が上がりますように』だよ。だって、受験生だからね。私は家族の笑顔と健康を星に願い、リビングへ戻った。  * 「……ん、睦月さん。そろそろ……あっ」ちゅ。如月の首筋に何度も唇を付ける。首は心を開いた人にしか触ることが出来ないセンシティブな場所。愛情表現にはもってこいだ。 「付けていい?」軽く唇を湿らせる。 「へ?」いいね。はい、オッケー。同意。 「ーーっ!」首筋と唇を密着させ、繰り返し吸っていく。で~~きた。綺麗についた。ま、髪の毛長いし、基本引きこもりだから別に良いよね。 「ちょっと!!」如月は恥ずかしそうにつけられた首筋を手で押さえる。 「俺にはめちゃくちゃ付けるくせに自分は付けられる嫌なの?」もう一箇所くらい、つけてやろうか。 「いや、そういう訳では……あっ…ちょ」手で長い髪を持ち上げ、もう一度、首筋と唇を密着させる。  それにしても、俺は紫陽花以降ずっと我慢している!! 如月はイタズラに俺の肌に触れたり、性的興奮を促してくるくせに、俺の反応だけ楽しんで放置!!  俺は欲求不満だ!!! 「あぁっもう!! 睦月さん!!」顔赤い、かわいー。もうむらむらしますよ、如月さん。跡をつけ終わり、唇を離す。 「卯月に許可取って、今日如月の家行こう?」シたいです。如月さん。 「ぇえ~~……」シたいです!! シたいです、如月さぁあぁあん!!! 「俺、七夕料理作ったよね」あっはっは。俺の勝ち。 「うっ……ずるい。まぁいいけど」如月は笹を少しへし折り、リビングへ入った。  ずるくないもん。如月が勝手に自分で言ったんでしょ。約束はちゃんと守ってもらわないとね。嘘はダメだよ、如月。  ベランダから星を眺める。七夕。一年に一度、織り姫星と彦星が天の川を渡って会うことが出来る特別な日。家から星を眺めることはあまりないから、これは良い機会だ。  時間が早く、夏の大三角はまだ見えない。如月と後で2人でゆっくり見よう。卯月に話を付けるためにリビングへ戻る。 「今日、泊まってきてもいい?」なんとなく、ピアスをぎゅっと触り、卯月に訊く。 「好きにすれば。朝ごはんだけ作ってから行って~~」ありがとう、我が妹。 「作らさせて頂きます!!」キッチンへ向かう。  リゾットとミネストローネにしよ。卯月のための贅沢朝ごはん。フライパン片手に料理を始めた。

ともだちにシェアしよう!