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30話(5)愛情の証を隠す方法?!新しいものじゃなくてこれがいい?!

 ーー経理課 オフィス  結局、隠す術思いつかず、このまま会社に来てしまった!!! 卯月も如月も他人事に『蚊に刺されたって言えばよくね?』なんてひどい!!! 如月なんて付けた本人のくせに!!!  経理課に着くまでの間、すごく視線を感じた!!! そりゃそうだ!!! 男の恋人が居るって噂が流れてるのに、こんな状態で来たら『その恋人とヤりました』って言ってるようなもの!!!! 「ぁああぁああぁあぁあ!!!!」目元を押さえながら、自分の席へつく。 「朝からうるさいな~~って……いやぁ、お前それどうなの?」肩をトントンと、人差し指で叩かれる。  やっぱり気になりますよねーー!!! 「うぅ……隠しようがなくて……」恥ずかしくて頬が赤くなる。 「ちゃんと如月氏にダメなことはダメって言わないと」正論だ。 「そうだね……」  気持ち良さに委ねすぎて、許容し過ぎているのかもしれない。支障が出ることはダメって次からは言おう。  休んでいたせいで、積み重ねられた書類の山。溜まりに溜まった伝票へ手を伸ばし、今日の業務に取り掛かった。  *  卯月さんも学校が始まり、佐野家に1人。なんだかこの感じ、久しぶり。ノートパソコンを開き、続きを打っていく。しばらくこの作業もご無沙汰だった。  千早、大丈夫だったかな。  結局呼び出されたのに、メールで謝罪して何もしてあげられなかったな。まぁ、睦月さんには代えられないし。  そうだ、睦月さん。いっぱい痕付けちゃったけど、会社は大丈夫かなぁ? 変な虫は付かないと思うけど。目立たなければ意味はないが、流石に付けすぎた。  反省。 「んーー……きっと迷惑かけてるだろうなぁ。今日迎えに行こうかな……?」  いや、迎えにいく行為自体が既に迷惑行為なのでは?!? あいつが付けた主だ!!!! 的な!!! あぁああああぁあ!!! もう隣にいること自体が迷惑行為!!!  せめて痕が消えるまでの間、見えなくなるような術を考えなくては!!! じゃないと睦月さんの隣に居られない!!!  リビングへ向かい、引き出しから救急箱を取り出し、机に広げた。 「まぁ無難に絆創膏」  なんか逆に『ここにキスマークあります』って露骨にアピールしているように見えてしまう?!? それは目立つな!!! ダメだ!!! 却下!!! 絆創膏を握りつぶす。 「そうだ!! むしろ大袈裟に怪我したように貼ればいい」  不織布とテープを取り出す。これをカットして、首筋に貼れば、怪我をしたように思われ、変に捉えられることはない!!! でももっとナチュラルに隠してあげたい!!! 「ナチュラルとは……」  ぐぅ。  気づけばお昼。睦月によって用意されたお昼ご飯を食べながら、もう一度、自分の付けた痕を隠す方法を練り直した。  *  ーーお昼 社食  雨上がりで外のベンチが濡れており、致し方なく今日は社食で神谷とお昼ご飯。久しぶりの弁当。ジロジロ見られる視線も、もう慣れて来た。  もはや、ここまで来るとどうでもいい。  窓際に神谷と座り、弁当を広げる。神谷もいつのまにかコンビニ飯から手作り弁当になっている。嫁の力は凄いな。 「……まずい……」渋い顔をして、神谷が声を漏らした。 「……自分で作れば?」我ながら自分の弁当は美味しい。 「毎日朝早く起きて作ってくれるのに、そんなこと言える訳ないだろ?」 「まぁ……」  神谷の箸の進んでいない弁当箱を見つめる。まぁ、美味しそうには見えない。色々焦げてるし。謎の物体も入ってる。食べてる神谷は偉い。 「俺は作る側だから、作ってくれる人が家に居るっていいなって思うよ」 「……それは美味しいが絶対条件だから」遠い目をしている。 「どんまい」  とんとん。  急に肩を叩かれ、振り向く。同僚。でもあんまり話したことはないし、名前も思い出せない。酒の場には居たような気がする。 「な、なに?」訝しげに相手を見つめる。 「佐野さ~~男と付き合ってるんでしょ? ぶっちゃけ、どうなの?」うざ。 「どうって……」食べ終わった弁当箱をランチクロスで包んでいく。 「ヤッてるんでしょ? どんな感じ?? 気持ちいいの??? ずっと気になってたんだよね~~」好奇心を感じる。 「いや……それは……どんなと言われても……」言いたくない。 「佐野は挿れられたことあるの?? たまには女の子の肌が恋しくなったりしないの???」 「…………」しつこく訊く相手を睨む。  不快。仲が良いなら、ともかく、あまり話したこともないようなやつに、そんなこと言わないといけないの? 仲が良くても言うのは正直、躊躇う内容。  向こうは多分、悪気もなく、ただ、好奇心で聞いているだけだとは思う。でもプライベートに土足で、ずかずか入ってくるこの感じがすごく嫌だ。 「女性が恋しくはならない」否定するところはしなければ。 「へ~~!! そんなに今の恋人がイイってこと??」だる。言わなれければループする。 「あのさ……そんなプライベートなこと答える義務ないし、如月の了承も得てないのに話すわけないだろ」ランチクロスをキュッと縛った。 「なんだよ、怖いな~~少し聞いただけじゃん……」舌打ちして去っていく後ろ姿を睨み続ける。気分悪。 「よく我慢できました~~」神谷が俺を見て笑った。 「なにそれー。むしろ助けろよ」 「ブチギレたら仲裁に入ろうかと思った。少し大人になった?」弁当箱を持ち、一緒に席を立つ。 「んーーどうかな。どちらかというと甘えん坊になった気する」あはは、と笑ってみせる。 「如月氏、年上だもんね~~包容力ありそう」歩きながら経理課へ向かう。 「ないよ、全っ然!! 本当に年上? ってくらいやること子どもだし!! 家事なにもしないし!! 甘えたら塩対応するし!!」 「……なんか通じるものがあって、同情する」  如月のことを話しているうちに、イライラした気持ちは薄れていった。親指からはめ替えられ、未だ付け直してない薬指の指輪。    如月も俺が入院して以来、ずっと薬指に指輪を付けている。指輪のない薬指はもう想像できない。  この指輪を買った時、嫌がっていたことが懐かしい。  瞼の裏に如月の笑った顔が浮かぶ。  早く帰って如月に会いたい。  薬指の指輪に軽く口付けし、残りの業務を片付けた。  ーーーーーーーーーーーー  ーーーーーーーー  ーーーー  ーー終業時間 「やっと終わったぁ~~」帰れる!!  机の上を片付けて、早々と帰り支度をする。さっさと帰って『おかえりなさぁい(ぎゅ)』ってされたい!!! ぁあ!! いいっ!! 今までそんなことされたことないけど!!! 「帰る準備早」神谷が驚いている。 「嫁が待ってるんで!! じゃ、お先!!」 「お、お疲れ~~」少し引いてる神谷を無視して、エレベーターへ向かった。  エレベーターの中でスマホを見る。俺からメールを送っても、当たり前のように、如月からの連絡は、なし。既読無視。|如月《この人》のこういうところ、腹立つ。スタンプくらい送ったらどうなの!!  自分ばかり送信しているメールに目を通しながら、エレベーターを降り、オフィスの外へ出た。花壇の淵に立ち、本を読む人物が目に留まる。  俺の大好きな人。  バレないように忍足で近づき、如月へ腕を回し、ぎゅっと引き寄せる。如月は驚いたように目を見開いて、俺を見た。 「迎えに来てくれたんだぁ~~」嬉しくて甘えた声が出てしまう。 「おかえりなさい、睦月さん」如月は目を細め、笑った。 「おかえりなさいの後、ぎゅーしてもらうつもりだったのに……失敗」自分から抱き寄せてしまっては叶わない。 「なんですか、それ」如月に回した腕が外される。 「これで良いですか?」  ぎゅう。  背中に腕が回り、抱きしめられた。如月の体温が伝わる。会社の前で少し恥ずかしいけど、嬉しい。ふと、如月の持っている紙袋が気になった。 「何持ってるの?」何か紙袋から出し始めた。タオル? 「これをこうする!!!」急に首の後ろにフェイスタオルがかけられた。 「え? 何? お風呂上がりみたいじゃない?」訳がわからず、如月を見つめる。 「ナチュラルにキスマークを隠す方法です」  もう遅いです、弥生さん。  もう既に会社中の人に見られている。おまけにこのせいで(?)変なやつにも絡まれた。一歩ずれてたことだとしても、俺のために考えてくれたこと。その気持ちは大切にする。 「ありがとう」少しだけ微笑む。 「気に入らなかった? じゃあこっちは?」首にかけられたタオルが外される。 (まだあるの?)  がさごそと紙袋にタオルをしまい、入れ替わりに、灰色の布を取りし、広げている。  ふぁさっ。    首周りが灰色のマフラーに包まれた。如月の匂いが少しだけ香る。表面はなめらかで、柔らかく、チクチクしない。落ち着いた灰色は、少し大人っぽい。 「何これ?」 「私のマフラー。あげる。これで痕見えない」  如月は睦月の首にかけたマフラーを軽く結んだ。 「暑くて今は使えないよ」  俺のことを考え、持って来てくれたものだと思うと、少し暑くても、取りたくない。その気持ちが愛しくて、巻かれたマフラーに顔を半分だけ、埋めた。 「確かに……」 「ねぇ、俺、似合ってる? これ」しょぼんとする如月の頬に手を触れ、見つめる。 「ふふ。少し大人っぽいけど、似合ってますよ」頬に触れた手に寄り添い、如月の顔が近づいてくる。 「これ、もらってもいい?」  あと少しで唇が触れ合う。 「気に入ったなら、新しいの買いますよ?」  如月の吐息が顔にかかり、鼓動が早くなる。  新しいのは要らないよ、如月。 「如月。俺、これがいい」 「変なの。ん」  優しく唇が重なる。  如月の手を指先で掴むと、指の間に如月の指先が差し込まれ、絡まり合った。  如月の想いがこもったマフラー。  またひとつ、大切なものが増える。 「帰ろっか」  お互い顔を綻ばせながら、帰路に着いた。  

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