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第3章:逢引 4
藍の由利に対する気持ちが『完璧な愛』だとしても、受け入れられない。受けれいてはいけないのだ。確かに藍を誘ったのは紛れもなく由利で、それは本当に人生最大の過ちだったと思っている。それによって藍の人生を歪ませてしまったのが由利のせいだというのも、分かっているのだ。
「俺たちがそうなったら、母さんたちが悲しむ……」
アルファ同士の息子が番の真似事をしているなんて、あの二人は夢にも思っていないだろう。そんなことのために再婚したのではないと、幸せな『普通』の家庭を作るために結婚したのに、それを息子が台無しにするわけにはいかない。どちらかがオメガならよかったのか?どちらにしても傷つけることに変わりはないだろう。
「……相変わらず甘いね、兄さんは」
「は?」
「昔からずっと母さんには甘い。まあ、苦労してきたから当たり前か」
「別に、甘いってわけじゃない。藍だって父さんを傷つけるのは本望じゃないだろ……」
「それが本当の愛でしょ」
「なに言って……」
「父さんのおかげで生きてこられたのは感謝してる。でも、僕の今後の長い人生をかけて誰と一緒にいたいかって言われたら、由利を選ぶ。兄弟ではなく、愛する人として。由利はどう?母さんを理由にして逃げてるけど、由利自身の答えは?」
――どうしよう、逃げられない。
でもここで藍を受け入れてしまったら今度こそ本当に後戻りできなくなる。受け入れてまた後悔して逃げるより、塞がれた退路をこじ開けるほうを選んだ。
「……お前に手を出したのは俺のほうだって分かってるよ」
「うん、そうだね」
「藍は俺に特別な感情があったのかもしれないけど…俺はただの興味本位だった」
「……」
「俺はアルファで、この先の人生、そうそう抱かれることはないだろうなって思ってたから。だからちょっと経験してみるのもいいかなと思っただけ。ちょうど俺に好意を抱いてる純粋な奴が目の前にいたし、藍の顔は好みだったから」
自分自身、クズすぎる発言に驚いた。こんなの、手を出してなんの責任も取らずに捨てる典型的なクズ男じゃないか。きっと藍は機嫌が悪くなるだろうなと思っていたのだけれど、藍はことごとく由利の想像を超えてくる。だからこそ、ここまで無茶な行動ができるのだ。
「オーケー、分かったよ、由利」
「藍……?」
「僕の目の前にどタイプなアルファがいるから、手を出すことにする」
「はっ!?」
藍はにっこり笑いながら、掴んでいた由利の腕を片手で拘束しなおす。振り解こうとしたのも束の間、首筋にがぶりと噛みつかれた。
「い、った……!」
「ただの甘噛みだよ。これだけで痛いの?」
「首は皮膚が薄いところなんだから痛いに決まってるだろ!ていうか、傷つけたら絶対に許さないからな!?」
「モデルの体に傷はつけないよ。もし傷ついたとしても心ちゃん?に隠してもらったらいいじゃん。随分親しいみたいだし」
「親しいって、勘違いするな……っ!」
「その心ちゃんとは寝た?」
「んん……ッ」
腕を拘束されたまま、服に隠れていない部分に藍はどんどん口付けていく。唇を押し付けるだけではなく時折舐めたり、柔く食んだり。触れているのは唇だけなのにくすぐったさと熱が伝わってきて、口づけられるたびに体がびくんっと跳ねた。
「……敏感すぎない?兄さん」
「くすぐったいだけだ、っつの……!」
「くすぐったいの苦手なんだ?いいこと聞いた」
「らん……!」
わざとなのだろう。藍の大きな手が脇腹をするりと撫でる。たったそれだけなのにぞわりとした感覚に襲われて、目をぎゅっと瞑って耐えた。そんな由利の反応に気をよくした藍はなぞるように指先で触れてきて、くすぐったさとはまた違う感覚が由利を襲ってくる。もうやめて、と言おうと開いた口は、藍によって塞がれた。
「ん、ふ……っ」
いつものように息継ぎを許さないほどのキスに、全身の力が抜けていった。由利に抵抗する力がなくなったと分かったのか、両手の拘束が解ける。やっと自由になった由利の両腕は、なぜだか自然と藍の背中に回っていた。
「……知ってる?由利」
「なに、」
「アルファでもオメガになる可能性があるって」
「へ……?」
そう言いながら藍は剥き出しの由利のうなじを撫でる。オメガはアルファにうなじを噛まれることで『番』の契約をし、発情期の時のフェロモンが番のアルファにしか効かなくなるらしい。そして一度番になるとどちらかが死ぬまで解消されないか、アルファの都合で一方的に解消されたオメガは二度と他の人アルファとは番えないのだという。だから簡単にうなじを噛まれないためにも、オメガはうなじを守るチョーカーをつけていることが多いのだ。
アルファの由利はうなじを噛まれても意味がないのだが、藍は何か思うところがあるらしい。剥き出しのうなじを撫でられると、由利の体に電流のような衝撃が走った。
「アルファが、相手のアルファに屈してうなじを噛まれたら……オメガになる可能性があるんだって」
「そんなの、ただの噂話だろ……っ」
「やってみないと分からないよ。実際にやった人がいるから、そういう話が出るんだし」
「待って、待ってよ、藍……!」
本気だ。藍は本気で由利をアルファからオメガに変えようとしている。藍に抱きついていた由利の腕を解いて、ぐるりと体勢を変えられた。猫のように首根っこを掴まれながら由利は顔を枕に押し付けることしかできず、せめてもの抵抗で暴れてみたけれど由利よりも体格がいい藍に力で勝てるわけがない。うなじに藍の鼻先が当たる感覚がして、ヒュッと息を飲んだ。
「ねぇ、大丈夫。兄さんを一人にはしないから。僕がずっとずっと、どこまでも一緒にいてあげる」
兄さんがいるところが『楽園 』なんだよ。
ぼんやりとする意識の中、藍がそう言っているのだけは、聞こえていた。
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