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第7章:過去 1

「……まさか、由利が僕に隠れてこんなことしてるなんてね」 「あ、ちょっと藍!」 先日、機材トラブルの際に麗と話してから二人は連絡先を交換して以来ちょこちょこ連絡を取り合っているのだが、それがついに藍にバレてしまった。 由利が知らない藍のことを麗に聞いてニヤニヤしていたのだが、シャワーを浴びに行ったと思った藍が後ろからスマホを覗き込んでいるなんて思っていなかったのだ。上手く隠せていたと思ったのに、由利のスマホの画面で麗とのメッセージを確認した藍がぎゅっと眉を顰め、見るからに不機嫌そうな顔つきに変わった。 「チッ、麗の奴……」 「俺が交換しようって言ったんだって!麗さんは悪くないから怒るな!」 「僕の気持ちを知ってんのに、由利に言われたからって交換するあいつがバカなんだよ」 「こ、こら!麗さんにそんなことゆーなっ!」 「……やたらとあいつの肩持つね?なに?なんなの?」 「うぁっ」 スマホを取り上げられ、藍に肩を押されるといとも簡単にぽふりとソファに身が沈んでいく。由利よりも大きい藍の手で両手を拘束されて身動きが取れないまま、由利を拘束していない指がすいすいっとスマホを操作している。抗議するように足をバタバタさせてみるけれど、毎回この攻撃は全くと言っていいほど効かないのだ。 「よし、っと」 「もう!何したんだよバカ藍っ」 「あいつにもう連絡するなって送った」 「バカバカバカっ!俺はこれからも麗さんと連絡取るからなっ」 「なんで?浮気だ」 「浮気じゃない!俺にとっても可愛い妹っぽいっていうか…よき理解者っていうか、相談相手っていうかぁ……」 「は?由利に僕以外の人間いらないでしょ」 「いるっつーの!」 藍からスマホを奪い取ると、麗とのトーク画面には【もう俺に関わらないで】なんて冷たいメッセージが送られていて、既読までついていたのだ。こんなに冷たいメッセージを由利が送ったなんて思われたくなくて、すぐに【違うから!】とメッセージを送ると【大丈夫です、藍でしょどうせ(笑)】と返事をしてくれたのでホッと胸を撫で下ろした。 「勝手なことすんな、バカ藍」 「……ゆうりが浮気してんのが悪い」 「浮気じゃないってば!」 「だって由利と麗は血が繋がってないから……あいつはアルファだけど女だし…由利を他の人に取られるとか死んでも無理だし……」 むっと唇を尖らせ、歯切れ悪くもごもごと話す藍があまりにも珍しくて面食らってしまった。いつも自信たっぷりに見える藍でも、由利を女性や他の人に取られるかもしれないと焦ることがあるだなんて、新しい発見だ。麗に勝手にメッセージを送るのはやりすぎだと思うが、こんな一面が見られたなら許してあげてもいいかな、なんて、甘すぎるだろうか? 「麗さんはさ……俺たちが義理の兄弟なのに付き合ってるのを知っても、運命ですねって祝福してくれたんだよ」 「……」 「俺たちの関係って誰にも言えないじゃん。だからこそ、藍が信頼して麗さんに話してたなら俺も麗さんのこと信じたいし、藍とのことをおめでとうって言ってくれて嬉しかったんだもん…そんな人、なかなかいないじゃんか……」 「はぁ、分かった……僕が折れたらいいんでしょ?」 「藍……!」 わざとらしく盛大なため息をつく藍に、思わずぎゅっと抱きついた。彼が一発で折れてくれるなんて滅多に無い(そういうイメージがある)だろうし、予想外の返答に嬉しくなってしまったのだ。 「……そんなに麗と連絡が取りたいの?」 「へ?」 「僕じゃ由利の相談相手にも理解者にもなれない?だから麗がいたほうがいい?」 「違うって。藍は恋人として信頼してるけど……藍に言えないこともあるしさぁ…」 「僕に言えないことって何?」 「い、いろいろ!」 「色々って?」 「やだ、話せない」 「やだがやだ!」 今度は頬を膨らませ、眉を顰める藍。藍に抱きついたままの由利をもっと強く抱きしめると、がぶっと肩に噛みついてくる。それと同時に痛みとは別の興奮が背筋に走る。最近、うなじに近い部分を噛まれるとぞわぞわしてしまい、なんだか自分の体が作り替えられているような感覚に陥るのだ。別にオメガになりたいとは思っていないけれど、想像妊娠という現象もあるし藍に抱かれている側なので、無意識のうちにそう思ってしまっているところもあるかもしれない。 「――由利、僕のオメガになって」 「ん……ッ」 首の後ろをぐっと掴まれながら耳元で囁かれると、どくんっと心臓が跳ねた。ベッドの中で囁かれる声よりもねっとりしていて、体中を侵食していくような声にぶるりと震える。やはり体の中から作り替えられているような感覚が走って、藍の肩口に顔を埋めた。 「……藍はどうして、俺のことをオメガにしたいの?」 アルファにはプライドが高い人が多いし、地位的にも高い人が多い。由利は特別第二性がアルファだからと言って自分に権威があるとは思わないしプライドがエベレストのように高いわけでもないのだが、藍が由利をビッチングさせたい理由を聞いたことがないのに気がついたのだ。 「だって、由利がオメガになったら、他のオメガに誘われなくなるから」 「え……?」 「番のいないアルファで居続ける限り、いつか誰かのフェロモンに襲われる気がする。そうなってもし相手に子供ができたとしたら……僕は絶対、それを許せない」 てっきり子供が欲しいとかそういう理由かと思っていたら、藍は徹底的に由利に誰も近づけないようにしたいらしい。確かに藍の言うことは至極まともだ。どうしてもアルファ同士だとうなじを噛んで番にはなれないので、いつまでもオメガのフェロモンに誘われる可能性があることが懸念されるのだ。 もし由利がビッチングでオメガになれたら藍と番になることでオメガのフェロモンは番である藍しか反応しなくなるし、他のアルファを誘わずに済む。それに由利が藍以外の誰かと結ばれることはなくなるのである。独占欲が強い藍が由利をオメガにしたい理由としては、一番納得ができる理由だろう。

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