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第1話 助けてくれてありが――あれ?

 俺の不注意だった。  普段は近寄らないネオン煌めく歓楽街。でも今日は遅くなったこともあって近道するために突っ切っていた。ここを通らないと墓地の横の公園を通るか街灯の無い道を通るかの二択になるのだが、ここを歩くよりはましだと思っていた。  歓楽街が嫌いなのではない。  去年事件が起きたから、小心者の俺は避けていただけだ。  異国の街を歩くかのように鞄を両腕で抱き、絶対人にぶつからないように隅っこを通る。それでもキャッチの人が声をかけてくる。 「お兄さん。可愛い子いるよ? 飲んで行かない?」 「すいません。俺、ガチムチしか興味ないんで!」 「……」  ハッピを着て声をかけてくる人を適当に躱す。違うよ? ガチムチ興味ないよ?  ただこれを言うと相手が言葉に詰まってくれるから、多用しているだけ。 「うち、ガチムチいるよ?」 「ぎゃあっ⁉」  躱せたと思っていたら別のお店の人に引っかかった。急に出てきたからびっくりした。しかも俺の発言を聞いていたらしい。腕を掴んで店に引き込もうとしてくる。なんて情熱的なんだ。これが女の子だったら……。彼女いない歴年齢の人生に涙が出そうになる。 「すいませんごめんなさい! 俺、二メートルないと駄目なんです」 「はっはっはっ。大丈夫。いるよ? 二メートル」 「あれが二メートルないと駄目なんです!」 「……」  そんな化け物いるわけねーだろ。自分でも何を言ってるのか分からなかった。とにかく怖くて早く家に帰りたいしか頭になかったんだと言い訳したい。  手を振り払って駆け出す。  前を見てなかった。  ――ドンッ 「いてて……」  なにかにぶつかりよろけた拍子に電柱にもぶつかる。  何にぶつかったんだと目を開けるとアロハシャツのチンピラ風の男二人が睨んでいた。  片方は金髪でじゃらじゃらとアクセサリーを身につけ、片方は煙草をくわえごつい腕時計に半ズボンからはすね毛が見えている。  ――え? 俺、こんなやばそうな方たちにぶつかったの? 終わりじゃん。人生……。  鞄を抱えたままじりじり下がろうとしたが胸ぐらを掴まれた。 「おう、兄ちゃん。どこ見て歩いとんじゃ?」 「ご、ごめんなしゃいごめんなさい!」  ひたすら謝るが手は離してもらえず、暗い路地に連れていかれる。  山積みにされたゴミ袋に向かって突き飛ばされ、近くに置いてあったゴミ箱と一緒になって倒れる。  ゴミ袋がクッションになってくれたおかげで怪我はなかった。でもどこか破けたのか鼻につくにおいが立ち上る。  アロハシャツに軽く蹴られる。 「とりあえず荷物もらおか?」 「な、なんで……ですか?」 「てめーのせいで服が汚れただろうが。弁償しろボケがぁ!」  踏まれるように蹴られ、恐怖から身体を丸める。  痛い。怖い。痛い。怖い。  なんで? なんでそんなに蹴るの?  痛い。痛いよ。  背中が熱を帯びてくる。皮膚が切れたところを思いっきり踏まれ、歯を喰いしばる。  あらかた蹴られたところで片方が止めた。 「まあ、その辺にしといたり」 「ケッ」  鞄を引っ手繰られても、怖くて頭を抱えたまま。震えるしかできない。 「なんや学生さんかいな。気をつけなあかんよ? ここは悪い大人が多いから」  財布から金と学生証を抜き取られ、空になった財布は捨てられる。 「兄ちゃんきれいな顔しとるから、色々働いてもらおうか。家族に迷惑かけたくないやろ? メールするから、手ぶらで事務所来てな」 「はー。久々に暴れたからスカッとしたわ」 「……」  チンピラ風男が去って行く。  取られたものを取り返す勇気もなく、痛みがおさまるまでゴミのようにその場でうずくまるしかなかった。 「な、なんだお前!」 「どけこら! やんのかオァ?」  遠くで、さっきのチンピラたちの声が聞こえる。また新たな犠牲者に絡んでいるのだろうか。今頃になって涙が出てきた。情けない。怖い。痛い……。 「ううっ……」  いつまでも転がっているわけにはいかない。風邪を引いてしまう。  引きずるように身体を起こすと、砂を踏む音がした。 「よぉ」 「……え?」  後ろで聞こえた声に振り返ると見覚えのない男が、コンビニ前でたむろする不良のようにしゃがんでいた。  短い黒髪に少し垂れた目。よれたシャツ。ダメージデニムでもないのに所々破けているズボン。 「……」  思わず目を白黒させてしまう。それは相手が初対面なのに感じ取れるほどのヒモ男臭を放っていたから、ではない。  ――大きい……。  立てば二メートル近くはあるだろうか。よれたシャツでも隠し切れないがっしりとした肉体。手も足もごつく、雄々しいという言葉がよく似合う。  首も太く鎖骨が浮き上がっており、腹筋もバキバキなのだろうと予想がつく。だって……男の背後で倒れているチンピラたちの顔がぼこぼこに歪んでいるから。 「ほら」  言葉が出ない俺に、男は学生証を放って寄こす。 「学生証の写真と顔が一致してねぇなあ。学生じゃねえのか? お前」  低くていい声だと感動している場合ではない。慌てて学生証を拾い上げる。 「お、弟の……」 「ふうん?」  男は興味なさげに立ち上がる。学生証は返してくれたが、財布の中身は返してくれなかった。 「あ、あの……お金」 「救出料として貰っとくわ。……しけてんなぁ」  札を数えたのち、ポッケに乱雑に突っ込まれる。  でもまあいいや。学生証、取り返してくれたんだし。もう帰ろう。帰ってテレビ見て寝て忘れよう。 「あ、ありがとう、ございます」  一応、お礼を言っておく。  鞄を肩にかけ壁に手をついて立ち上がると、大きな手で二の腕を掴まれた。 「え?」 「救出料、足りねえから身体で払ってくれよ」 「…………は?」  ぽかんとする間もなく、引きずって行かれる。  ちょ、ちょちょちょ! どういう意味?

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