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第49話
「忘れ物はない?」
「はい! 大丈夫です」
退勤後、2人して店を後にする。最寄り駅まで歩いて向かう間にウォン・ポムからこれから行く居酒屋の情報をもらう。
「俺のおすすめの居酒屋なんです。渋谷の道玄坂にあるんですけど、フルーツサワーがめっちゃ写真映えしてバズってる店なんです」
すっ、と差し出されたスマホ画面にはネオ居酒屋というのか、今どきの若い子に人気そうな装飾の店内写真が並んでいる。しゅっ、しゅっ、しゅっとウォン・ポムが写真をスライドさせ、1番のお目当てのフルーツサワーを見せてくれる。
「すご。フルーツが串に刺さってジョッキに入ってる」
写真をのぞき込みながら由羽が反応を示すと、ウォン・ポムは満足そうに微笑んでいた。電車で渋谷に向かいながら、吊革に揺られて他愛もない話をする。
「いやー。夜になると結構寒いっすね」
ウォン・ポムは黒革のライダーズジャケットの首元のチャックを1番上まで閉じている。由羽も着ているコートのボタンを閉めた。腹が冷えたら困るだろうと考えて。
「たしたし。マフラーとか手袋も必要になりそうだね」
「たしたし? って流行り言葉ですか?」
あ、しまった。つい希逢くんの真似をしてしまった。
「ううん。友達がたしたしって造語を使ってて、無意識に言っちゃった」
「ふぅん。先輩の友達ってどんな感じの人なんだろ。由羽先輩ってプライベートが全く見えないからずっと前から気になってたんです。お店着いたら詳しく聞いちゃいますね」
ウォン・ポムが興味深そうに由羽を眺める。いつしか渋谷駅に電車が到着する。平日の夕方18時だというのに、駅の構内はごった返すほど人波に溢れている。由羽はウォン・ポムを見逃さないように真後ろにくっついて歩いた。
「先輩、手掴んでて」
「わっ……ありがと」
差し出された手に安易に自分の手を重ねたのは間違いだったろうか。由羽はウォン・ポムに手を引かれながら人波を抜けていった。人がまばらになった道で、由羽から手を離す。名残惜しそうにウォン・ポムの手が空中に抜けていった。
「いらっしゃいませー! 2名様ご来店です」
居酒屋は商業ビルの8階に入っていた。店内は店員の声が響き渡り、テーブル席へと通される。店内は人が満員というほどではないが賑わいを見せている。
「はい。何飲みますー?」
メニュー表を広げて見せてくれたウォン・ポムに感謝しながら、ページをめくる。
「俺は……いちごサワーにしようかな」
「いいっすね。この店に来たらまずはここのいちごサワー飲まないとです」
「へえ。詳しいね」
「はは。実はここ、友達が働いてる店で何度か来たことあって」
「へえー。韓国の人?」
「はい。韓国人の友達です」
「そっか。ウォン・ポムは何飲む?」
「そうっすねー。俺は……ゴールドキウイサワーにします。軽くつまみも頼みましょ」
ウォン・ポムがつまみのページへ指を滑らす。メニューを見つめると、「これ」と指さしをした。
「このカクテキと、ポテトサラダと唐揚げめっちゃうまいんですよ。どうですか?」
「えーいいね。おいしそう。じゃあそれにしよっか」
「了解です。注文しちゃいますね。すみませーん!」
ウォン・ポムが注文してくれている間に、密かにスマホを見る。希逢とはあの日以来、2日に1度くらいは連絡を取りあっている。今日はまだ連絡は来ていないのて、気になって見てみたが何も表示されていない。内心しょんぼりしたが、せっかく後輩に飲みに誘われているのでそれを上手く笑顔で隠す。
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