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3)告 白〈4〉

 ◇  最寄駅まで戻り、地元の商店街にあるお店で少し早めの夕飯を食べると、二人はそのまま帰宅した。  干していたシーツを取り込み、それぞれのベッドを整えると、休憩用にお茶を用意して、清詞と秋良はリビングのソファに腰を下ろす。 「今日のシーツはお日様の匂いがするから、よく眠れそうだねぇ」  家に帰るまでも、帰ってからも、清詞は一切、ショッピングモールでのことを聞いてこなかった。  自分から話すのを、待ってくれているのかもしれない。  ──これ以上は、誤魔化せないよね。  秋良は意を決し、ソファの隣に座る清詞に向かって口を開いた。 「清詞さん……」 「なんだい?」 「今日のこと、なんですが……」  いざ話そうとすると、しゅるしゅると気持ちが萎んで、言葉が出てこない。  視線を落としてしまった秋良の頭を、清詞は優しく撫でた。 「彼が、秋良くんの元恋人、だったんだろう?」 「……はい」  秋良は清詞に言われ、ようやく目を伏せたまま口を開く。  ショッピングモールで会ったあの男が、大学に入ってから付き合っていた相手だということ、家に行くような間柄であったが、火事で自分の家がなくなったことをきっかけに別れてしまったことまで、正直に全部話した。 「黙ってて、すみません。オレ、男の人が好きで」  知っているのだ。  普通の人に同性が好きだと話してしまうと、嫌悪する人がいることを。  肯定してくれる環境で育ったけれど、そんな人ばかりではないことも『大人』になったから知っている。  だから清詞にも、咄嗟に嘘をついた。  嫌われたくなかったから。 「やっぱり……変、ですよね」  俯いたまま言う秋良の頭を、清詞は変わらずに頭を撫でたまま。 「僕は、そう思わないよ」  言われて顔を上げると、清詞は目尻に皺を寄せて、いつものように優しく笑っていた。  その顔に、なんだかホッとしてしまい、鼻の奥がツンとして、じわじわと滲むように涙が出てくる。 「……すみません」 「とても大切なことを、教えてくれてありがとうね」  そう言って清詞がギュッと両腕で、包み込むようにして抱きしめてくれた。  否定されなかったことが嬉しくて、秋良は鼻をすする。  ──清詞兄ちゃんは、やっぱり優しいなぁ。  やはりこの人は、ずっと変わらない。  優しくて、温かい人なのだ。 「……実は、ずっと気になっていたことがあったんだけど、今日のことで確信したよ」  清詞がゆっくり身体を離し、顔を上げた秋良を真剣な顔でジィッと見つめる。 「秋良くんがお金を払ってもらうことに対して、異様に怯えていたのは、彼のせいなんじゃないかい?」 「え……?」 「悪いが声を掛ける前から、彼とのやりとりを聞かせてもらったんだ。もしかして、普段から彼にお金を要求されたり、代わりに支払うよう言われたりしていたんじゃないかい? 払ってくれないなら嫌いになる、みたいなことを言われたとかさ」  あれを聞かれていたと思うと、なんだか心苦しい。  清詞が真面目な顔で聞いてくるので、秋良は俯きつつも蘇芳と過ごしていた頃のことを思い返してみる。 「……そんなふうに言われたことは、ないんですけど」  直接お金を要求されたことはない。その辺りは自分のほうが年上だというプライドでもあるのだろうか。  けれど事あるごとに支払いが自分になるよう、流されてしまったことは幾度もあった。 「支払うように仕向けられたり、払わないと不機嫌になられた、とかはあるんじゃないかい?」  言われて秋良は、財布を出すのを渋った時の蘇芳が分かりやすく不機嫌になり、周囲に当たり散らしていたのを思い出す。それを宥めるために仕方なく支払いを済ませるというのが、何度かあった。 「それは、ありました。……でも、嫌われたく、なくて」 「いいかい、好きな人とは対等であるべきだ。いいなりになったり、片方にだけ都合のいい関係じゃ幸せになんてなれないんだよ」  清詞の言う通りだ。  ずっと蘇芳の助けになるのが嬉しいと身を削っていたけれど、あれはただ都合のいい人になっていただけで、対応な関係ではない。  この家で、家事をすることで感謝される度に、今までがおかしかったのだとようやく気付けた。 「いろんな形の幸せがあるし、生きている人はみんな幸せになる権利があると思う。踏み躙られたり、我慢した状態で得られる幸せはきっと本物の幸せじゃないと、僕は思うよ」 「……そうですよね」  秋良が苦笑するように頷くと、清詞は満足そうに笑い、再び大きな手のひらで頭を撫でる。 「君がバイトを掛け持ちしていたのも、彼と過ごすためにお金が必要だったからだろう? もしそうなら、居酒屋のほうのバイトは辞めてしまったほうがいいんじゃないかな」 「……でも」 「うちにいる間の生活費は心配しなくていいんだ。将来引っ越す時のお金だって、お弁当屋さんのバイトだけでも十分貯まるはずだよ」  確かに今は必要なものが多いけれど、必要なものが揃った後は大きな出費の予定はない。それならバイトは一つにして、この家での家事に専念したほうが良いように思えた。 「それに、例の彼は居酒屋の近くで働いてるんだろう? あの様子じゃ諦めてはいないだろうし、秋良くんに接触する機会を狙っているはずだ。だからもう、その辺には近づかないほうがいい」  本当に自分は蘇芳にとって都合のいい存在で、よりを戻したいと言ったのも、代わりにお金を払ってくれる存在が必要になったからだと今なら思える。 「……わかりました」  清詞の言葉に、秋良は小さく頷いた。

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