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第14話 芯は芯

 ニコが溶けてから、さらに一週間が過ぎた。  蒼が紅の元に来て、三週間くらいになる。  ニコがいなくなってから、添い寝の順番が芯と日替わりだったが、紅が芯を指名する日が増えた。 『芯の体の調子が、あんまり良くないみたいなんだ。妖術も深めにかけてるけど、心配だからしばらくは芯と寝るね』  蒼も心配だから、そうしてくれた方がいい。  ただ、少し前までニコと芯と三人で寝ていた部屋に一人で寝るのは、寂しかった。 (きっと芯も、もうすぐ溶けるんだろうな。芯が来て、そろそろ一月だ)  芯は蒼より一週間くらい早く紅の元に売られている。  耳しか生えていなかった芯には尻尾も生えて、黒かった髪もほとんど白くなっている。  紅と同化が進んでいるのだと思った。  朝になって元気に起きてくる芯を見付けて安堵する。  最近は、そんな日々の繰り返しだ。  今日は珍しく紅が留守にするので、芯と二人で将棋をしていた。 「紅様がお出掛けって珍しいよね。いつも家にいるけど、仕事とかあるのかな?」  そういえば、紅が働いている姿を見ないし、聞いたこともない。  妖怪は仕事とかないのだろうと思っていた。 「一応、国の偉い妖怪らしいぜ。友達の手伝いしてるんだってさ」 「友達って、前に話してた王様?」  そういえば統治者が友人だと、以前に芯が教えてくれた。 「王様って呼ぶのか、よくわかんねぇけど。具体的な仕事は知らねぇけど、月に一回くらい、城に行くんだって」 「そうなんだ」  王様がいてお城がある時点で西洋風な建物を想像するが、紅が住んでいるのは日本家屋だし、普段着から着物だ。 (てことは、お城も日本風で、王様というか御殿様? いや、日本風に言うなら天皇? よくわかんないな)  瑞穂国のシステムが、いまいちよくわからない。 「芯は詳しいんだね。どうやって調べてるの?」  蒼が知らない事情を教えてくれるのは、いつも芯だ。 「俺も詳しくないけど、紅様に聞けば教えてくれるぜ」  前に、芯を解放してあげてほしいと願い出た時も、紅はこの国の話をしてくれた。 (秘密って訳じゃないんだ。あの時も、ちゃんと話してくれた。僕が聞かな過ぎるのかな) 「なぁ、蒼、俺さ。もうすぐ紅様に溶けると思うんだ」  突然、シリアスな話を振られて、蒼はびくりと肩を揺らした。  その話はなるべく避けていたのに、ストレートに本人に言われてしまうと、避けようがない。 「怖く、ない?」  蒼の問いかけに、芯が首を傾げて不思議そうな顔をした。 「何で怖いんだよ。楽しみだし、早く溶けてぇよ」  屈託のない笑みに、蒼は言葉を飲んだ。 (そうだよな。今の芯は、そう思うよな。今の芯にはそれしか、選択肢がないんだ)  来たばかりの頃の蒼なら、芯の様子に安堵していたと思う。  こんな風に楽に気持ち良く死ねるならいいと考えたと思う。 (でも、今の僕は生きたいって思ってる。紅様の番になりたいって、考えてる)  死にたがっていた蒼が生きて、生きたがっていた芯か死ななければならない。  霊元がないせいだったとしても、病気のせいだったとしても。  芯を犠牲に生き残るように思えて、胸が塞がる。  「芯は今、幸せ?」  ニコにも聞いた質問を、蒼は芯に問い掛けた。 「あぁ、幸せだぜ。理研にいた頃に比べたら、紅様の所は天国だ。毎日美味い飯が食えて、あったけぇ布団で眠れて、デカい風呂に入れて。好きな遊びだってさせてくれる。殴るどころか、抱き締めて眠ってくれる。夢みたいな生活だろ」 「……うん、そうだね」  でも芯は、保輔を忘れたままだ。  あんなに楽しそうに語っていた友人を忘れたまま、自分の本当の気持ちを忘れたまま、紅に溶けるのは、本当に幸せなんだろうか。 「俺が今、幸せって感じられんのは、紅様のお陰だ。あとさ、蒼。お前のお陰だよ」 「僕? どうして?」  思いもよらない言葉に、蒼は狼狽えた。 「理研で見た顔が同じ場所にいてくれたの、嬉しかったんだ。あの頃より色んな話、できたろ。すげぇ楽しかった。だから、ありがとな」  芯の笑顔を見たら、涙が流れてきた。  突然、泣き出した蒼に、芯が驚いた顔で狼狽えた。 「何だよ、何で急に泣くんだよ。悲しい話じゃなかっただろ」  芯が手拭で蒼の涙を拭ってくれる。 (本当なら僕の場所には保輔がいた方が良かったんだ。最期まで保輔と一緒に居られたら、芯はもっと幸せだったんだ)  でも今、ここにいるのは蒼だ。  芯は蒼に言葉をくれた。それが嬉しかったのも、本当だ。 「芯は、何も知らない僕に色んなこと、教えてくれた。この国の話も、将棋とか囲碁のルールも。僕が知らない漢字とか、いっぱい教えてくれて、読める本も増えたんだ」  紅の屋敷にはゲーム機などの現世の玩具はない。  だが、昔ながらの玩具なら何でも揃っているし、何より本の種類が多い。  絵本から難しそうな本まで沢山揃っている。  蒼は、本が読めるようになったのが、とても嬉しかった。 「芯がいてくれて、嬉しかったのは僕なんだ。本当はもっとずっと、芯と一緒に居たい。ここで一緒に暮らしたいよ」  止まる気配がない涙を、芯が困った顔で拭い続ける。 「それなら心配ないだろ。紅様と一つになったら、紅様の中で蒼の傍にいられるんだから。一緒にいるのと同じだろ」  芯の表情に憂いはない。  本心からそう思っているのが伝わってくる。  それが今は、とても辛かった。 「僕はもっと芯と話がしたいし、美味しいモノ食べて感動したり、一緒にお風呂に入ったり、隣で寝たりしたいよ」  駄々をこねる子供のようだと、我ながら思う。 「そういうの、これからは全部、蒼は紅様とするんだ」  芯が蒼の頬を包む。  まるで紅のような仕草に、ドキリとした。 「蒼は紅様の番になるんだろ。俺とは繋がり方や愛し方が違うけど、一つになるのは同じだ。寂しくないよ」 「なんで、知ってるの?」  驚いた顔で見上げる。 「俺はもう、ほとんど紅様の一部だからさ。だから同じように蒼を愛おしいって思うんだよ」  芯が蒼の頬に指を滑らせる。  さっきから芯の触れ方は、紅が蒼を慈しむ時の動きそのものだ。 (そうか……、姿形は芯でも、芯はもう、紅様に喰われてるんだ。この芯は、僕が最初に会った芯じゃないんだ)  伊吹保輔の名前を教えてくれた芯はもう、紅の中に溶けているのだ。  そう思ったら悲しくて、少しだけ安心できた。 (芯はもう病気で苦しまない。辛くも痛くもない。ここから逃げ出そうとも考えない。手に入らない未来を願って嘆いたりも、しない)  本物の芯が、本当はどう考えていたかなんて、蒼にはわからない。  それでも、少しずつ芯が紅の中に溶けて同化していたとしても、蒼の目の前にいる芯が辛くないなら、それでいい。 (保輔のことも、病気のことも、嘆いていたのは、僕だ。芯じゃない。僕が一人で悲しくなって納得できなかっただけだ)  蒼は顔を上げた。 「将棋、続きしよう。他にも、一緒に出来る遊び、僕とたくさんして。芯といっぱい遊びたい」  泣かないように、笑えるように、頑張った。  勝手に出てしまう表情を何とかするのがこんなに大変だなんて、知らなかった。 「蒼ってさ、理研にいた頃と別人みてぇになったよな。あの頃の蒼は表情なんかなかったし、話しもほとんどしなかった。いつも部屋の隅で本、読んでいたよな。何にも感じねぇ奴なんだと思ってた」  蒼の顔を眺めて、芯が吹き出した。 「なんか安心した。これから蒼は、もっと笑えるよ。前みたいに自分の未来とか、すぐに諦めたり、すんなよな」  悪戯に笑う芯から飛び出した言葉に、蒼は目を見開いた。  最初に会った時の芯の笑顔と重なって見えた。 「芯、今、諦めんなって……」  その言葉はまるで、最初に出会った芯の言葉に聞こえた。 「諦めんなって教えてくれた奴が、理研にいただろ。……ん? あれ? 誰だっけ?」  芯が、自分の言葉に自分で不思議そうにしている。 (まだ、いる。芯の中に芯も、保輔も、ちゃんといるんだ。諦めんなって言葉、ちゃんと覚えてるんだ)  蒼の中に、自分でも驚くくらいに嬉しい気持ちが広がった。 「やっぱり芯は、芯だね。大丈夫だよ、僕はもう、簡単に諦めたりしないから。芯が僕に教えてくれた全部、忘れたりしないから」  求めてくれた紅と、一緒に生きてくれたニコと芯、最初に死を教えてくれた色。   蒼の心に火を灯してくれた人たちのお陰で、生きたいと願う自分に気付けた。  幸せを探したい欲が出た。 「そっか、じゃぁ、心配いらねぇな」  目の前の芯が笑ってくれるのが、嬉しかった。

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