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ある独白

 両親とはこれまで意見が一致した事はまるで無く、いつも衝突してばかりいた。所謂、親子関係の不仲というやつ。    理由は私の第二性が坤泽であったから。たったそれだけ。彼らは優秀な乾元である自分達から、坤泽の息子が生まれた事を恥じていたのだ。  だから顔を合わせれば必ず言い合いになる。いや、一方的な暴力に近かったかもしれない。    貴方を思って言っているのよと母に叩かれる。どうしてこんな事も分からないのだと、目を真っ赤にした父から罵声を浴びせられ、物を投げつけられる事は日常的。  そんな日々に対しうんざりして、十六の誕生日を迎えると必要な荷物を手に家を飛び出した。  行く先は故郷の田舎よりも、遥かに人の往来が多い都。  後先の事など全く考えていなかったから、都へ着いた時には、手持ちの金はすっかり尽きてしまっていた。  どんなに貧しくなろうと、あの家に留まるよりはマシ。けれど金が無ければ飢え死にまっしぐらの現状。  生きるにはどうしても金が要る。何でもいいから、仕事を探さなくてはならない。    だがここで、仕事を探す私の足枷となったのが自身の第二性だった。    世間的では一般的に、発情して優秀な乾元を誘う存在として、坤泽は疎まれ忌み嫌われる立場にある。  なので坤泽という理由だけで私に紹介して貰える仕事はどれも、その日一食分の食料が、ギリギリ買えるかどうか分からない賃金が低いものばかり。  当然それだけではとても食べていける筈も無い。すっかり困り果てた私は仕方なく、坤泽だけを集めた妓楼に身を落とす事を選んだ。  そこからは何も考えず、坤泽の妓女として快楽を貪り続けた。  乾元や中庸の男ら相手に、自分の身体を何度も抱かれる。ひたすらその繰り返しの日々。  客には困らなかった。皮肉にも私の顔は、故郷では美女として名の乗れしていた母譲りだったから。    やがて十七の歳の終わり頃。客の一人として通っていた乾元である宿屋の主人に求婚された。   「身請け金を支払う代わりに、自分の番となって欲しい。」  勿論、最初は冗談だろうと断った。一時の気の迷いで妓女にその手の話をしてくる客だろうと。  けれど宿屋の主人は本気だと言って、何度もしつこく求婚してきたのだ。いつしか次第に私が折れるまで。  他に当ても無いのだから、彼の番となろう。仕方なく私は求婚を受け入れた。求婚を断るのも面倒になっていたのもある。  これまで誰かに愛され、誰かを想った事も無かったから、彼との間に愛があったかは分からない。両親は愛し方を教えてはくれなかったから。  けれど夫の側で過ごす日々は、想像していたよりとても温かくて。生まれて初めて安息という言葉を知った。  夫とは約数年の間を、不慮の事故で彼が亡くなるまで共にした。互いの身体を何度か重ねた事もあったが、残念ながら撒かれた種は芽吹かなかった。もし彼の子を成せていたら、将来どんな子へと育ったのだろうか。  今となってはもう、知るよしは無いけれど。  夫が亡くなってからの時間はあっという間だった。  彼が遺してくれた宿屋を継ぎ、少しでも寂しさを紛らわそうと、仕事に没頭していたのも大きかったのかもしれない。  気が付けば私もすっかり三十も手前。この頃から周囲は再婚を考えてみてはと、何かと理由を付けて見合いの話を持ち掛けてきた。  曰く、まだ若いのだから独り身では勿体無いとの事らしい。  都で出来た友人にすら、そろそろ新たな番を探してみたらどうか?誰か良い相手は居ないのか?と、手紙で尋ねられた事もある。  私とそうたいして歳が変わらないくせに、世話を焼いてくる困った男だ。    其方さえ良ければ見合いの席を設けよう。お前に会ってみたいという乾元の青年が一人居ると、書かれていた事も。  みな恐らく、いつまでも夫の事を忘られない私を心配してくれているのだろう。  けれど生憎、夫以外の相手とは番わないと決めている。  新たに誰かと恋をして、まして番う事など。行く当ての無かった坤泽の私を、己の番として迎えてくれた夫への裏切りにも等しい行為ではないか。    今の私なら一人でも生きていける。つい最近で、そう思っていた筈だった。……その筈だったのだ。  一人の、槍使いの青年と出逢うまでは。  以前読んだ流行り物の恋愛小説に、こんな言葉があったのを思い出す。  人は誰しもが、何度でも恋に落ちる生き物であると。  あながち嘘では無いのかもしれない。だって私の心は今、こんなにも揺れ動いているのだから。  槍を携えた青年を目の前にして。

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