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第30話 人生初のお出掛け

 二人のやり取りを聞いていた黒曜が頭を抱えて盛大に息を吐いた。 「滅多に現れねぇ宝石の人間が六人揃わねぇと作れねぇ色彩の宝石を一人で作ろうなんざ、あんまりにも発想が極端だぜ。まるで荒唐無稽な夢物語だ」  黒曜が眉間に深い皺を刻んで頭を掻きむしった。  常に堅実なイメージの黒曜がそう言うのなら、きっと難しいのだ。  未来が開けた気がしていた蒼愛の気持ちが、少し下がった。 「そうでもないよ。蒼愛の力と術を見て感じれば、黒曜も俺と同じ気持ちになるって」  そう持ち掛けた紅優の提案で、蒼愛の霊力を黒曜に見てもらう運びとなった。  庭に出て、一先ず炎で妖狐を作り、水の結界を作って見せた。  黒曜らしからぬ顔で呆然としていた。 「お前ぇは、本当に紅優ンとこに餌として売られたのか? 間違いで混ざっちまったんじゃねぇのか?」  黒曜が大変不思議そうに蒼愛に問う。  蒼愛としては、今の自分の方が不思議だから、何とも言いようがない。 「蒼愛の話だと、理研には魂の色が見える術者がいたみたいなんだよね。その子……、保輔は、蒼愛と同じだったんだっけ?」 「ううん、masterpieceの候補だった。僕と違って期待されていたと思う」  紅優の問いかけに、蒼愛は素直な意見を答えた。  黒曜が顔色を変えた。 「ちゃんと評価されてる子もいるのか。でも、候補なんだね。魂の色が見えるなんて人間は、滅多にいないのに」  紅優が呟いた。 「何となくだけど、理研って術者の正確な評価ができていない気がするよね。今まで買った子の中にも、手遅れになる前にちゃんとしてあげたら良い術者になったかもしれないのにって思う子は、ちらほらいたんだ」  紅優の言葉に、黒曜が呆れた息を吐いた。 「これだから現世は詰まらねぇよ。紅優の取引先、片っ端から見て回ったら宝石候補がいるかもしれねぇなぁ」  黒曜が、不機嫌に頭を掻きむしる。  きっと現世や人間が好きではないのだろうなと思った。 「だけど、蒼愛ほどの原石には、初めて会ったよ。買い付けの条件を変えたせいかもしれないけど、良かったって思うよ」  紅優が蒼愛の手を握る。  その手を握り返した。 「紅優だけじゃねぇ、瑞穂国にとっても大収穫だ。もし蒼愛が色彩の宝石を作り出せれば、盗まれようが壊れようが何回でも作れるって話だろ。番なら、永遠の祝福を授かって紅優と一緒に均衡を保つ役割につきゃぁいい」 「さすが黒曜、話が早い」  紅優がさっきとは打って変わった顔で黒曜に笑いかけた。 「初めからそのつもりだったのかよ。俺ぁ、てっきり色彩の宝石として番を解消されて蒼愛が人柱になるのを懸念してんのかと思ったぞ。あの憂い顔は何だったんだよ」  黒曜と同じように、蒼愛も思った。  それくらい、紅優は深刻な顔をしていた。 「蒼愛の力を見るまで、黒曜だって夢物語だって思っただろ。それに神子にしたがる可能性は逆に上がっちゃうと思うんだ。だからさ、説得する根回しをしたいんだよね。特に淤加美(おがみ)様をさ、説得する材料が欲しいんだ」  黒曜が難しい顔をした。 「確かに、こんだけ優秀じゃぁ、神子の懸念は拭えねぇわな。色彩の宝石を作って持っていくのは必須にしても。まだ日と(くら)の加護が足りねぇのか」 「御披露目の前に、蒼愛に加護を貰えないかな。ついでに色々と相談したいんだよ。勿論、内密にね」  口の前に人差し指を立てて、紅優が笑む。  黒曜が息を飲んで狼狽えた。 「紅優が個人的に声掛けした方が早ぇんじゃねぇのか? わざわざ俺を介して内密に相談してぇって話か?」  紅優が同じ笑みで頷く。 「いざという時のために、黒曜にも巻き込まれてほしい」  黒曜が何とも言えない顔で言葉を飲んだ。  何とも物騒な共犯の誘いだと、蒼愛も思う。 「……味方するって、言っちまったからな」  自分を納得させるように、黒曜が小さく呟いた。 「わかったよ。繋ぎができたら報せを寄越すから、待っていな」  くるりと踵を返して、黒曜が歩き出した。 「助かるよ、ありがとう。頼りにしてるね」  手を振りかけた黒曜が、思い出したように振り返った。 「蒼愛、前に会った時より霊力が甘く薫ってるぜ。もっと紅優と繋がって妖力を補充しとけよ」  ニヤリと笑んで、黒曜は今度こそ帰っていった。  顔が熱くなって、落ち着かない気持ちになる。 「今日は、喰われてないよね?」  紅優に問われて、蒼愛は何度も頷いた。 〇●〇●〇  それから二日もしないうちに、黒曜から報せが届いた。  日ノ神様と(くら)ノ神様に繋ぎができたから会いに行けという手紙だった。   「流石に早いね。やっぱり頼りになるな。黒曜にお願いして、良かったよ」  嬉しそうに語る紅優には、安堵が滲んで見えた。  次の日には、蒼愛は紅優と共に神の宮へと向かった。 「紅優の屋敷から出るの、初めてだから緊張する」  普段より、かなりおめかしした着物で、初めて屋敷の外に出た。 「可愛いよ。柄が派手な着物も似合ってる。蒼愛は何を着ても似合うね」  紅優が蒼愛の手をしっかりと握った。  心なしか紅優がいつもより嬉しそうだ。というか、浮かれているように見える。 「紅優、お出掛け、楽しみなの?」  これから向かう先は神様の所で、とても真剣な話をしに行くのだと思うのだが。  紅優はそこまで緊張しているようには見えない。 「ちょっと楽しみかな。蒼愛と二人で外に出るのは初めてだし、何より俺の蒼愛を自慢できる機会だからね」  するりと頬を撫でられて、擽ったい気持ちになった。 (前は神様に御披露目を嫌がっていたけど、今日会う神様は平気なのかな)  何にせよ、紅優が喜んでくれるのは嬉しい。 「僕も、紅優とお出掛けできて、嬉しい」  耳が熱くて、顔が俯く。  蒼愛の顎を、紅優がそっと持ち上げた。 「蒼愛の癖、変わらないね。本音を言う時は顔が俯く。少しずつでいいから、俺の顔を見て言えるようになろうね」 「うん……、がんばる」  見上げた紅優の顔が嬉しそうに笑んだ。  しばらく歩くと、やけに明るい場所に出た。小高い岩山に昇って、足下を眺める。  もう少し先に、賑やかな町のような場所と大きな建屋が見えた。 「あの、横に長くて広い屋敷がこの国の城だよ。普段、黒曜が詰めてる。寄合もあそこから出向くんだ。中に特別な部屋があってね。そこから天上の宮に昇るんだよ」  紅優が指さす先を眺めて、蒼愛は感嘆の溜息を零した。 「街、凄く広い。御屋敷、とっても大きい。お城って広いんだね。街って、あんなに人……じゃない、妖怪がいるんだね」  現世に居た頃も、理研の建物から出してもらえなかった。  よく考えると、屋外に出たのは人生初かもしれない。  売られた時ですら、理研の中から幽世の紅優の屋敷内への移動だった。  外の空気に触れている今に、感動した。 「昨日、地図を見せたけど、この国は上空に神様の住む宮があって、その下に瑞穂国の大地が広がっている。妖怪はそれぞれに住み良い場所が異なるから、好きな場所に住んでる」  地図によると、紅優の屋敷は日ノ宮と火ノ宮の間くらいに位置していた。  日ノ宮の元は明るい場所が広がるので、城や町があり、広い。  反対側に位置する暗ノ宮の下には暗い場所が広がる。  敷地としては狭いが、そういう場所を必要とする妖怪もいるのだそうだ。  日ノ宮と暗ノ宮の、ちょうど間くらいに社があり、その中に臍がある。   臍を守る社に色彩の宝石、今は紅優の左目が祀ってある。 「町や城がある真上に日ノ宮があるから、ここから昇ろう」 「え? 昇るって、階段とか、ないよ?」  周囲を見渡しても、岩山が広がるばかりだ。 「まさか、これを昇るの?」  岩山を指さしているうちに、紅優の姿が変わっていた。  銀髪の妖狐姿の紅優が、蒼愛の襟を咥えた。 「俺の背中に乗っていれば、すぐに着くよ」  体を持ち上げられて、紅優の背中にぽとりと落ちる。  フワフワの毛並みが気持ち良くて温かい。 「うわぁ、紅優、ふわふわだぁ」  抱き付いて頬ずりする。  気持ちが良くて、眠ってしまいそうだ。 「そのまま掴まっててね。走るから」 「走るって、どこを……、わぁ!」  妖狐姿の紅優が空を駆け上がった。  足場などない空を、大地を蹴るように走り昇っていく。 「凄い、紅優、格好良い!」  ぐんぐん小さくなる地上の風景を後ろに見ながら、蒼愛は叫んだ。 「蒼愛が喜んでくれるなら、またいつでも乗せてあげるよ」  嬉しそうに紅優が叫ぶ。  妖狐の姿になっても変わらない紅優の声と妖気に安堵した。   「さぁ、天上に昇るよ」  蒼愛を乗せた紅優の体が雲の中に飛び込んだ。  辺り一面が真っ白になって、蒼愛は思わず目を瞑った。

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