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第33話 月詠見の悪巧み
広い部屋の中で、四人は膝を突き合わせて小さく纏まって話をしていた。
「淤加美からしたら、確かに気に入らないさ。蒼玉の謁見なしに番にした挙句、自分に御披露目する前に、私らの加護を貰ってくる状態だからね」
日美子の言葉に、蒼愛と紅優は同じように息を飲んだ。
「しかも蒼愛は一人で色彩の宝石を作れる異才だ。絶対に欲しがるだろうねぇ」
続いた月詠見の言葉に、二人して顔が下がる。
「だから最初から、あげちゃえばいいのさ」
飛び出した月詠見の提案に、蒼愛と紅優は揃って顔を上げて首を横に振った。
「それじゃ、相談に来た意味がありませんよ」
紅優が前のめりになっている。
いつもの紅優らしからぬ、というより、普段の蒼愛みたいだなと思った。
「番や神子としてあげるんじゃなくってさ、側仕として働くんだよ。あくまで紅優の番としてね」
「それ、良いかもしれないねぇ」
月詠見の提案に、日美子があっさり同意した。
「蒼愛が色彩の宝石を作れる以上、行く行くは紅優と均衡を保つ役割を担っていくようになる。国の中の状況を覚えるための勉強とでも話せばいいし、自分たちもそう思えばいい」
月詠見の説明が、蒼愛には納得できた。
だが、紅優の顔は晴れない。
「俺としては、淤加美様の近くに蒼愛を置くのが不安です」
紅優の耳が寝ている。
本当に不安なんだと思った。
「そんなに嫌いかい? 淤加美は、まぁ、お世辞にも付き合い易いとは言わないけどさ。そこまで嫌な奴でもないと思うよ」
日美子が引き気味に淤加美を擁護した。
「嫌いではなくて、なんというか。只でさえ蒼愛は蒼玉で、本来なら淤加美様の元に在るべき存在です。一緒に過ごしたら、蒼愛自身の善さまで教える羽目になってしまう気がして、淤加美様に余計に気に入られてしまうのではないかと」
日美子と月詠見が同じタイミングで吹き出した。
紅優が何とも言えない表情で二人を見詰める。
(紅優は日美子様と月詠見様の前だと、子供みたいだなぁ。こういう関係は何ていうんだろう。家族、かな)
もしかしたら、家族や兄弟、みたいなモノかもしれないと思った。
蒼愛には、そういうものがいないのでわからないが、友達や知り合いとは違う距離感だと思った。
「わかってもらうために提案しているんだけどねぇ。もしかして、紅優は自分で気が付いていないのかい?」
笑う月詠見に、紅優が首を傾げた。
「蒼愛が淤加美に会うだけじゃ、番や神子に指名するかもしれない。けどね、数時間でも数日でも共に過ごしたら、きっとその気は失せる。だから、側仕なのさ」
月詠見の説明が蒼愛にもわからなくて、首を傾げた。
「蒼愛は、紅優の所に来てから霊力を使えるようになったんだろ?」
日美子に問われて、蒼愛は頷いた。
「僕は、霊元があって霊力が多いのに術も何も使えないから、餌として売られたんです。紅優の所に来て、体から放出できてない状態だって教えてもらって。一緒にいた友達が蛇々って蛇の妖怪に襲われた時、助けたい一心で霊元が開いて、それからは紅優に教えてもらって色々できるようになりました」
自分で話してみて、やっぱり紅優と芯のお陰だと思った。
「蛇々か。アイツはまだ紅優のことろに盗みに入ってたんだね。なるほど」
何かを考える顔をしながら、月詠見が呟いた。
「番になる前も、紅優の妖力を貰ってたかい?」
「少しだけ、なら……。い、今ほどたくさんは、貰ってないです」
日美子が普通に聞くので、余計に恥ずかしくなった。
番になって体を繋げているが、その前はそこまで濃密な行為はしていない。
(それなりにはしてたけど、今ほどエッチじゃなかった)
じわじわと顔が熱くなる。思わず俯いた。
そんな蒼愛を日美子がニヨニヨして眺める。
「俺の妖力が蒼愛の霊力開化の一助になったとは思いますが、それは恐らく、俺でなくても」
「んー? そうかな?」
月詠見が面白尽な顔で笑んだ。
「蒼愛が今の力を使えるのは、紅優の妖力のお陰だ。もっと言うなら、蒼愛が色彩の宝石足り得るのは、紅優の番だからさ。お前たち二人の力が混じらなければ、この宝石は生まれない」
さっき蒼愛が作った宝石を指でくるくる回しながら、月詠見が事も無げに言ってのけた。
紅優と蒼愛は言葉を失くした。
「加護を与えて、蒼愛の霊力に触れた。私らは紅優にも加護を与えている。だからこそ、わかるんだ」
日美子が蒼愛と紅優に向かって優しく笑んだ。
「神の加護を受ける前から四属性の力を操る人間と、妖怪でありながら日と暗の浄化の加護を受けられる稀有な妖狐だからこそ成り得る。お前たちは、そういう二人さ」
二人でなければ、成り得ない。
日美子と月詠見の言葉は、蒼愛と紅優が番でいていいと言ってくれているようで、まるで許しを得られたように感じられた。
「二人、だから……」
呟いた紅優が蒼愛を振り返った。
腕が伸びてきて、蒼愛の体を強く抱きしめた。
「紅優、苦しい」
言いながら、蒼愛も腕を伸ばして紅優に抱き付く。
力いっぱい抱きしめた。
「うん、苦しいね……。もっともっと、抱きしめたいよ」
耳元で聴こえた紅優の声には、安堵が滲んでいた。
「けどそれは、共にいて長らく気配でも感じていないとわからないだろ。淤加美が、会ってすぐに蒼愛に加護を与えたり、霊力を喰ったりすれば、気が付くかもしれないけどね」
「だから、側仕なんですね」
月詠見の説明に蒼愛は、納得した。
「それだけでも、ないように聞こえましたが」
紅優が訝しい目を月詠見に向ける。
月詠見がニコリと笑んだ。
「ついでに淤加美の探し物でも見付けてあげたら、二人は最高神のお墨付きが貰えるんじゃないかと思ってさ」
日美子が、じっとりした目で月詠見を眺めた。
「それは確かに悪巧みだねぇ」
首を傾げる蒼愛の隣で、紅優が青くなっている。
「紅優? どういう意味……」
「無理です! 流石に危険です。色んな意味で!」
紅優が、また前のめりになった。
勢いがすごくて、蒼愛は身を引いた。
「だってさぁ、蒼愛が色彩の宝石を作って社に奉ったら、どうせまた盗まれるよ? 紅優の目と違って相手が見える訳じゃないんだから」
蒼愛はびくりと体を震わせた。
「体から離れてても、紅優の目は見えてるの?」
怯える蒼愛に、紅優が普通に頷いた。
「蒼愛、怯えるべきはそこじゃないよ」
至極真剣に、紅優が月詠見に向き合った。
蒼愛からすれば十分に怖い事実だ。やっぱり紅優は妖怪なんだなと思った。
「淤加美様が見付けたいのは宝石そのものより盗んだ犯人でしょう? 見付けたいというより捕えたいんでしょう? 今更、どうにかするのは国にとっても不利益ですよ」
「不利益ではないよぉ。むしろ有益でしょ」
逼迫した表情の紅優と比べて、月詠見はにこやかだ。
二人のテンションの違いが、かえって怖い。
「盗まれた色彩の宝石自体は、恐らくもう、どうにかなっちまってるだろうけどね。犯人はまだ国の中にいるのさ」
日美子が、こそっと教えてくれた。
千年近くも昔に盗まれた最初の宝石は現世に持ち去られたという話だから、確かに探し出すのは不可能だろう。
「紅優が現世と繋がりを持って、時々には現世に出向いていたのは、失われた宝石を探すためだろ? 均衡を保つ役割を担う妖怪の鏡だけどさぁ。多分、見付からないよ? 犯人、上げた方が早いって」
月詠見の言葉は、普段の紅優より軽い。だが、内容には説得力がある。
(だから紅優は現世の事情に詳しいし、理研とも繋がってたりしたんだ)
とても納得してしまった。
「だからって……」
紅優が言葉を噛み締めた。
「あの、もしかして犯人て、もうわかってたりするんですか?」
さっきから紅優と月詠見のやり取りは、具体的な誰かを想定しているように感じる。
紅優と月詠見と、日美子まで蒼愛に目を向けて、黙った。
「あ……、ごめんなさい。今のはナシにして、続けてください」
どうやら、マズい言葉を投下したらしい。
月詠見が蒼愛の頭を撫でた。
「よしよし、蒼愛は賢いなぁ。色彩の宝石を盗んだ犯人が、国中知らない者がないほどの存在なのに公然の秘密って気が付いちゃったかぁ」
「そこまでは、わかりませんでした!」
危機を感じて蒼愛は身を引いた。
蒼愛の体を引き寄せて、紅優が月詠見から離した。
「けど、これはチャンスかもね。新しい色彩の宝石を作り出せるほどの蒼愛は、この国を何も知らない。新しい色彩の宝石は、奉ればきっとまた盗まれる」
日美子の言葉に、月詠見が嬉しそうに頷いた。
「しかも、ここに既に二つのレプリカがある。蒼愛なら、本物も偽物も作り放題だ」
指の間に挟んだ石をフリフリして紅優に見せ付ける。
「解決すれば淤加美も喜ぶ。本題から気持ちが逸れて、紅優と蒼愛はめでたく番のままでいられる、かもしれない」
紅優があんぐりと口を開けて月詠見を眺める。
(なんとなく、解決したいのは月詠見様なんじゃないかな)
この国の事情はよくわからないが、月詠見の表情や話し方を聞いて、そう感じた。
「僕は、やりたいと思います」
紅優の隣で、蒼愛は小さく手を上げた。
さっきのように三人が黙ったまま蒼愛を振り返った。
紅優だけが、顔を引き攣らせている。
「蒼愛! あのね、蒼愛は知らないと思うけど、危険かもしれない。いや、きっと危険なんだ。関わらないに越したことはないんだよ」
肩を掴まれて揺らされる。
「えー。知らないからいいのになぁ」
呟いた月詠見を紅優が睨んでいる。
「僕らが完璧な番になるためには、紅優の左目が必要なんでしょ? そのためにはお社に僕が作った色彩の宝石を奉って紅優の目を取ってこないといけない。色彩の宝石を奉ったらまた盗まれちゃうのなら、そのタイミングで犯人を捕まえられるよね?」
なけなしの知識と情報で整理した話をしてみる。
蒼愛としては、一番大事なのは紅優の左目だ。
その過程で月詠見や淤加美の希望を叶えられるなら、やりたいと思う。
「それは、そうかもしれないけど……」
渋い顔で紅優が言葉を濁した。
「僕らのために加護をくれた月詠見様と日美子様に、僕はお礼したいって思う。僕ができることなら、したい。紅優にとっても日美子様と月詠見様は大事な神様だって感じたから、役に立ちたいって思うんだ。御二人はとても温かくて優しい神様だよ」
腕が伸びてきて、月詠見に抱き締められた。
「可愛いね、蒼愛。いっそ、うちの子になるかい?」
「なりません!」
紅優が月詠見から蒼愛を奪い返した。
「月詠見様はそこまでお優しい方じゃないよ。むしろ俺たちの番の方がついでだよ。騙されないで、蒼愛!」
さっきより激しく肩を揺らされてガックンガックンする。
「酷い言われっぷりだなぁ」
言葉ほどショックでもない声で、月詠見が笑った。
「紅優は、犯人が捕まらない方がいいの?」
蒼愛の言葉に、紅優が動きを止めた。
「それは……」
紅優が目を逸らす。
「どうにもできないし、しない方がいいから今のままになってんのさ。けどね、それで千年は流石に長すぎるよ」
日美子は神様だが元は人間だ。
少しは蒼愛に感覚が近いのかもしれない。
「新しい色彩の宝石が実に千年振りに瑞穂国に現れた。蒼玉は数百年振りだ。これも天啓だと思わないかい? 紅優」
月詠見の言葉に、紅優が深い深い息を吐いた。
「月詠見様が言っている時点で天啓なんですよ。貴方、神様でしょう」
その言葉には、深い苦労が垣間見えた。
「……もし決行するなら、御披露目より前に個人的に淤加美様に会えるよう、繋いでいただけませんか。月詠見様がそういうつもりなら、淤加美様には絶対に俺たちを認めていただかないと。お願いできますよね」
折れた紅優が意味深な視線を月詠見に向ける。
月詠見が嬉しそうな顔をした。
「勿論、繋いであげるよ。振った以上、二人が番でいられる算段は俺が付けてあげる。淤加美の件も、紅優の目もね。ちゃんと取り戻して完璧な番になれるように計らうよ。その代わり、よろしく頼むね」
隣の日美子が申し訳なさそうな顔で紅優と蒼愛を眺めていた。
「紅優と蒼愛は私らが守ってあげるから、何も心配しなくていいよ」
月詠見と日美子の言葉を聞いて、得心がいった。
(もしかして最初から、これが狙いだったのかな? 取引だったのかな?)
蒼愛には難しくてよくわからなかったが、月詠見の申し出を受けた時点で番の解消は免れたんじゃないかと思った。
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