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第35話 おちゃめな神様

 広々とした部屋で、蒼愛は紅優に凭れて座っていた。  直後よりはマシになったが、まだ頭がフワフワする。  目の前の淤加美が、じっと蒼愛を見詰めていた。 「淤加美様、蒼愛の蒼玉についてですが、番になる前にはその質に気が付かず……」 「ん? あぁ、その話なら月詠見と日美子に聞いたよ」  紅優の目が月詠見に向く。  しれっとしている月詠見の隣で、日美子がビシッと親指を立てていた。 「私には蒼愛が大変貴重な術者に映るが、現世では妖怪の餌にするのかい? つくづく理解に苦しむね。いくら紅優に会うまで霊元が閉じていたとはいえ、気が付かないで売られてしまうなんて。紅優が買ってくれて本当に良かったよ」  淤加美に微笑まれて、紅優が小さく会釈した。 「番に失礼だとは思ったが、蒼愛の霊力を少し喰わせてもらった。月詠見の話の意味が、実感として理解できたよ」 「話の、意味?」  怪訝な顔をする紅優に、月詠見が得意げな顔をした。 「蒼愛が色彩の宝石を作れるのは、紅優と番であるが故。番を解消すれば只の蒼玉。蒼玉だって充分に貴重だけれどね。今の蒼愛と紅優には、至高の価値がある」  淤加美の言葉に、紅優が息を飲んだ。  紅優の顔を見て取って、淤加美が含み笑いをした。 「全く、とんだ根回しをしたものだ。私が臍を曲げると思ったんだろう。滅多に現れない蒼玉を横取りして、不安になったかな?」 「申し訳ございません。正式な手順を踏めなかった故に、失礼にあたるかと」  紅優が狼狽えている。  蒼愛はそっと紅優の手に指を伸ばした。 「そうだね。本音を言えば一番に教えてほしかったよ。しかし、月詠見と日美子は紅優の親代わりだ。百歩譲って、良しとするよ。二番目に私の所に来てくれたワケだからね。もし来なかったら、本当に臍を曲げていたかもしれないよ」  紅優が青い顔をしている。  今日ここに来て本当に良かったと、蒼愛も思った。 「それに、番になってから来てくれて良かった。番になる前なら、私は確実に蒼愛を神子にしていた。それではきっと、色彩の宝石は造れなかったろう」  紅優の顔が引き締まった。というより引き攣って見えた。 「へぇ、淤加美が一目で気に入るくらい蒼愛には価値があるんだ」  月詠見に目を向けて、淤加美が小さく口端を上げた。 「月詠見も蒼愛の霊力を喰ったなら、気が付いたろう? 蒼愛自身が色彩の宝石。総ての属性を扱う術者だ。他の神々も、きっと欲しがるよ」  日美子が怪訝な顔をした。 「それは紅優と番になった今の話だろ?」  日美子と月詠見に加護を分けてもらったから、今の蒼愛は六属性総ての力を扱える。  だが、その前は四属性だけだったし、紅優と番にならなければ只の蒼玉だった。 「番になる前から幾つかの属性は使えていたんじゃないかな。どれでも伸ばせるし、全部でも伸ばせる。そういう術者はね、自分の属性を極めると神になれる。だから、水ノ神である私の神子にしたと思うんだ。誰のモノでもなければね」  淤加美の目線が蒼愛に向いた。  心臓がドクリと、嫌なざわつきをした。  思わず紅優の後ろに半身を隠した。 「心配ないよ。神子より色彩の宝石を作れる方が価値が高い。蒼愛と紅優は番だからこそ価値がある。今更、番を解消しようなんて、思っていないよ」  蒼愛の怯え振りを眺めて、淤加美が困った顔で笑んだ。 「全く、私は何だと思われているんだろうね。たとえ蒼愛が蒼玉でも、好き合って番った同士を引き離してまで神子を作ろうなんて、思わないよ」  淤加美が、ちょっと不機嫌な顔になった。 「申し訳ありません」  紅優が深々と頭を下げたので、蒼愛も同じように頭を下げた。 「紅優の怯えっぷりが酷くてねぇ。俺も流石に放置できなくて、普段はしないような世話を焼いたよ。ま、それくらい離れたくないと思える番に出会えたんだ。俺としては、良かったと思ってるよ」  月詠見が冗談半分に話す。  淤加美が、くすりと笑った。 「そうだね。私も、紅優に番ができた事実が何より嬉しいよ。こんなに優しい名前をくれる番に出会えたんだ。それが一番だよ。異を唱える神はないさ。いるとすれば、違う都合の悪さ、だろうね」  淤加美の目が、月詠見に向く。 「そうねぇ。蒼愛の存在を快く思わないのは、いるだろうねぇ」  ほんわかだった雰囲気が一転、不穏になった。 「本当はね、ちょっと難しい試練くらいは与えようかと考えていたんだよ。けど、月詠見が持ってきた話がなかなかに私好みの提案だったから、それを持って試練としようかと思ってね」  淤加美の切れ長な目が細まって紅優と蒼愛に向く。  悪戯に笑んだその目が何かの意図を含んでいるのは明確だった。 (やっぱり只の優しい神様ではないのかもしれない)  蒼愛の胸中に直感が過った。  加護を貰って、悪い神ではないと感じたが、それだけでもなさそうだ。  紅優が執拗に淤加美を警戒していた理由が何となくわかった気がした。 「やはり淤加美様も、蒼愛の色彩の宝石の質を使って、千年前の一件の犯人を捕らえたいと考えておられるのですか?」  紅優が問い掛けた。  その顔も声も、全く乗り気ではない。  それだけ危険を伴う試練なのだろうと感じた。 「蒼愛が色彩の宝石である事実は、この場にいる四人と黒曜しか知らないだろう?」  淤加美の質問に、紅優が顔を曇らせた。 「蛇々には、蒼愛が蒼玉であると、勘付かれていると思いますが」 「その程度は詮無きことだ。むしろ都合がいいよ」  事も無げに一蹴されて、紅優が黙り込んだ。 「瑞穂国の創世直後より千年以上、失われた色彩の宝石には誰も触れてこなかった。今こそ、この国が在るべき姿に落ち着く時なのかもしれない。だとすれば私は、蒼愛の存在を見過ごすわけにはいかないよ」  淤加美が蒼愛の頬を、そろりと撫でた。  冷たい指先の感触は、嫌な感じはしなかった。 「しかも、その蒼愛を番に選んだのは他の誰でもない、紅優、君だ。君たちの出会いこそが、この国を良き方向に導く天啓であったと、私には思えるんだよ」 「……淤加美様のお言葉なら天啓です。月詠見様と同じ言葉をお使いになるのですね」  紅優が、諦めた顔で息を吐いた。 「おや? 口裏を合わせたように聞こえてしまったかな? しかし、それも仕方がない。私ですら長らく手を出せずにいた相手に、ようやく天罰を下せる機会を得たのだから。日暗の陰りに偶然に浮いた企みに、少しくらい水をさしても誰も文句は言うまいよ。言わせもしないけどね」  そう語る淤加美は、とても楽しそうに見える。  楽しそう、というよりは気持ちの昂りを抑えているように感じた。  笑顔に迫力があって、ちょっと怖い。 「もしかして、色彩の宝石を盗んだのは、神様?」  思わず零れてしまった言葉を、瞬時に後悔した。蒼愛は自分の口を手で押さえた。  そうであってもなくても、きっと言葉にしていいコトではない。  月詠見が蒼愛の頭を撫でた。 「蒼愛はやっぱり賢いなぁ。下々に盗ませて知らんぷりしている神様が、蒼愛が色彩の宝石を作れると知ったら、もしかしたら殺すか奪いに掛かるかもしれないと気が付くなんて」 「そこまで気が付いていませんでした!」  既視感のあるやり取りだが、内容がかなり物騒になった。 「そんな、だって、神様はこの幽世を守るために、色彩の宝石を守るために存在しているんですよね? どうして神様自らが壊すような真似を。というか、僕、殺されちゃうんですか?」  もはや涙目で問う。  今の蒼愛は素直に死ぬのが怖い。  何より殺されるとしたら、きっと苦しい。そういう死に方はしたくない。 「今の蒼愛なら簡単に殺されないって。自分が思っているより、蒼愛はずっと強いよ」  日美子が肩を叩いて慰めてくれた。 「蒼愛は俺が守るよ。傷付けさせたりしないから、心配ないよ」  紅優に肩を抱かれて、その熱に安堵した。 「この幽世を壊したいのか。色彩の宝石が欲しかっただけなのか。理由は解らないけれどね。新たな宝石が作られれば盗みに来るのは確実だろうね」  淤加美の目が紅優に向いた。 「私の試練を受けてくれるかな。このはきっと二人が避けて通れない運命(さだめ)の道行だよ。だからこそ私は、二人の番を歓迎するんだ。たとえ番う前に蒼玉の紹介がなかったとしても、御披露目にも来ないで、私への挨拶が二番目だったとしてもね」  紅優が、ぐっと息を飲んだ。  難しい顔で息を吐くと、意を決した顔をした。 「犯人を上げ、一件を解決した後も蒼愛との番を引き続き認めていただけるのなら、神の御心のままに従いましょう」  頭を下げる紅優に、淤加美が笑った。 「条件付きの恭順とは、紅優の蒼愛への愛の深さを感じるね。ならば、こうしよう。この試練を乗り越えた二人には、私から永遠の祝福を与えよう」  紅優が大きく目を見開いた。  蒼愛は不思議な心持で、紅優を見上げた。 「永遠の祝福ってのはね、二人が番である事実を神が認め守るって約束だよ。永遠にも似た命と絆を神様が保証してくれるのさ。番なら誰でも貰えるって訳じゃないんだよ」  日美子が優しく説明してくれる。 「蒼愛の属性は水、紅優は本来なら火だ。どちらかの神でなければ、永遠の祝福は与えられない。最高のお墨付きだろ」  月詠見が片目を瞑って合図した。  日ノ宮で話していた『御墨付』とは、これなんだとわかった。  蒼愛は紅優を振り返った。 「やろう、紅優。頑張ろう。永遠の祝福がもらえるなら、僕は何だってする!」  紅優が呆然と淤加美を眺めていた。 「不服かい? 試練を受ける覚悟には、足りないかな?」  淤加美に向かい、紅優が激しく首を横に振った。 「いえ……、いいえ。まさか、淤加美様が、俺たちに永遠の祝福をくださるとは、思いもよらなかったので。ありがとう、ございます」  紅優が頭を下げた。  肩が少しだけ震えて見えて、蒼愛は紅優の手を握った。   (紅優がこんなに喜ぶくらい、淤加美様の永遠の祝福には価値があるんだ)  蒼愛の手を握り返してくれた紅優の目は少しだけ潤んで見えた。  淤加美が懐から宝石を取り出した。蒼愛が作った不完全な色彩の宝石だ。 「月詠見に借りたのだけれど、蒼愛が作った宝石を、使ってもいいかな?」 「はい、勿論です。けど、まだきっと完璧ではなくて」  蒼愛は紅優を見上げた。 「俺の左目が戻って番として完全な絆を結べないと、充分な強度の色彩の宝石は造れないようなんです」 「でも、紅優の左目を戻しちゃったら、臍を守る宝石がなくなっちゃうから」  紅優と蒼愛の話を聞いて、淤加美が頷いた。 「なら、ちょうどいいね」  蒼愛は首を傾げた。 「犯人を釣る餌さ。現行犯で捕縛したら、言い逃れできないからね? そういう状況を作るのに、この宝石はちょうどいいよ」  月詠見の言葉に、蒼愛はまたも首を傾げる。 「次の寄合で、この玉を本物と偽り神々に加護を与えてもらう。紅優の左目に代えて社に祀る。不完全とはいえ、一時的な強度としては充分だ。本物を作るまでの間くらいなら持つだろう。色彩の宝石さえあれば、紅優の目は戻せるからね」  淤加美が爽やかに笑んだ。  月詠見が蒼愛に問う。 「改めて聞くけど。完全な番になれば、蒼愛は完璧な色彩の宝石が作れそうかい?」  月詠見の確認は、淤加美に聞かせるための最終確認なんだと思った。 「多分、できると思います。左目が戻ってから、紅優にいっぱい妖力を送ってもらえば」  具体的に何が足りないのかは、実のところよくわからない。  だが、何かが欠けていると感じる。  それはきっと、紅優の中の何かだと感じていた。 「いっぱい……」  日美子の呟きに、蒼愛の顔は火を噴きそうなほど熱くなった。 「ちがっ、その、貰い方はいろいろあるから」  慌てる蒼愛の頭を、日美子が嬉しそうに撫でる。 「いっぱい送ってもらってる間でも、本物を作っている間でもいいけど、その間に犯人に偽物を盗んでもらおう。現場を抑える警備を敷かないとね」  淤加美が、とても良い笑顔で蒼愛を眺めている。  蒼愛や紅優を揶揄う淤加美は楽しそうで、何となく心から紅優と蒼愛を祝福してくれている気がした。 「でも、神様本人が盗んだりはしないですよね。手下にやらせたら、結局逃げられちゃったりしませんか?」  不安そうに聞いた蒼愛の頭をまた、月詠見が撫でた。 「蒼愛は賢いなぁ。神様じゃなきゃ触れない仕様にして捕まえた方がいいって言いたいんだよね。そういう細工を蒼愛が宝石にしてくれちゃうんだね」 「そんなこと言ってないし、できません……」  いい加減、月詠見の会話のパターンと性格がわかってきた。 「蒼愛と紅優ならできるよ。特に紅優は得意だろう。結界術が使える。蒼愛が作った宝石に結界の細工をすればいい」 「俺の結界は妖怪や人間には効果がありますが、神様には通用するかどうか」  淤加美の言葉に、紅優が自信なさげに答えた。 「一人でやろうとしてはいけないよ。今の紅優には蒼愛という番がある。蒼愛に条件を付加してもらえばいいのさ。水の加護はこの国で最も強い。私が蒼愛に神力を分け与えよう。蒼愛ならきっと使いこなすよ」  淤加美の言葉に、紅優が目を見開いた。 「そのためにも、蒼愛には私の加護をもっと多く受けてほしいんだ。紅優は不快かもしれないが、もう少し与えさせておくれ。それが蒼愛の守りにもなる」  紅優が首を横に振った。 「是非、お願いいたします、淤加美様。ありがとう、ございます」  紅優の声が少しだけ潤んで聞こえた。 「蒼愛は蒼玉、私の加護を受ける宝石だ。同時に、色彩の宝石。総ての神の加護を受ける存在でもある。番である紅優も、蒼愛と同じ存在なんだよ。自覚しなさい」 「はい……」  俯いた紅優の手を握る。  紅優はもしかしたら、淤加美に一番に認めてほしかったのかもしれない。  蒼玉である蒼愛の番として自分がふさわしいか、不安に思っていたのかもしれないと、そう思った。 「蒼愛に加護を与える回数や準備を考慮しても、次の寄合まで充分に時間はあるね。それまでは、この五人で準備を進めよう。コソコソしながら悪巧みするのはワクワクするね」  淤加美が悪戯に笑んだ。  一見して真面目そうな神様は、実はおちゃめなのかもしれない。 「あの……、犯人の神様は、誰なんですか?」  この感じだと、この場にいる全員が知っているのだろう。  公然の秘密だと言っていた。  全員が言葉を止めて、蒼愛を見詰めた。 「え? あれ? 聞いちゃいけなかったですか?」 「いや、ダメじゃないけどねぇ」 「うん、蒼愛には秘密だよ」  月詠見と日美子が続けざまに言い切った。 「蒼愛は嘘が苦手そうだからね。犯人が誰か聞いたら、意識して言葉や態度がぎこちなくなりそうだから、知らない方が良いと思うよ」  淤加美に頭を撫でられながら諭された。  今日初めて会ったのに蒼愛の性格がわかってしまうのは、やっぱり神様だからだろうか。 「紅優も、教えちゃダメだよ」  淤加美に釘を刺されて、紅優が苦笑いして頷いていた。

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