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第44話 月詠見の決意
紅優と蒼愛の控えの間の扉を開けた月詠見は、呆れかえった。
部屋の中で、蒼愛が一人で転寝 している。
廊下で偶然会った紅優に、控えの間で一人でいる蒼愛に付いていて欲しいと頼まれて来たわけだが。
「この場所で一人で眠れるって、なかなかに良い神経してるね」
さすがの月詠見も驚きだ。
「紅優が火産霊に連れていかれちまって不安だったろうに。余程に疲れたんだろうよ」
日美子が蒼愛の髪を撫でてやっている。
元が同じ人間のためか、日美子は蒼愛に親身だし、我が子のように可愛がっている。
「紅優も、一緒に連れていけたら良かったんだろうけどねぇ。火産霊んトコじゃ、前の番の話になるだろうしね」
「むしろ、その話をしに行ったんだろうね。蒼愛に話すための打ち合わせだろう」
蒼愛が望まなければ話す必要もないだろうが、紅優は巧く割り切れないのだろう。
適当に緩く生きていそうで実は真面目な紅優らしいと、つくづく思う。
「もうちょっと簡単に考えて生きればいいのにねぇ」
人間の喰い方といい、生き方といい、不器用な紅優の気質は人間に近い。
それが月詠見には酷くもどかしく感じられる。
日美子が可笑しそうに笑った。
「蒼愛は気にしちゃいないだろうにね。聞いたって、紅優が心配するような事態には、なりゃぁしないのに」
日美子の言う通りだと、月詠見も思う。
何を聞こうと蒼愛なら、紅優から離れたりしない。
紅優の心を大事に包んで守ってくれる番だ。
それは、御披露目の席でも十分に感じ取れた。
須勢理に意地悪な話を振られた蒼愛は、紅優の前の番について、少しも気にしている様子ではなかった。
むしろ気にしていたのは須勢理の内心だ。
(あんな風に内面に突っ込んだ物言いをする子だとは思わなかったけど。火産霊や志那津に対しても、臆している様子はなかった)
「ひょっとすると、蒼愛は本当に淤加美の探し物を見付けるかもしれないね」
月詠見の呟きに、日美子が不安な顔を向けた。
「あんまり蒼愛にばかり背負い込ませるのは、私は賛成できないよ。この子はまだ幼い。わかっていないだけさ」
「そうとも言えないさ。理屈じゃなく感覚で理解しているのかもしれない。天然素材って感じだね」
今時の現世には珍しい逸材だと感じる。
理研という環境で人工的に造られた人間が、自然に生まれた人間より人間らしいというのは皮肉な話だ。
ふと、扉の外に気配を感じて、月詠見はそっと歩み寄った。
気配と神力を消したまま、扉を開く。
誰もいなかったが、気配の残滓はあった。
「相当、気になってるみたいだね。欲しいのか、壊したいのか」
「私たちが先に来ていて、良かったね」
心配する日美子とは裏腹に、月詠見は少し愉快な気持ちになっていた。
「一人でも心配はなかったさ。何せ、あの場にいた神々の中で、蒼愛に勝てるのは恐らく淤加美だけだ」
他のどの神も敵わない、紅優すらも。
その事実に、蒼愛本人ですら気が付いていない。
月詠見の言葉を、日美子は否定しなかった。
「蒼愛は、どこにいんだよ。控えの間か? さっさと連れていこうぜ」
遠くから、火産霊の声がする。
廊下に反響して、部屋の中まで丸聞こえだ。
「一度は淤加美様の所に戻るよ。改めて行くから、今日は待って」
必死に止める声は、紅優だ。
すっかり、いつものタメ口に戻っている。
「いいじゃねぇか。淤加美だって火ノ宮が一番って断言してたろ」
「火産霊が断言しちゃったから、淤加美様が諦めただけでしょ。勘弁してよ。一回、帰らせてよ」
必死の言い合いをしながら、扉が開いて火産霊と紅優が入ってきた。
「おかえり~。相変わらず兄弟みたいだねぇ、お前たちは」
「蒼愛なら寝てるよ」
日美子に髪を撫でられながら気持ちよさそうに眠る蒼愛に、紅優が駆け寄る。
紅優を追い越して前に出た火産霊が、蒼愛を抱き上げた。
「小せぇし軽いなぁ。ちゃんと食わせてんのか? 人間は穀物とか食わせないとダメなんだろ」
「食べさせてるよ。栄養とか考えて、いっぱい食べさせてるよ。ていうか、火産霊のところ、人間の食べ物あるの? 無いなら今日は行かないよ。準備できてから行く」
蒼愛を奪おうとした紅優をひらりと避けて、火産霊が扉に向かった。
「じゃぁ、お前だけ後で来い。俺は蒼愛と火ノ宮に帰るからな」
断言して、火産霊が扉を出ていった。
「全然意味が解らないよ。ちょっと待って!」
扉の向こうに紅優が叫んでいる。
相変わらずだなと思う。
「早く追いかけないと、愛しの番が誘拐されちまうよ」
日美子の言葉に振り返った紅優の顔が、蒼褪めている。
「すみません、月詠見様、日美子様。追いかけます」
「紅優」
出ていこうとする紅優を月詠見は呼び止めた。
「かなり意識されているようだから、気を付けなさい」
紅優の表情が強張った。
「ありがとうございます、月詠見様。最後に日ノ宮に伺いますので」
言うが早いか、紅優が駆け出した。
「ウチには無理に来なくてもいいけどねぇ」
笑いながら、零す。
「無事に、最後に日ノ宮に来られるよう、祈るしかないね」
日美子の言葉を聞きながら、月詠見も覚悟を決めた。
「さてと。蒼愛と紅優が挨拶回りをしている間に、俺たちも準備を進めますか」
千年以上放置した国の根幹を揺るがす大問題に切り込む。
想像していた以上の興奮と高揚を感じながら、月詠見はその一歩を踏み出した。
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