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第46話 前の番

 案内された部屋には、既に食事の準備が整っていた。  大きな膳に乗り切らないくらいの贅沢な和食が並んでいた。  感動している蒼愛を、火産霊が満足そうに眺めた。 「蒼愛は和食とか和菓子が好きなんだろ。好きなだけ喰えよ。喰って、もっとでっかくなれ」  頭をわしゃわしゃと撫でられる。  仕草は雑なのに、その手つきはやっぱり優しい。 「いただきます。僕の好み、紅優に聞いたんですか?」  食事を始めながら、聞いてみる。 「いいや、淤加美に聞いた。火ノ宮に逗留させるつもりなら、蒼愛を傷付けないように大事に扱えってな」 「御披露目の直後か……」  紅優が何かを思い出した顔で頷いている。 「淤加美は、よっぽど蒼愛を気に入ったんだなぁ。蒼玉だし当然といやぁ当然だが。番だ神子だと、持っていかれなくて良かったな」  火産霊が悪戯な視線を向ける。 「本当にね。良かったと思ってるよ」  紅優が素直に安堵の息を吐いていた。  火産霊が紅優に杯を差し出した。 「ともあれ、お前ぇらは番になったんだ。さっき、蒼愛にも火の加護を与えたからな。紅優と同様に、俺の兄弟だ」  火産霊が嬉しそうに紅優と献杯する。  浮かれる火産霊の姿を眺める紅優も、なんだかんだ喜んでいるように見えた。  「火産霊様は……」 「火産霊でいいぞ。敬語もいらねぇ。兄弟なんだから、気楽に話せよ」  蒼愛の言葉に火産霊がとんでもない要求を被せてきた。  神様を呼び捨てにするのはハードルが高い。  紅優に様付けと敬語を止めた時だって、気持ち的にはかなりの覚悟が必要だった。 「えっと、火産霊……は、その……」  テンパり過ぎて、話が続かない。  自分が何を話そうとしていたのかも忘れてしまった。 「ごめんなさい、ムリです。今は無理なので、もう少し時間をください」  恐縮する蒼愛を、火産霊が豪快に笑った。 「御披露目の時、須勢理に堂々と啖呵を切っていただろ。俺を呼び捨てにする方が、勇気は要らねぇだろ」 「啖呵を切ったりしてないです。普通に話をしただけです」  あの時も火産霊は蒼愛を「勇気がある」と褒めてくれた。  蒼愛には、そういうつもりは微塵もなかった。 「普通に、ねぇ。あの場にいた全員が、俺と同じように感じていたと思うがなぁ」  むしろ今の火産霊の言葉に、蒼愛が驚いた。   「え……。僕、須勢理様に喧嘩を売ったような感じになっちゃったでしょうか?」  今更、怖くなって、ビクビクと聞いてみる。  火産霊が顎を摩りながら考える仕草をした。 「喧嘩を売ったとまでは言わねぇが。少なくとも須勢理は気に入らなかったんじゃねぇか」  火産霊の言葉を聞いて、蒼愛は愕然とした。 「どうしよう。そういうつもりじゃなかったけど、やっぱりあの場で謝れば良かったかな」 「必要ねぇだろ。ありゃぁ、どう見ても須勢理が悪ぃんだ。蒼愛が謝る筋じゃねぇよ」  蒼愛の消え入るような心の声を聴いて、火産霊が一蹴した。 「蒼愛はどうして、須勢理様にあんな風に言ったの?」  紅優が優しく蒼愛に問い掛けた。 (あんな風っていうのは、寂しそうって言った、あの言葉かな)  御披露目での須勢理を思い出しながら、蒼愛は言葉をまとめた。 「理研にいた子たちに似てるなって、思ったんだ。攻撃される前に攻撃して、自分を守ってる感じ。怯えを隠したくてたくさん喋ったり、相手を馬鹿にしたりしてるところは、千晴所長に似てると思った」 「千晴って、理研の所長の、安倍千晴?」  紅優の問いに、蒼愛は頷く。 「千晴所長は、気に入らないことがあると、よくbugの子を殴ってストレス発散してたから。僕も昔はよく殴られて、そういう時、千晴所長は何故か怯えた目をしてて。僕にキスしようとして紅優に止められた後の須勢理様も、同じ目をしてた。ずっと紅優に怯えているように、見えたんだ。だから、気になって」  ずっと須勢理を目で追っていた。  怯えも寂しさも、きっとあの場でだけ感じていたわけではないんだろう。  ずっと引きずってきた須勢理の胸の内なのではないかと、ぼんやり考えていた。 「土ノ宮に行ったら、須勢理様ともっと話してみたいと思っていたんだ。けど、もうお話できないかな。嫌われちゃったかな」  見上げると、紅優が驚いた顔をしていた。   その顔に首を傾げる。  杯を置いた火産霊が蒼愛を抱き上げて、膝に座らせた。 「おら、蒼愛。飯が止まってるぜ。どれが喰いたい? 喰わせてやるから、言ってみろ」 「自分で食べられます。子供じゃないんだから……」 「いいから、教えろって。俺が蒼愛に喰わせてぇんだよ」  ちょっとむくれる蒼愛に、火産霊が箸を持って見せる。 「じゃぁ、カボチャの天ぷらがいいです」  仕方がないので、リクエストする。  大きなかぼちゃの天ぷらを一口大にして、口に入れてくれた。 「美味いか?」 「はい、美味しいです」  初めて紅優の屋敷に来た時も、天ぷらを食べさせてもらった。  あの時の感動を覚えているから、天ぷらは大好物だ。 「良い笑顔だね、蒼愛」  満足しながら天ぷらを食べる蒼愛を眺めて、紅優が笑った。  膝の上に蒼愛を抱く火産霊を、紅優は責めなかった。 「瑞穂国に来る前は酷ぇ場所で生きてたって聞いたが、本当だったんだなぁ。蒼愛みてぇな術者は、現世でも優遇されんのかと思ったが」  火産霊がもう一口、かぼちゃの天ぷらを蒼愛の口元に運ぶ。  反射的に口を開いて、食べてしまった。 「美味しい……」  食べると顔が笑んでしまうのは、蒼愛の癖らしい。  美味しい食事は総てが御馳走で、とても贅沢に感じる。 「須勢理と話をしてぇなんて変わり者は、蒼愛くれぇなもんだ。けど、蒼愛が言う通り、寂しいのかもなぁ。寂しいし怖ぇから、怯えんのかもな」  火産霊を見上げたら、さといもの煮つけを口に入れられた。  やっぱり美味しくて、蒼愛は無言でもぐもぐした。 「蒼愛のそういうところが、俺は好きだよ。やっぱり蒼愛の魂は、綺麗だね」  噛み締めるように言いながら、紅優が蒼愛の頭を撫でた。 「俺の前の番については、気にならなかった? 須勢理様が話していたでしょ」  頭を撫でながら、紅優が蒼愛を見詰める。 「紅優、蒼愛が聞かねぇのに、手前ぇから話す必要はねぇだろ」  火産霊が止めに入ったが、蒼愛は首を振った。 「あんまり気にしてなかったけど、今は聞きたい。紅優は僕に聞いてほしいって思っているでしょ。これからを一緒に生きるために、必要だと思うんだ。だから、教えて」  蒼愛の髪を撫でる紅優の手を握る。  紅優がぎこちなく頷いた。 「俺の前の番はね、火ノ神、佐久夜(さくや)。火産霊の前に瑞穂国の神様だった、火産霊の弟だよ」  蒼愛は目を見開いた。 「妖怪と神様も番になるんだね。だから火産霊様と紅優は友達というか、兄弟みたいなの?」  もう一度、火産霊を見上げる。  火産霊が珍しく眉を下げた顔で頷いた。   「佐久夜はもういねぇが、俺にとっちゃぁ紅優は永遠に弟だ。何よりな、佐久夜が死んだのは紅優のせいじゃねぇ。まして、食い殺したわけじゃぁねぇ。あれぁ、佐久夜の方に問題があったんだ」  火産霊の説明は納得できたし、蒼愛も理由があったのだろうと考えていた。  理研の子供たちをあれだけ優しく喰って見送ってくれた紅優が、理由もなく番を食い殺すとは考えられなかったから。 「クイナに瑞穂国の火ノ神を頼まれたのは、最初は俺だった。だが現世での役目があってな。代わりにこの幽世に来たのが佐久夜だった。けど、佐久夜は神力が弱くてな。そもそもが人と神の間の子だ。そういう存在は強くなるか弱くなるか、極端に分かれるんだ」  ぼんやりと火産霊を見上げる。  やはり蒼愛にとっては、日本の神話を聞いている気分だ。  何より話している火産霊の表情が気になった。いつもの明るさや豪胆さが抜け落ちて、肩が下がっている。 「佐久夜の神力を強化する目的もあって、俺は番になったんだ。この幽世に来る前から、現世ではそれなりに名の知れた妖狐だったし、妖力も強かったからね。現世に居た頃から佐久夜を知っていて、この幽世にも側仕として来たんだよ」  黒曜も紅優も「現世には長くいた」と以前に話していた。  神に仕える妖狐なんて、強いに決まっている。  強くて美しい紅優が側仕になるのは、不思議じゃなかった。 「それでね、蒼愛はもう、わかると思うけど。番になると体を繋げて食事をする。霊力や妖力を交換するでしょ。あれは、力が対等でないと、相手を飲み込んでしまうんだ」  紅優の顔が俯く。  言葉が途切れた。 「つまり、紅優が佐久夜を飲み込んじまった。神力も魂も、体ごと喰っちまったんだ。佐久夜の神力より、紅優の妖力の方が遥かにデカかったんだよ。食おうと思って食ったわけじゃぁねぇ、偶然の事故だ。相性の良い番ってのは、それくらい見付けるのが難しいんだ」  今の説明通りなら、力が強い存在ほど、番を見付けるのは難しいのだろう。 (だから紅優は、佐久夜様の後、番を作らず、ずっと一人で人間を喰って生きてきたんだ。ずっと一人で)  辛い過去を抱えたまま、人を喰う痛みに耐えながら生きてきたのだろう。 「俺の中には佐久夜の、火ノ神の神力が流れている。だから、均衡を保つ役割を担えるんだよ」 「神様みたいな妖狐って、黒曜様が話していたのは、そういう……」  蒼愛の呟きに、紅優が頷いた。   「喰われるかもって、飲まれるかもって思ったら、蒼愛は怖いでしょ。でも、大丈夫だよ。蒼愛は俺より霊力量が多いし……」 「紅優は、佐久夜様を、愛してた?」  口が勝手に疑問を発した。  紅優が口を引き結んで言葉を飲み込んだ。 「心配いらねぇよ。今の蒼愛ほど愛しちゃぁいねぇ。そら、俺が見ていればわかるぜ」 「そうじゃ、ないんです。僕と比べなくていいんです。ただ、佐久夜様と番だった時の紅優は、佐久夜様を愛していたのかなって」  蒼愛を案じてくれる火産霊の言葉は嬉しい。  だが、聞きたいのはそういう話ではない。 「佐久夜様と番だった時の紅優の名前は、なんだったの?」 「……紅蓮(ぐれん)。紅優が扱う炎の力強さが、佐久夜は好きだったんだ」  紅優の代わりに火産霊が答えてくれた。 (紅蓮、か。僕なら絶対に選ばない名前だ。でも力強くて格好良い。佐久夜様が求めた紅優は、僕が好きな紅優とは違ったんだ)  自分にない力強さを求めた佐久夜のために、紅蓮という名を受け入れて、求められる妖狐であろうとした。  優しくて不器用な紅優にとって、その愛は辛くなかったんだろうか。 「紅優は、名前を贈らなかったの?」 「神と番う場合、神様は名前を変えねぇんだ。だから紅優から名は贈っていねぇよ」  蒼愛の問いには、やっぱり火産霊が答えてくれた。 (火産霊様のいう通り、きっと紅優は今の僕ほど、佐久夜様を愛してはいなかったんだ。愛とはもっと違う感情で番になったんじゃないのかな)  きっと『好き』は、いっぱいあったのだ。  けれど、番になる『好き』とは違ったのだろう。そんな気がした。 (番になりたいって言った時、どうして紅優が渋ったのか、今更わかった気がする)  ゆっくりと蒼愛の気持ちが育つまで待つと、紅優は話してくれた。  蒼愛の中の『好き』や『愛情』が育つように、大事にしてくれた。 (同じ過ちを繰り返さないために。番になって僕を飲み込んでしまわないように)  神力や妖力の強さも確かに関係があるのだろう。  けれど、最も重要なのは想いの強さの差じゃないかと感じた。 (いっぱい愛してくれる佐久夜様に同じだけの愛を返せなかったのも、そんな相手を飲み込んでしまったのも、きっと辛くて。紅優はまだ、その辛さを引き摺って生きているんだ)  蒼愛の腕が無意識に紅優に伸びた。  黙ってしまった紅優の顔を胸に抱いた。 「僕は紅優からいっぱい愛を貰ってる。だから紅優の辛さを僕に分けて。一緒に悩んで、考えて、生きよう」  紅優の手が蒼愛に伸びた。 「……俺が、怖くないの?」 「怖くないよ。僕に『好き』や『愛』をいっぱい教えてくれたのは、紅優だよ。僕に生きる場所をくれたのも、僕に価値をくれたのも、紅優だよ。だから僕も、紅優にいっぱいお返ししたい。いっぱい愛したい」  紅優の手が蒼愛の体を包む。  小刻みに震える手が、蒼愛を引き寄せた。 「失いたくないんだ、蒼愛だけは、絶対に。お願いだから、いなくなったり、しないで」  普段の紅優からは想像もできないような弱い声音が耳元で囁いた。 「僕らは命が繋がっているから、死ぬ瞬間まで一緒だよ」  白い頬に口付ける。  顔を上げた紅優が蒼愛の唇に唇を重ねた。 「僕は、溶けたりしない。霊力も愛もたくさん育てて、紅優の隣でずっと手を繋いでいる。約束したから」 「うん、約束した。蒼愛が手を繋いでくれたら、俺は寂しくないよ」  額を合わせて、微笑み合う。  紅優の消えない辛さは、共に抱える。  一緒に生きるとは、どういうことか、少しだけわかった気がした。

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