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第58話 魅了の解析

 昨日は創世記全体を利荔が蒼愛に語って聞かせてくれた。足りない部分を補足したり、今の瑞穂国と照らし合わせて説明してくれたので、とても分かり易くて、よく覚えられた。  瑞穂国は、蒼愛が思っていたより人間の社会に近い国だった。 『妖怪たちが人型で暮らしているのは、この形が便利だからだよ。現世からの文化を多く継承している瑞穂国ならではのスタイルって感じだね』  そう話していた利荔の言葉が、蒼愛には印象的だった。  違う種族で番になる場合も、共通の人型になれば食事のために体を繋げやすいといった利点もあるらしい。  歴史の勉強をした次の日には、霊能を鍛える訓練が開始になった。  志那津は常に有言実行だ。  広い中庭に面した縁側に腰掛ける蒼愛を、志那津が眺めた。 「始める前に、風の加護を与えないとな」  一言呟いて、蒼愛を眺めながら志那津が黙り込んでしまった。  何か考えている様子だ。  そんな志那津を、利荔が面白そうに眺めていた。 「考えても意味ないよ、志那津様。紅優に許可でも貰ったら?」  利荔に含み笑いをされて、志那津が不機嫌な顔になった。 「わかってる。わかってはいるけど、やっぱり番に失礼だろう」  志那津の一言で、蒼愛も気が付いた。  口移しで加護を分け与えるかどうか、悩んでいるのだろう。 「外側から神力を押し込む法もあるけど、加護として弱い。やはり蒼愛には、それなりに強い加護を与えてやりたいし……」  ぶつぶつと独り言が漏れている。  どうやら志那津は考え事を口に出してしまう癖があるらしい。 「志那津様、お気遣いは嬉しいですが、口移しで与えてやってください。今の蒼愛には強い加護を分けてほしいですし、慣れていますから」  紅優が志那津に声を掛けた。  志那津が、あからさまに驚いた顔をした。 「どうして俺が考えていることが分かったんだ。いや、そうじゃない。問題は、そこじゃない。慣れてるって? まさか他の神は皆、口移しで与えてたのか?」  驚く志那津に、紅優が頷いた。  蒼愛としては、独り言を口に出していると気が付いていない志那津の方が驚きだった。 「やはり皆様、強い加護を蒼愛に分けてくださっていて。俺も最初は複雑でしたが、今は蒼愛と二人、ちゃんと話し合って儀式と割り切っていますので」  紅優が蒼愛を振り返る。  蒼愛も志那津に向かい、頷いた。 「……そうか。確かに必要な儀式であって、食事でも愛を確かめる性交でもないけどな」  自分に言い聞かせるように志那津が頷いた。  番である紅優と蒼愛に、こんなに気を遣ってくれた神様は初めてだ。 「あの、でも、僕の霊力を食べると魅了になっちゃうので、気を付けてください」  志那津が目を見張った。  利荔と顔を合わせている。 「昨日、蒼愛の霊力を喰った時、俺も志那津様も何ともなかったよ」  利荔の言葉に、今度は蒼愛と紅優が顔を合わせた。 「確かに……。蒼愛に魅了されて襲ったりはしていなかったけど。利荔さんはすぐに志那津様に殴られていたから、魅了が解けたんだと思ってた。けど、志那津様は……」  紅優が考えるように話す。 「殴ると魅了は解けるのか?」  志那津に問われて、紅優が頷いた。 「強い刺激を与えると、正気に戻るようです。火産霊も淤加美様も、蒼愛の魅了に中てられて、同じように強い刺激で正気を戻していました」 「淤加美様も?」  志那津が驚いて問い返す。  紅優が深く頷いた。 「月詠見様に殴られて、正気を戻したようですが」  紅優の説明を聞いて、志那津の顔が険しくなった。 「月詠見……、つくづく無礼だな。淤加美様を殴るなんて、正気とは思えない」  むしろ正気でなかったのは淤加美なのだが、志那津の淤加美贔屓も中々らしいと思った。 「喰った量の問題かもねぇ。俺も志那津様も、舐める程度しか喰っていないから。この際だし、確かめておいた方がいいんじゃないの?」  利荔が紅優に目を向けた。 「確かめる? 何を?」  首を傾げる蒼愛に、利荔が含みのある笑みを灯した。 「蒼愛の魅了は神をも口説くんでしょ? つまりこの世の総ての生き物に作用すると考えていい。けど、俺たちは昨日、正気だった。それが量の問題なのか、蒼愛の魅了自体が変化しているのかを確認しておくべきじゃないかなと思ってね」 「変化、ですか?」  利荔の提案に、紅優が難しい顔をした。 「蒼愛は神々の宮を廻りながら、加護をもらっているでしょ? その過程で、蒼愛自身が成長し変化していると思うんだ。魅了の術そのものにも変化があったのかもしれない。その全貌を本人が把握しておくのは大事だよ」  利荔の言う通りではある。  他の術に関しては感覚で使う前からある程度の把握ができるが、魅了に関しては、蒼愛自身にもよくわかっていない。  把握するには実際に試すしかないのだが。 「そこに丁度いい神様がいるから、試してみるといいよ」  利荔が志那津を指さした。  志那津がビクリと肩を怒らせた。 「俺に蒼愛の霊力を喰えっていうの? そんなのは、蒼愛にも紅優にも失礼だろ」  何となく、志那津が動揺しているように見える。 「いえ、お願いできるなら、俺は志那津様に試していただきたいですが」  紅優の言葉を、志那津が信じられない者を見る目で見詰めた。 「本気か? 自分の番が目の前で別の誰かに喰われて、紅優は平気なのか?」 「平気ではないですよ。けど、蒼愛の魅了の質の把握は、しておきたいです。俺に対しては効果がないので、他の誰かで試す他ないのですが。志那津様なら、他の神々より安心して任せられますので」  紅優の目が蒼愛に向いた。 「紅優が、そう言ってくれるなら、僕も志那津様が良いです」  他の神に手を出されるのをあれだけ嫌がっていた紅優が許すというのだから、よっぽどだ。  紅優と蒼愛に気を遣ってくれる志那津だからこそ、紅優は信頼しているのだろう。 「引き受けてあげなよ、志那津様。おかしくなりそうだったら、俺が殴ってあげるから」  利荔がワクワクした顔を志那津に向ける。  蒼愛の魅了を見てみたい、と顔に書いてある。 「お前に殴られるのは癪だが、これも仕方がないか」  利荔にじっとりした視線を送りながら、志那津が決意した顔をした。 「霊力を喰わずとも、加護は与えられるんだけどな。けど……」  志那津がちらりと蒼愛を流し見た。 「これだけ美味そうな匂いをさせていたら、喰いたくなる衝動は否めない。あの淤加美様ですら、抗えなかったのだろう? 俺も飲まれる可能性は、あるよな」  抗うというより淤加美はむしろ自分から喰いにきたと思うのだが。  志那津の中の淤加美は理想的で完璧な神様なんだろうなと思った。 「僕、そんなに美味しそうな匂いがするんですか?」  自分では、わからない。  不安な顔で問う。 「とっても美味しそうだよ。だから昨日、味見させてってお願いしたんだよ。その匂いだけでも、ある意味、魅了みたいなもんだね」  利荔の説明は不安しかない。  泣きそうな気持になる。 「けど、昨日ほど強い匂いは感じない。一度喰うと耐性ができるのかもしれないな。まだ美味そうだとは感じるけどな」 「とりあえず加護は後にして、喰ってみなよ、志那津様。蒼愛の魅了の術の把握を先にしちゃおうよ」 「お前が知りたいだけだろ。とはいえ、大事な作業ではあるか。初期の状態と比較すれば今後の変化の予測も出来るかもしれない」  利荔と志那津の会話を、蒼愛はぼんやり聞いていた。  何となく二人は学者肌なんだなと思った。  志那津が縁側に上がって蒼愛に向かい合わせに座った。  膝がくっ付きそうな距離間に、ドキドキしてくる。 「よし、じゃぁ、喰うぞ」  志那津が意を決した表情で蒼愛の肩に手を掛けた。  何となく、自分に言い聞かせている感じだ。 「は、はい!」  蒼愛も緊張して、背筋が伸びた。  志那津が蒼愛の首元に食らいついた。 「……え?」  強く吸い付かれて、霊力を吸い上げられる。  気持ちが良くて、志那津にしがみ付いた。 (口付けて吸われるのと、違う。気持ちいいけど、体が疼く感じじゃなくて、なんだかフワフワする……)  志那津の着物を強く握る。 「ぁ、はぁ……」  志那津が口を離した。 「どう? 志那津様」 「美味い。蒼愛がしがみ付いてこなかったら、止まれなかった」  しがみ付く蒼愛の体を抱えて支えながら、志那津が呟いた。 「けど、魅了されている感じじゃないね。蒼愛は、どう? いつもの魅了の感じと違った?」  利荔の言葉に、志那津が頷いた。 「ん……、気持ちいいけど、口付けで吸われている時ほどじゃない、です……」  顔が上気して熱いが、どうしようもないほど体が疼いている訳ではない。  腕の中の蒼愛をちらりと眺めて、志那津が目を逸らした。  あたる耳が熱くて、気持ちがいい。 「魅了が発動すると、蒼愛も欲情して、俺が抱かないと収まらない状態になるんですが、今はそこまでじゃなさそうですね」  冷静な紅優の見解に、志那津が慌てた顔をした。 「魅了を使った本人も術にかかるのか? 今だって、こんなに蕩けた可愛い顔を晒しているけど、大丈夫なのか?」  志那津がやけに慌てている。  利荔と紅優が同時に吹き出した。 「大丈夫です、志那津様の着物が冷たくて、気持ちいい。ふふ」  志那津の着物にすりすりと頬を寄せる。  志那津が真っ赤な顔で固まった。 「本人の方が魅了にかかってないか? やけに懐いてくるんだけど」  どうしたらいいか、わからない様子で、腕の中の蒼愛を志那津が持て余している。 「蒼愛は志那津様と友達になりたいようなので、開放的になって欲求が全面に出てしまったのかもしれませんね」  紅優が蒼愛と志那津を微笑ましく眺める。 「友達って……」  困った顔の志那津が、固まったまま腕の中の蒼愛を眺めていた。 「ふぅむ。蒼愛が口付けの時とは違うって話してたけど、いつもは口付けで吸われてるの?」  利荔に問われて、紅優が頷いた。 「そうですね。首筋から吸われたのは利荔さんが初めてです。いつもは口から、しかも、蒼愛の方から霊力を与えたのは志那津様が初めてですね」 「なるほどねぇ。つまり、いつも一方的に搾取されていたわけだ」  利荔が確信的な笑みを浮かべた。 「まぁ、搾取と言えば搾取ですね。加護を与えるついでに吸われて喰われているので」  淤加美も火産霊も加護を与えるついでに喰っていた。  何となく紅優が志那津から目を逸らしているように感じる。 「ねぇ、志那津様。口付けで蒼愛の霊力、喰ってみてよ」 「はぁ⁉ 有り得ないだろ、馬鹿なのか、馬鹿猫!」  利荔の気軽な提案に、志那津が慌てて怒っている。 「いえ、口付けで試さないと恐らく蒼愛の魅了の術は正しく把握できないと思いますので、お願いします」  紅優がいつになく積極的に蒼愛の霊力を勧めている。  志那津が目を見開いて紅優を見上げた。 「恐らくだけど、蒼愛の魅了は保身や自衛のためじゃないのかなと思うんだよね。霊力は首元からも吸い上げられるけど、より多く美味い霊力を喰うなら口付けて吸い上げるのが一番だ。捕食目的なら必ず唇を狙う。食い尽くされて殺されないような自衛の手段。色彩の宝石の力じゃないのかな」  利荔の説明には納得できた。  相手に好かれていれば、どんなに喰われても殺されはしない。 「色彩の宝石の力だとは、淤加美様や月詠見様も結論付けていましたね。神々に愛されて、加護を得るための力だと」  紅優の言葉に、利荔が頷いた。 「きっと蒼愛の魅了の対象は神々だけじゃないね。色彩の宝石自体が、神にも世にも国にも愛される存在だ。自身を守るため皆に愛される。存在意義が術として表出されてるんだろう。相手を魅了して、自分も発情しちゃうのに、抱かれる相手は紅優限定って辺りが蒼愛っぽくて、俺は好き。魅了した相手に抱かれた方が術の効率いいのにねぇ」  利荔が如何にも面白そうに笑っている。  紅優が白い耳を赤く染めていた。 「効率の問題じゃないだろ。そこまで推察が立ったのなら、もう喰わなくていいな」  蒼愛を紅優に戻そうとした志那津の手を、利荔と紅優が同時に止めた。 「一番大事な部分、試してないでしょ」 「蒼愛の魅了を、利荔さんに分析してもらえる良い機会ですので、是非ご協力を」  二人の妖怪に迫られて、志那津が険しい顔をしている。  蒼愛は志那津の袖を引いた。 「志那津様、嫌なコトさせて、ごめんなさい。志那津様が嫌なら、無理にしなくても」 「嫌なわけじゃない! そうじゃなくて、俺は、お前と紅優に……」  志那津が腕に抱える蒼愛をじっと見つめる。  蒼愛の唇を見詰めていた目を、志那津がぎゅっと瞑った。   「ああ、もう! わかった! 本気で喰うからな。後悔するなよ!」  志那津が紅優に向かって啖呵を切った。  紅優が微笑んで頷く。 「殴る準備しておいてあげるから。木刀でもハリセンでも好きなので殴ってあげるよ、志那津様」 「俺に怪我でもさせたいのか。素手でいい」  冷静に言い放って、志那津が蒼愛を抱え直した。  まるで紅優がするように抱えられて、ドキリとする。 「実験、これは実験だからな。蒼愛の魅了を確認するためだ。喰われて辛くなったら利荔か紅優に合図を送れよ。俺は止まれるか、わからないからな」  顔を近づけながら話すので、志那津の吐息が唇に掛かる。 「はぃ、わかりまし……ぁ、ぅん」  柔らかな唇が重なって、遠慮がちに舌が口内に入ってくる。  たどたどしく舌が絡まって、唾液が混ざる水音が頭に響く。 (あ……、この感じ、いつもの……)  志那津が強く霊力を吸い上げた。  体がビクリと反応する。  大きく一度、蒼愛の霊力を吸い込むと、唇が強く吸い付いた。  喉を鳴らして吸い上げた霊力を飲み込んでいく。  志那津が霊力を吸い上げる度、体の奥が疼いて快感が全身を駆け巡る。 「んっ……、ぁ……、ぁんぅ……」  唇が離れる隙間に声が漏れる。  首元から吸い上げていた時とは比べ物にならないくらい、志那津が蒼愛の霊力を貪っている。 「はぁ……、美味い。蒼愛、可愛い……」  熱い舌が蒼愛の頬を舐め上げた。 「もっと俺に、お前を喰わせて。蒼愛が、欲しい……」  また唇が重なって、喰われる。  気持ちが良くて腰が疼いて、足が震える。志那津に縋るように抱き付いた。 「俺と仲良くなりたいんでしょ。気持ちいいことして、仲良くなろ。俺の蒼愛にしてあげるから」  志那津の腕が蒼愛を抱き寄せる。  まるで志那津とは思えないくらいに甘い声で甘えた話し方で、蒼愛の耳を食む。  熱くなった股間を押し付けられて、快感が増す。 「好きだよ、蒼愛。初めて見た時から、可愛くて、欲しくて、仕方がなかった……」  腕が蒼愛を強く抱きしめて、体が密着する。  熱を帯びた体が快感を煽る。 「志那津、さま……、いっぱい、気持ちく、なっちゃぅ……」  涙目で離れようとする蒼愛を眺めて、志那津が愛おしそうに笑んだ。 「お前はすぐに泣くね。泣き顔も、可愛いよ。笑った顔も、困った顔も、全部可愛い……」  志那津の舌が蒼愛の目尻に溜まった涙を舐め上げた。 「利荔さん、そろそろ志那津様を殴っていただけませんか? 想像以上にデレがすぎます」  紅優が冷静に抗議する。  利荔が首を傾げた。 「んー、これ、魅了なのかな。志那津様の只の本音だと思うけど」 「完全に魅了にかかってますよ。さっきと全然違います。しかも、あれが本音だとしたら俺も穏やかではいられません」 「えー? 大丈夫だよ。志那津様は自制心の塊みたいな神様だから。たとえ本気で蒼愛が好きでも、ちゃんと紅優に気を遣うよ」  利荔が当然とばかりに笑う。 「いいから、早く殴って!」  思わずと言った具合に紅優が志那津を指さした。  紅優と利荔が言い合いをしている間にも、志那津はちゅくちゅくと蒼愛の唇を貪りながら霊力を喰っている。 「しなつ、様……、も、ダメ、止まっ……て、きもちぃ、やぁ、……ぁぁんっ」  志那津の手が蒼愛の股間に伸びた。 「蒼愛、可愛い顔、もっと見せて。気持ち良くて、辛い? もっと困らせてみたいな。お前はどんな顔をするの?」   蒼愛の首を舐め上げながら、硬くなった股間を扱く。  ビクビクと腰が震える度に、志那津の顔が蕩ける。 「はぁ……、我慢できないよ。お前の精を喰わせて、蒼愛」  志那津の手が蒼愛の着物を捲り上げた。 「あ、流石にこれはマズいね」  呟いて、利荔が志那津の襟首を掴むと後ろに引いた。  頬に手を添えて上向かせると、強く口付ける。  妖力を流し込まれた志那津の体が、ビクンと大きく震えた。 「殴る以外の刺激を試してみたんだけど。妖力で脳みそ直に揺さぶられた気分は、どう?」 「……最悪だ」  志那津がいつもの険しい顔で利荔を睨みつけた。 「蒼愛、大丈夫?」  蒼愛の体を抱える紅優にしがみ付く。 「こうゆぅ……、お願い、僕を、食べて……」  着物を握り締めて、縋り付く。  腰の疼きがいつもより強くて、勝手にビクビクと震えてしまう。 「も、がまん、できな……。こうゆぅが、ほしい、よぉ……」  流れる涙を、紅優が舐め挙げる。  さっきの志那津と同じ仕草だ。 「キス、して……、ちゃんと、繋がって、くれないと、やだぁ……」 「大丈夫、いっぱい、愛してあげるよ」  口付けると、紅優が震える蒼愛の体を抱えて立ち上がった。 「ちょっと部屋に戻ります。落ち着いたら、出てきますので」  ぺこりと頭を下げて、紅優が早足に寝所に戻った。

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