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第60話 風の加護

 紅優に優しく愛してもらって、ウトウトしていたら、発情もすっかり収まった。  腕枕している紅優の胸に頬をくっ付けて抱き付いた。 「紅優、いつも、ごめんね」  抱いてくれる腕に縋り付く。 「今日は俺も賛成したでしょ。謝らなくっていいよ。蒼愛にとって、必要だと思ったんだ」 「うん……」  浮かない声が漏れてしまった。  蒼愛にとって志那津の反応は、少しだけショックだった。 (あんなに自我が強い志那津様でも、僕の魅了には勝てないんだ。全然、違う神様みたいだった)  淤加美や火産霊は魅了にかかっても、そこまで変化は感じなかった。  そもそもが蒼愛を好いてくれている神様だから、なのだろうが。  紅優の指が、蒼愛の頬を摘まんだ。 「どうしたの? 悲しくなるようなことが、あった?」  頬を摘ままれたまま、蒼愛は俯いた。 「……うん、あのね。僕、志那津様と仲良くなりたい」 「うん」 「でも、魅了で好きになってほしいんじゃない。志那津様、まるで別人……、別の神様みたいだった。僕の術で変わっちゃうのは、すごく嫌だ。そんな風に好きになってくれても、それは志那津様の本当の気持ちじゃないから」  蒼愛の頬から紅優の指が離れた。 「蒼愛の気持ちは、わかったよ。けど、魅了に掛かっていた時の志那津様は、蒼愛の術に操られていたというより、普段は言えない本音が出ちゃっただけっていうか。俺はむしろ警戒できるから知れて良かったというか」 「え?」  紅優を見上げる。   何故か、蒼愛と目を合わせてくれない。 「蒼愛が心配するようなことはないよ。志那津様とは、普通に仲良くなれるはずだから」 「そうかな。実験する前も、とっても嫌そうだったし、嫌がること無理にやらせちゃったから、嫌われちゃったかもしれない」  顔がどんどん下がっていく。  抱き寄せられて、髪を撫でられた。 「落ち着いたのなら、中庭に戻ろうか。志那津様に直接会ってお話した方が、蒼愛も安心できるんじゃない?」 「うん……」  煮え切らない返事をする蒼愛を、紅優が困った笑みで眺めた。 「紅優、蒼愛。大丈夫か? 落ち着いたか?」  部屋の外から志那津の声が聞こえた。  それだけで、過剰にびっくりしてしまった。 「落ち着いたので、そろそろ中庭に戻りますね」  紅優が返事する。 「月詠見と日美子が来てくれている。日と暗の加護を改めて与え直したいのだそうだ」  二柱の神の名前を聞いて、蒼愛の気持ちが少し明るくなった。  早い段階であっているせいか、月詠見と日美子にはとても親近感がある。 「わかりました。すぐに出ます」 「いや、待って!」  志那津の慌てた声が聞こえて、紅優が動きを止めた。 「その前に、風の加護を与えたいんだ。中庭じゃなくて、その……部屋に、入っていいか?」  紅優と蒼愛は顔を見合わせた。 「べ、別にやましい気持ちがある訳じゃなくて。ただ、その、加護を与える時に誤って蒼愛の霊力を喰ってしまったら、またあの状態になりかねない、から。そんな姿を他の神の前で晒すわけには……」  紅優が納得した顔で息を吐いた。 「なるほど、わかりました。着物だけ整えますので、少しお待ちください」 「……すまない」  志那津の消え入りそうな声を聴きながら、蒼愛と紅優は急いで着物を整えた。 「本当に、すまなかった。まさか、あんな風になってしまうとは思っていなくて」  部屋に入るなり、顔を真っ赤にして志那津が蒼愛と紅優に頭を下げた。 「俺は気にしていませんよ。でも、あれが志那津様の本音だとしたら、もっと警戒しないといけないでしょうか」  紅優が悪戯な笑みを向ける。  既に赤い志那津の顔が、もっと赤くなって見えた。 「あれは、僕の魅了のせいだから。志那津様はやりたくなかったのに、無理にお願いしたせいで、志那津様に嫌な思いをさせちゃいました。謝るのは僕の方です、ごめんなさい」  蒼愛は志那津に深々と頭を下げた。 「僕、僕は……」  自分の着物をぎゅっと掴む。  意を決して声を出した。 「魅了なんか使わないで、志那津様と仲良くなりたいです!」  思い切って言い切って、そろりと目を開ける。  蒼愛を見詰める志那津は、やっぱり顔が赤かった。 「僕、現世では友達を作るのが、怖くて、できなくて。でも本当は、仲良しの友達が欲しかったんだって、幽世に、紅優の所に来てから気が付いたんです。だからもう、同じ後悔はしたくなくて」 「怖かったのは、どうして?」  顔を上げると、志那津が真っ直ぐ蒼愛を見ていた。  さっきより表情が落ち着いて見える。 「僕がいた理研は、人工的に人間を作る場所で、僕たち被験体は、失敗作だと幽世に売られたり、呪術の実験に使われたりするんです。僕はbugだったから、周りにも同じような子しかいなくて、いついなくなるか、わからないから。仲良くなって、いなくなっちゃったら、悲しいから」  段々と顔が俯く。  理研において、いなくなるのは死ぬのと同じだ。  そういう別れは何度も繰り返した。 「友達、か」  志那津が前に出て、蒼愛の手を引いた。 「蒼愛は失敗作じゃない。色彩の宝石という、唯一無二の宝だ。俺は神様だから、そう簡単に死んだりしない。友達になっても、悲しくないし怖くないな」  志那津の言葉に、蒼愛は息を飲んだ。  そのまま、唇が重なった。  強い神力が流れ込んできた。体の中で旋風が捲いているような胸の高鳴りを感じた。 (霊元に、風が、沁み込む。なんて強くて、優しい力だろう……)    温かさが沁み込んで、胸の奥が心地よい。  絡まっていた舌が解けて、ちゅっと音を立てて唇が離れた。  志那津の腕が蒼愛を強く抱きしめた。 「お前を死なせない、傷付けさせもしない。俺は色彩の宝石を守る風ノ神で、蒼愛の……友達、だからな」 「志那津様……」  抱く腕を解くと、志那津は立ち上がり、そそくさと部屋の出口に向かった。 「準備をして、中庭に来い。日と暗の加護を受けたら、訓練を始めるからな」  言い捨てて、志那津が部屋から出ていった。  その姿を、蒼愛は呆然と眺めていた。 (友達って、いった。志那津様が、僕と友達って、言ってくれた)  感動のあまり、言葉が出ない。 「紅優……」  紅優の名前を呼ぶのが、やっとだった。 「もしかしたら一番のライバルを作っちゃったかもしれないなぁ。本当に格好良くて、困ったね」  紅優が笑っている。  その笑顔は嬉しそうにも困った顔にも見えた。

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