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第69話 真実を暴く目と裁きの力

 眉間に皺をよせて片手で頭を抱える仕草をしながら、淤加美が大きく息を吐いた。   「自分を贄にするようなやり方は、とてもじゃないが賛成できないよ。志那津が言う通り、今の蒼愛は気軽に自分を犠牲にしていい立場ではないのだからね」  須勢理が泣き止んだタイミングで、話し合いが再開された。  本当なら別室で休ませてやりたい所だが、須勢理を外して話し合いはできない。  心配に想いながら、蒼愛は淤加美に向き合った。 「けどきっと、僕と紅優が会いに行かないといけないと思うんです。それに、伽耶乃様を野椎から元の姿に戻さないといけないし」  野椎が芋虫のように這って近くまでやってきた。  抱き上げると、やっぱりモフモフのクッションみたいで触り心地が良い。  蒼愛が抱き上げた野椎の背を紅優がすぃと撫でた。 「只の妖術でもなさそうですね。何か厄介な呪術が絡んでいそうな気がします」  淤加美と月詠見が顔を近づけて匂いを嗅いでいる。  匂いでわかるのかと、ちょっと不思議に思った。 「もしかして、血の縛りかなぁ」  月詠見の顔が険しい。  淤加美も同じような顔をしている。  隣の紅優も難しい顔をしていた。 「じゃぁ、やっぱり皆殺しで決まりだな」  火産霊が当然とばかりに言い放った。  隣の志那津が納得の顔で頷いている。 「えぇ⁉ どうしてですか?」  思わず驚いてしまった。 「血の縛りは呪詛の一種だ。呪詛は強い呪術を発揮する代わりに、破れば呪詛が返ってかけた相手が死ぬ。逆に、かけた相手を殺せば呪詛が解ける。中でも血の縛りは、縛った相手が死なない限り解けない」  志那津の説明に、絶句した。 「伽耶乃様に、血の縛りの呪詛をかけたのは……」 「大蛇の八俣。大蛇の一族の長だよ」  蒼愛の問いには須勢理が答えた。 「八俣は大気津様より伽耶乃を警戒してた。きっと今でもそうなんだ。大気津様は早くに現世に戻る可能性があったけど、伽耶乃はきっと、この幽世の土ノ神に向いているから」  須勢理の話は利荔と志那津に聞いた話と同じだと思った。  だがきっと、それだけではないのだろうと思った。 「強くて優しい神力を感じます。伽耶乃様はこの幽世が好きなんですね。須勢理様と一緒に、瑞穂国を見てきたから、きっとよく知っているんですね」  野椎の背中を撫でて、腕に抱く。  温かくて柔らかい感触は、きっと伽耶乃の神力そのものなんだろうと思った。  須勢理が俯いて、小さく鼻を啜った。 「……大蛇の一族はこの幽世が欲しいんだ。だから土ノ神になりたい。瑞穂ノ神の存在を知ったら、殺すか抱き込みにかかる」  須勢理の言葉で、蒼愛は時の回廊を思い出した。 (あの時、聞こえた声は八俣だったのかな。神様に騙されるな。敵になるなって、僕に言った)  あの段階では、色彩の宝石を抱き込もうと考えていたのだろうが。   (僕は、味方してあげられない。大蛇の一族はこの国を、この幽世を壊すかもしれない。それを幽世は望んでないから。僕にとって紅優と生きるこの国は、何よりも大事だ)  蒼愛は紅優を見上げた。  憂いた紅と蒼の目が、蒼愛と同じ気持ちを告げていた。 「まぁねぇ、正直、大蛇の一族を断罪する理由はなくもねぇですよ。今回の祭祀に関わらずね」  ずっと黙っていた黒曜が、重い口を開いた。 「恐らくだが、大蛇は自分の領内で餌用の人間を飼育してるんでさ。瑞穂国において人間の繁殖は禁止って決まり事に抵触してはいるんですよ」 「餌用に、飼育……」  口に出して、ぞっとした。  思わず自分の口を、蒼愛は覆った。  まるで牛や豚のように、喰うために人間を飼っているのだ。 (妖怪は人間を喰うんだから、人間がやっているのと同じなんだろうけど)  気分が悪くなって、蒼愛は俯いた。  紅優が蒼愛の肩を抱いてくれた。  野椎が蒼愛の膝に乗って、くりくりと頭を押し付ける。その背中を撫でたら、胸に冷たい水が流れたように、少しだけ楽になった。 「それについては、私も何度か夜刀に偵察させているんだけどね」  淤加美の言葉に夜刀が頷いた。 「濃い瘴気の結界が邪魔して、領地の奥まで入れない。人間の姿は何人か確認した。飼育している状況は、掴めていない」  人間を発見しただけでは、餌だ奴隷だと言い切られてしまえば、それまでだ。 (蛇々が盗みに来た時も、ウチの奴隷を分けてやるとか話していたっけ)  あれは飼育した人間だったのかもしれない。 「宝石の人間を探して喰ってんのも間違いねぇが、決め手になる証拠が掴めていねぇんでさ」 「なんで、宝石の人間を……あ。色彩の宝石を作らせないため?」  蒼愛の言葉に、黒曜が頷いた。  大蛇の一族からすれば、色彩の宝石がない不安定な状況で、大気津の神力を使って人間をおびき寄せられる方が狩りがしやすい。 「蛇々が紅優んとこに盗みに入ってた理由の一つが、宝石探しなんだろうぜ。蒼愛も本当なら連れ帰るか喰うかしたかったんだろうがな」 「あの時でさえ、蛇々は蒼愛に勝てなかったね」  紅優に髪を撫でられて、頷く。  側仕の面々が息を飲んだ気配がした。 「そもそも手を焼いている一族であるのは、間違いないよね。その上、土ノ神になりたくて神殺しまで企てるようじゃ、温厚な神様も黙っていられないなぁ」  月詠見の言い方は相変わらず軽いが、温厚な神様の声音ではなかった。 「何一つ、確たる証拠がないのが一番の問題だ。総て、言い逃れできるだけの材料が揃っている」  志那津の言葉には頷くしかない。  人間の飼育も、宝石の人間を喰っている事実も。  今日の祭祀ですら、自分たちは大気津の神力の陰に隠れ、実行は須勢理に被せて逃げおおせている。 (足元に感じた気配は、大気津様の神力に隠れた大蛇の妖気だったんだ。あ、でも……) 「紅優の左目が僕の中に入ってきた時、痛かったのは大蛇の瘴気のせいだって気が付いたけど、それもダメでしょうか?」  気が付いたのは、野椎のお陰で痛みが引いてからだが。  皆が皆、難しい顔をした。 「感じただけじゃぁ、難しいだろうなぁ。知らぬ存ぜぬがまかり通っちまう」  火産霊が困った顔で息を吐いた。 「蒼愛は、大蛇の瘴気を感じたの? 俺は全然、気が付かなかったのに?」  紅優が驚いた顔をしている。 「あの時の紅優はまだ、僕とちゃんと混ざっていなかったから。紅優にこびり付いていたのも大蛇の瘴気だって、わかったよ。それを朴木の根が吸い上げているのも、ちゃんと見えたよ」  瘴気のせいで紅優が気を失っているのだとも、わかった。  何故か、紅優が驚いた顔をしている。 「だから蒼愛は、木の根の中から紅優を出さないでと、私たちに訴えたんだね」  淤加美の問いかけに、蒼愛は頷いた。 「木の根で紅優を守っているのが須勢理様の神力だって、わかったから。木の根から出したら、紅優が瘴気に犯されて死んじゃうって思いました」  実際、それくらい濃くて強い殺意が籠った瘴気だった。  紅優の顔を見て、淤加美がクスリと笑んだ。 「紅優様、今更、驚くような話でもないですよ」  ちょっと揶揄う言い回しに、紅優の表情が緩んだ。 「そうかもしれませんけど。これも色彩の宝石の質、なのでしょうか?」  紅優の目が遠くの利荔に向いた。  神々の話を片耳に聞きながら陽菜や世流と談笑していた利荔が、紅優に向き合った。 「そうなんじゃない? 恐らく、暴く目ってやつだね。だとしたら、裁きの力も、開花するかもね」  利荔があっさり肯定した。  紅優が納得しながら驚いている。  蒼愛は首を傾げた。 「紅優さぁ、驚き過ぎだよ。今更、蒼愛様にどんな力が開花しようと不思議じゃないって。色彩の宝石の力は全貌が未確認なんだからさ」  陽菜がカラカラ笑いながらエビの天ぷらを食べている。  ちょっと羨ましいなと思った。 「俺たちが知らない力も多くあるんだろう。蒼愛様がどんどん強くなって不安になる気持ちは、わかるけどな」  世流が紅優を労って難しい顔をしていた。  それはそれで蒼愛としては逆に不安だ。 「強くなって不安というか、あまりにタイミングが良すぎて、幽世に文句を言いたくなる……」  紅優が軽く頭を抱えている。  蒼愛は紅優の袖を引いた。 「暴く目? 裁きの力?」 「色彩の宝石が持つ力と言われている。真実を見破る目と、罪を犯した相手に正しい裁きを与える力だ」  志那津が説明をくれた。  それに利荔が続く。 「石の方の宝石に纏わる逸話でね。色彩の宝石が真実を暴き裁きを与える、ってね。実際、どんな力かは、わからないし、どこまで本当かもわからないんだけど。もう死んじゃってる学者の妖怪が、歴史書にちらっと書いてる程度だけど、記述は残ってるよ」  蒼愛は感心しながら利荔の話を聞いていた。  相変わらず、自分事とは思えない。 「私の神力がきっかけとはいえ、魅了も突然に開花している。色彩の宝石として完成した蒼愛に新しい力が開花するのは必然だよ」  淤加美が珍しく紅優の肩を叩いて労っているように見える。 「とんでもない力が浮上したね。これで大蛇の一族に裁きを与えられるじゃないか」 「やっぱりそういう話になりますね。蒼愛を対峙させるのは危険だって、さっきまで皆、言ってたのに!」  月詠見の歓喜の声に、紅優が間髪入れずに叫んだ。  泣きそうな顔を両手で覆う。 「確かに、良いかもなぁ。大蛇に蒼愛の真実の目で確認してもらうんだ。神々からの提案を断れば疑いは深まるし、受ければ悪事が露見する。追い詰めるにぁ、良い力だぜ」  火産霊も乗り気な様子で前のめりだ。   「裁きの力なら、その場で断罪も可能だ。罪のない者に裁きは下らないらしいから、断る理由が難しいだろうな」  志那津も前向きな意見だ。 「黒曜を通じて淤加美の名前で呼び出せばいいさ。今回の祭祀の件も、今まで追及できなかった処罰についても列すればいい。蒼愛の力なら、正しく罰せられるだろ? 一方的な暴力には、ならない」  月詠見が得意げに語る。 「素直に呼び出しに応じるとも思えないが、応じなければ、それすらも罪に問えるな」  志那津の話に火産霊が頷いた。 「呼び出してこなけりゃ、こっちから行ったって構わねぇさ。本当なら、大蛇の一族の領土を焦土にしてやりてぇ。それくれぇ、俺は大蛇に腹が立っているぜ」  火産霊から怒りの気がほんのり立ち昇っている。 (神様たちは、大蛇の一族に、それぞれに怒りを感じているんだ。それくらい、大蛇の一族はこの国で好き勝手してきたんだな。きっと、大気津様のことを、皆、一番に怒っているんだ)  大気津を追い込み、好きに扱ってきた大蛇も。  総てを須勢理のせいにした大蛇の言い分を鵜吞みにして何もしてこなかった自分たちにも、きっと怒りを感じている。  日美子がずっと、須勢理の隣にいてくれるのが、蒼愛には安心できた。  きっと思うところはあるだろうが、敢えて話を聞く側に徹しているのは、須勢理の居場所がなくならないように気遣ってくれているのだろうと思った。  膝の上の野椎が、頭で蒼愛を突いた。  野椎を抱き上げると、頬擦りされた。  気持ちがいいので、もきゅもきゅしながら顔を埋める。 「うふふ、モフモフだぁ」  野椎を抱きながら顔をグリグリしていたら、皆の視線を感じた。 「あ……、ごめんなさい。気持ち良かったから、つい」  真面目な話をしている最中なのに野椎のモフモフに癒されてしまった。  淤加美が、我慢できないといった具合に吹き出した。 「構わないよ。私たちは蒼愛の笑顔に癒されるからね」 「蒼愛はそれくらいでいいんだよ。深刻に受け止めると気後れするだろ」  月詠見に振られて、考えた。 「皆様の期待に応えるだけの力が、今の僕にあるのか、よくわからないけど。何となく、野椎の、伽耶乃様の中にある色彩の宝石が、僕の力を引き出してくれている気がするんです」  祭祀の時も、野椎が顔に落ちてきて、目の奥の痛みが消えた。  野椎が頭をくりくりと蒼愛の顔に押し付けた。  いまいち、どこが頭だかわからないが、顔っぽい所にキスをする。 「蒼愛、やめなさい。野椎だけど、それは伽耶乃様だから。伽耶乃様にキスしているのと同じだからね」  紅優に腕を掴まれて、そういえばと思った。 「そっか、可愛いから、うっかりしちゃった。伽耶乃様、ごめんなさい」  小さくぺこりとしたら、野椎の方から蒼愛の唇に頭をくっ付けた。 「今のは、わざとかな。わざとだったら、元に戻ってからちゃんと抗議しますからね」  紅優が野椎に凄んでいる。  蒼愛は野椎を腕に抱いた。 「大丈夫だよ、今は野椎だよ。どこが口かわからないし、きっとキスじゃないよ」  蒼愛に頬擦りする野椎を何となく淤加美が眺めている。 「私も竜の姿になったら、蒼愛が気軽にキスしてくれるのかな」 「竜は、ちょっと……。気軽にはできそうにないです」  野椎と竜だと、サイズから違うなと思った。 「とにかく、蒼愛の力がちゃんと開花している確認ができなければ、実行できない作戦です。現時点でできる方法を考えましょう」  紅優が強引に話を切り替えた。 「勿論考えるけどさぁ、蒼愛の能力開花は並行してやりたいねぇ。色彩の宝石の力は幽世の意志だろ? 今、開花したってことは、必要だと幽世が判断した証だ」  月詠見の言葉が正論すぎて、紅優が言葉に瀕している。 「大蛇の一族も大事な問題だけど、僕はやっぱり、大気津様に会いに行きたいです。幽世に溶けてしまう前に、どうしても、会いたいんです」  蒼愛は腕の中の野椎を見詰めた。  それが必要なのかどうかは、わからない。  ただ、会って、できれば話をしてみたかった。  大気津が本当に人間を嫌いになってしまったのか、知りたかった。 「俺も優先すべきは大気津様だと考えます。ですので、蒼愛と共に、大気津様に会いに行きたいと思います」  紅優が断言した。  神々が紅優に傅いた。 「紅優様がそう判断されるのであれば、我等は従うまでです。総ては瑞穂ノ神の御心のままに」  淤加美がニコリと笑んだ。  紅優が口端を引き攣らせた。 「我々六柱の神の上に立つ神であると御自覚ください。二人が出掛けている間に、準備は整えておきますよ、紅優様」  月詠見にダメ押しのように様付けされて、紅優が固まっている。  その姿を黒曜と日美子が気の毒そうに眺めているのが、蒼愛から見てもわかった。 「瑞穂ノ神は異端というか、六柱の神々とは別枠なだけで、上位に立つわけではないと思いますが」  弱々しい紅優の意見には、誰一人頷かなかった。 「我々六柱の神は、瑞穂ノ神と色彩の宝石を守るために存在する。幽世の声が聞こえるなら、いい加減理解しろ」  志那津が、ぴしゃりと意見した。  言葉遣いがいつも通りだったせいか、紅優が安堵の表情になった。  それを眺めて、火産霊が笑った。 「諦めるんだなぁ。ま、どんな立場でも守ってやるよ。大事な弟には違いねぇからな」  火産霊の言葉で、ようやくいつもの紅優の顔になった。 「うん、頼りにしてるよ」  そういって笑んだ紅優の顔は、やっぱり神様みたいだと思った。

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