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第一章 ボーイ・ミーツ・パパ④
太めの丸麺に大量のケチャップが絡められたナポリタンは、佳嘉からすれば胸焼けがしそうなほど大盛りにも見えたが、なんなくぺろりと平らげた真生の胃袋は佳嘉の想像を超えていた。もしかしたらこれでも足りないかもしれないと思わせるほどで、改めて真生という存在の若さに圧倒され、同時に何にも汚れていない純粋さに強く興味があった。
佳嘉が真生に声をかけるきっかけとなったのも、真生が定期的に会える相手を求めているとSNSに投稿をしていたからで、そのような記載がなければ佳嘉から真生へ誘いをかけることはなかった。
だから、佳嘉は出会う前から真生がただ純粋なだけではないということも知っていた。
食べ終えた皿の上にフォークを置き、完食した料理に対して感謝の意を向けるように両の掌を合わせた真生は、佳嘉へ聞こえるようにはっきりと告げる。
「ちなみに、大人も可能です」
――〝大人〟。
それは今のように金銭で食事など相手の時間を買うだけに留まらず、言葉通り大人の関係による行為、性交渉が可能であるという意味だった。単なる食事やデートなどよりも金額が大きく跳ね上がるのが普通であった。
まだ幼さの残る無邪気な真生から「大人」という言葉が発せられることはただミスマッチであったが、真生ははじめからSNSにその旨を記載していた。それでも実際に大人の関係になれるかどうかは直接会ってみなければ分からないもので、真生から告げられたということは、真生自身には佳嘉に対してそのつもりがあるということだった。
食べ終えた皿を通路側へ少しずらした真生は、テーブルの上を這うようにして片手を伸ばし、佳嘉の左手に己の両手を重ねて大人の意志があることを告げる。
「ぼく、まだ佳嘉さんとお話ししてたいな……」
最初に渡した二万円にはそういった意味が含まれていないということは真生も理解しているはずで、その上での発言は真生が大人をする存在に足ると佳嘉が判断されたからだった。
真生は猫のようにくりっとした瞳で佳嘉を見上げる。少しふわふわで、触れたらきっと気持ちがいいであろう明るく細い髪質。笑えば少し覗く八重歯はまだ成熟しきっていない真生はの少年性を象徴していた。
金を支払う側である佳嘉が時間の延長を申し出るのはまり望まれたことではないが、他でもない真生自身からの申し出ならばそれに限らない。しかし真生の言葉の裏に先ほど真生が告げた大人の関係が存在しているのは明らかだった。
ここまで言われて何もしなければ男が廃るや、据え膳食わねば男の恥などの格言が一瞬にして頭の中を駆け巡り、佳嘉は左手をテーブルの上についたまま椅子から腰を浮かせる。少し古びた木製の椅子がギィと鳴いた。
佳嘉の右手が真生へと伸びる。果実のように薄桃色をした真生の唇へ指先を伸ばし――指先が触れたのはその口の端に拭き残した赤いケチャップだった。
「付いてる」
言葉と共に佳嘉の指先は真生の口元からケチャップを拭い、確認するように目を細めて真生の口周りを見る。
真生は呆然としたような表情でただ佳嘉を見上げて。日焼けした肌が再び目で見て分かるほどに赤く染まっていき、耳の先はうっ血しているかのようだった。
佳嘉はガラス越しの屋外に視線を向け、周囲が既に暗く日を落としていることを確認すると、腕時計へ視線を落として現在の時刻を確認する。
これが本当に大人同士の関係で、金銭の授受が生じない関係だったならば、場を改めて酒を酌み交わすようなこともできたが、真生が相手ともなるとそうはいかない。
そのまま椅子から立ち上がった佳嘉はテーブルに置かれた伝票を手に持ち、未だに立ち上がることが出来ずに取り残された真生へ視線を落とす。
「もう遅いし駅まで送るよ」
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