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失恋した日

 日没が早くなった冬の日、僕は落ち込みながら雪道を歩いている。  覚悟はしていた。ずっとずっと見つめていた大好きな人だ。()の視線の先に誰がいるのかなんて嫌でも気付かされる。   それがとうとう今日、告白して実ったのだ。クラス全員お祝いムードの中、僕の心だけが冷たく凍りついただけの事。   上手に笑えていただろうか?不審がられた様子は無かったと思う。 「おめでとうって、声が震えてなかったかな?」  そう呟いた声こそが震えていて、雪也(ゆきや)はくしゃりと顔を歪ませた。  さく、さく、と歩くごとに聞こえる自分の足音だけが、日の落ちた青白い帰り道に響く。  人気のない公園に近づくと、人影が見えた。 「よう、雪也」 「あれ?深月(みつき)、どうしたの?」  僕より先に帰ったはずの深月が、公園の前で僕に手招きする。疑問に思いつつ近寄ると、園内に設置されている自販機の前まで連れて行かれた。 「雪也はココアでいいよな?」 「う、うん。」  僕が学校で好んで飲んでいるのを知っている深月が、温かいココアを手渡してきた。  凍えた指先で、熱いくらいの缶を両手で包み込む。 「はい、奢りだから。ありがたく飲めよ。」 「なんだそれ。でも、ありがとう。」  雪也が小さく笑ってお礼を言うと、深月は頷いてから、カシュッとプルタブを開けると温かいコーヒーを飲み始めた。続けて僕もココアに口をつける。甘みがフワッと口に広がった。  しばらく会話もないまま、お互いの飲み物から白く立ちのぼる湯気と白い息をボンヤリと見ていた。  深月は、なんで此処にいたんだろう?なんで僕にココアを奢ってくれたの?   本当は早く自宅に帰って泣いてしまいたかった。僕と深月と彼は同じクラスで、普段から一緒に行動している。もし、僕の気持ちが深月にバレてしまったら、もう三人ではいられなくなる。  そう思った僕は、普段通りに振る舞わなければと、あえて自分の傷を抉る話題に触れた。 「あいつ、凄く喜んでたな。今日から一緒に帰るんだって。クラスのみんなに冷やかされながら、彼女と帰って行ったよ。ホントに良かっ───」 「無理しなくていい」 「え?」  僕が頑張って祝おうとした心にもない言葉を、深月は遮った。知らず強く握りしめていた空き缶から、深月の顔に視線を移すと、眉間に皺を寄せた苦しそうな表情で、僕を見ていた。   「雪也、無理しなくていいんだ。」 「深月……。」 「俺は、雪也が花田をずっと見ていたの知ってるから。俺の前では無理しなくていい。」  深月の口から彼の名前が出て、僕は思わず息を詰めた。   「あ……。なんで……?」 「俺も見つめてきたから。雪也の事を。視線の先に誰がいたのか気付いてた。」 「え?」  深月の真剣な目に、僕は信じられない気持ちでいっぱいだった。気付かれていた?まさか、そんなはず……。だって、それじゃあ。 「う、うそ?」 「嘘で、こんなことは言わない。俺は雪也が好きだ。」  僕を見つめる深月が、また苦しげな表情を浮かべる。 「今日、失恋したばかりの雪也に言っても、混乱させるだけだって理解してる。それでも、この後に独りで泣くとわかっていて放っておくなんて出来なかった。」  そう言った深月が腕を広げて一言、僕に言った。 「おいで。」  引き寄せられるように、僕は深月の腕の中へと収まった。柔らかな石鹸の匂い。張り詰めていた心が緩んでいく。 「うっく。」  僕の背中を優しく撫でる深月に、ずるい事だとわかっていながら甘えてしまった。零れる涙が止まらない。 「ずっと、花田のことすきだったのに。」 「うん。」 「僕のほうが、さきにっ!うぅっ。」 「そうだな。」 「アイツ、人の気も知らないで。ニヤけて報告されたら、おめでとうって、言うしかできな……ひっく。」 「雪也は優しいから。」  深月が僕を全肯定してくれる。凍えた心に深月の温かい思いやりが沁みてきて、僕の花田への想いは涙となって溢れ出てきた。 「ほんとうは、自分の部屋まで我慢するつもりだったのに……。」 「知ってる。」 「深月が優しくするから。」 「雪也にだけ優しくしたい。」 「僕はずるい奴だよね。」 「俺は好き。」 「……ばか。」  ようやく収まってきていた涙腺が、再び緩んだ僕は、深月の胸に甘えるように顔を埋めた。  僕が落ち着いてきた頃を見計らって、深月は僕に話しかけてきた。 「ほら、見てごらん?雪也。今日は十六夜(いざよい)だ。アイツへの想いをどんどん減らして、俺へと向かわせるから。深月は()()()()とも読めるだろ?」 「フフッ。凄い自信だね。()()の言葉、ちゃんと覚えておくよ。」  そう言って、二人で空に浮かぶ少し欠けた月を見つめていた。月の光は、降り積もった雪を青白く照らしている。涙に濡れた頬は冷たくヒリヒリ痛むけど、胸の奥は深月のお陰でほんのり温かくなっていた。 「もう大丈夫そうだな。雪也、そろそろ帰るか。」 「うん、ありがとう。深月。」 「それじゃあ、また明日。」 「うん。」  深月は僕が歩き出すのを見てから歩き出す。サクサクと聞こえる足音でわかった。 「ありがとう、深月。」    僕はもう一度そうつぶやくと、自宅に帰るのだった。      

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