3 / 5
深月~しんげつ
当日、しんしんと降る雪の中、僕と深月は水族館に来ていた。あいにくの雪模様と言っても、駅からすぐの所にある為、さほど被害はなかった。気温も低くてサラサラの雪なので、軽く払うだけで済む。
「なんか貸切状態だね。」
僕が誰もいない中を見回すと、深月がすかさず手を握ってきた。
「こうしていられる。得した気分だ。」
「み、深月。恥ずかしいよ。」
「誰か来たら離すから。」
「う、うん。」
そう言うと、深月と僕はゆっくり見学してまわる。凍えていた指先は、深月の体温で温かくなっていった。
イベント中だからか、ライトアップされた館内に水槽が浮かびあがり幻想的だ。
「きれい……。」
「そうだな。」
握られた手がキュッと一瞬強く握られた。僕も、お返しに同じことをする。
しばらくそこで見ていたが、そろそろ次に行こうか。と深月に言われて移動することにした。
「あ、クラゲだ。」
僕がそう言うと、深月はクラゲを見つめながら言った。
「クラゲは漢字で『海の月』って書くんだよ。」
「海の月……。」
確かに淡く発光して見えるクラゲに似合う。失恋した日に深月と見上げた月を思い出した。
「雪也、今日はあいにくの雪だから分からないだろうけど、今夜は新 月 なんだよ。」
「しんげつ……。」
僕は、失恋した日に深月の言った言葉を思い出した。
『アイツへの想いをどんどん減らして、俺へと向かわせるから。深月はし ん げ つ とも読めるだろ?』
深月の言葉。僕は覚えてるよ。最近は花田を見てもあまり辛くならないんだ。深月が僕の心が痛むたびに優しく癒してくれるから。
こうやって、僕に想いをくれるから。
「ねえ、深月。」
「何?」
「僕、深月のことを好きになりたいな。花田の代わりなんかじゃなくて、深月自身を知りたい。」
こう言っている時点で、僕の心は深月に傾きつつあるのは気付いてる。でも、深月の想いには全然足りないから、待っていて。
「うん。俺の事を知ってくれる?たくさん話そう。今日みたいに色んなところに二人で出掛けよう。雪也がそう言ってくれるだけで今は充分だよ。」
「待ってて。満 月 もみ つ き なんだよね?」
「そう。新月も満月も俺だから。」
「フフッ。海月は?」
「海月も俺。だから、雪也は満月を見ても新月の時も海月を見ても俺を思い出して。」
僕と深月は我慢出来ずに笑いあった。すると、後方から家族連れの声が聞こえてきた。
繋いでいた手をもう一度キュッと強く握りしめると、名残惜しげに手を離した。
「深月、今日の記念に海月のモチーフの何か買って帰ろう?」
「そうだな。雪也とお揃いで使えるのが良いな。」
そう言って、残りの展示も深月とゆっくり見ながら顔を寄せ合い小声で会話して歩いた。
お土産を売っている場所まで来ると、約束通り海月のモチーフの物を探してみる。人気があるのか意外と種類が多くて僕と深月は悩みながら、お揃いのキーホルダーとシャープペンシルを買った。本当はクラゲのスノードームが欲しかったけど、少し値段が高かったので諦めた。
「お待たせ。雪也、そろそろ帰ろう。」
「うん。また来ようね。」
「ああ。」
電車に乗ると、思っていたより人が乗っていて驚いた。聞こえてくる会話から、ライトアップされるイベント会場に向かっているらしい。確かに時間的にはこの時間に向かうとちょうど良いだろう。
ものすごく混んでいそうだな。なんて思って、そういえば花田もそこでデートするんだったと思い出した。
「花田達の方は混んでいそうだね。僕達の方はゆっくり回れて良かったね。」
「そうだな……大丈夫か?」
何が?と聞き返しそうになって、僕は自分に驚いた。花田の事をごく自然に話題に出せたから。
「なんか僕、平気みたい。不思議だね、深月のお陰かな?」
「……そうか。大丈夫なら良かった。そうだ。帰りにどこかで食べて行かないか?渡したいものもあるし。」
深月の表情がとても柔らかくて、僕は微笑みながら頷いた。曇った窓を少し拭いて外の景色を見ると、来る時は降りしきっていた雪は止んでいた。
最寄りの駅で降りると、近くのファミレスに入った。メニューを広げて何を食べるか相談しながら決めると、深月が水族館のお土産の袋からラッピングされた箱を取り出した。
「雪也、もうすぐ誕生日だろう?少し早いけど誕生日プレゼント。」
「えっ、いつの間に?」
「雪也がスノードームに夢中になっていたうちに買った。見るたびに俺を思い出して。」
悪戯っぽく笑った深月に、僕はじわじわと喜びが湧いてきた。
「嬉しい、ありがとう深月。大切にするね。」
僕は、緩む頬を抑えきれず笑みを浮かべてお礼を言うと、深月も目を細めて頷いてくれた。
「うん。喜んでくれて良かった。」
僕は、貰った誕生日プレゼントを自分のバッグに大切にしまった。
その後、頼んでいたものが来ると僕達はシェアして食べた。今回は、僕がエビフライを深月に、僕はから揚げを貰った。流石にお店で『あーん』は恥ずかしいからしなかった。
教室で無意識とはいえ、やってしまったのは今考えても相当恥ずかしい。
「じゃあ、二人きりの時にね。」
僕があの時の事に文句を言ったら、深月はそんな事を言ってきた。
───二人きりなら『あーん』してもいいかな?
ともだちにシェアしよう!

