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お泊まり会・序章

「あ、あのさ……茂部くんがよければ、なんだけど……」  昼食中。なんだか今日はそわそわしている楓真に疑問を抱いていると、嚥下した後におずおずと口を開いた。 「うん。どうした」  弁当を咀嚼しながら続きを促す。どこか覚悟を決めたような表情で──彼が口を開く。 「次の休み、俺の家でお泊まり会しない……?」  ごくり。  飲み込んでから、言葉を反芻する。お泊まり。お泊まり──楓真の、家で。  それが意味するものを理解してから──脳天気な俺と、危機感の強い俺が頭の中で激しい言い争いを始めた。  友だちの家に泊まるなんて最高じゃん。楓真とゲームとか深夜までやって、映画とか見るのもいいよな! それでめちゃくちゃ夜更かししたあと雑魚寝するのも楽しいだろうし、アイスとかめっちゃ食うのもテンション上がる!  いや馬鹿か。楓真の家に泊まってみろ、そこに誰が居るのかわかってるのか。あの最恐のブラコン兄弟が同じ屋根の下にいるあんだぞ。もしかしたらよりいっそう警戒される。いやそれだけならまだいい、最悪その場で殺されるぞ。  過ぎった最悪の想像に、さすがに無いとは思いつつ。やはり、あの兄弟たちから余計に目の敵にされるのは辛い。  期待の混じる目でこちらを見つめる楓真へ、なにか断るのにそれらしい理由はないかと言葉を選びながら口を開いた。 「あー、楽しそうだけど……ほら、そっちのご家族とか迷惑に思ったりしない? うるさくしちゃうかもだし」 「ううん! 泊まる日に父さんも母さんも家空けてくれるらしいし、騒いでも大丈夫だよ!」  そうか。なるほど。でもご両親以外に迷惑に思う人がいるんじゃないか。  とも言えず、あー、だの、うー、だの口をもごもごさせていると、楓真は視線を伏せた。そして、ごめん、と小さな声で言ったかと思えば。 「やっぱり、困らせちゃったかな」 「なわけないって!! 迷惑じゃないなら行きたい!! いつにする!?」  どこまでも親友に甘い自分の行動を自覚したのは──花が綻んだような笑顔を前に、安堵を覚えた後だった。 ***  当日。ついに、その日はやって来た。やって来て、しまった。 「なんやかんや、来るのは初めてだな……」  学校帰り、俺の家に楓真が来たことは何度もあったけれど。迎えに行くよとは言われたが、そこまでさせると「なに余計な手間かけさせてるの?」と兄弟に怒られそうなので断った。そのため教えられた道を、歩んでいたのだが── 「……え、ここ?」  その家の大きさに、目を丸くした。  小物などで装飾された、芝生の生えた庭。見れば、鮮やかな花が彩っている。誰の趣味だろう、生き生きと映るそれは手間をかけられ大切にされていることが窺えた。洒落た造りの外観。なにより、大きな家。  どこかの異国にありそうなそこは、周りから見ても浮いている。 「……いや、違……くもない、よな。え、でもここ入んの勇気いる……」  庭に足を踏み入れるのに尻込みしていると。  がちゃ、と扉の開く音。反射的にそちらを見れば、視界の少し先。扉を開けた人物──親友、楓真がこちらへ笑いかけている。 「ここだよー!」  大きく声を張る彼へ安心するとともに、俺は手を振ろうとあげた手が、固まった。 「いらっしゃい」 「……こんにちは」  ガーディアンふたりが、彼に続いて家から出てきたから。誰かは、考えるまでもない──兄の優真さんと、弟の陽真くんだった。  挨拶を、一応してはくれた。兄は笑顔で、弟はどこか険しい顔で。    コンニチハ、オジャマシマス。  ロボットのような自分の声を聞きながら──俺は、この長い一泊二日がどうなるのか、ガタガタ震えそうになる足を止めるのに難儀していた。

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