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第104話 暴動の偵察

 黒曜はその日のうちに大蛇の八俣に伝令を打ってくれた。  しかし、人間の暴動は激化していた。  神々の側仕が兵を率いて鎮圧に向かっているが、一向に落ち着かない。  上空から状況を偵察していた鳳凰の陽菜と八咫烏の世流が不穏な報せをもたらした。 『まるで人とは思えない力を使う個体が数名いて、指揮をとっている』  大蛇の八俣に報せを飛ばした二日後。  現状を把握するため、紅優と蒼愛は地上に降りて、その個体の確認に向かった。 「遭遇した縷々さんや夜刀は、霊元を持っている訳ではなさそうって話していたらしいから、まだ操られている可能性は否定できないけど。人間の振りした元人間かもしれないからね」  狼姿の真白の背に乗って、蒼愛と紅優は上空から地上を眺めた。  癒しの泉と風の森の中からは、妖怪と人間がせめぎ合う気配と声が聞こえる。  間に挟まれた暗がりの平野だけが真っ暗で、やけに静かだった。 「人間の振りって、妖怪が人に化けているかもってこと?」  蒼愛の問いかけに、紅優が頷きとも取れない仕草をした。 「そうかもしれないし、人に近い別のモノかもしれない。霊とか怨霊とかね」 「霊や怨霊……。そういうのも、瑞穂国にはいるんだね」  霊や怨霊は、根の国のような亡者の国や現世に留まる存在なんだと思っていたので、意外だ。 「特に強い怨霊は荒人神(あらひとがみ)と呼ばれて現世に留まる場合が多いんだけどね。そこまで強くなれなかった怨霊や霊は闇人(やみびと)として瑞穂国に住んでいるケースが多いんだ」  闇人という言葉には、聞き覚えがあった。  黒曜が、暴動を起こしている人間の飼い主として名を上げていた。 「闇人って、怨霊なの?」  理研に置いてあった妖怪図鑑にも載っていなかった。  蒼愛が知らない妖怪だ。 「怨霊だけじゃない。色んな生き物の成れの果てみたいな妖怪かな。存在自体が不安定で、何にもなれなかったモノたちの総称だから、種族の名称ではないし、群れて生活もしない。何にも分類されず、生死すらも不安定な存在の総てを纏めて闇人と呼んでいるんだよ」 「何にもなれなかった……」  bugとして人間のなり損ないのガラクタだった自分と同じなんだろうか。  もっと不安定な存在なんだろうか。  蒼愛の心に、闇人という存在が、引っ掛かった。 「紅優様、蒼愛様。風の森の方が交戦が激しいぜ。血の匂いがする」  真白がヒクヒクと鼻を動かす。   「もう少し、近づこう。真白、低めに走れる?」 「わかった」  紅優に促されて、真白が森の上に駆け下りた。  森に近付くと、木々の隙間から森の中の様子が覗けた。  武器を持った人間を妖怪たちが取り押さえていた。  その様に、蒼愛は絶句した。 「あははは、死ね! 妖怪は全部死ね!」 「喰われる前に殺せ!」 「暴力楽しい。殺すの楽しい! もっと血の匂い嗅ぎてぇ!」  漏れ聞こえてくる人間たちの声と、何よりその目は常軌を逸している。  見開かれた目は血走って、まるで妖怪を狩って殺すのを楽しんでいる。 「正気じゃないね。精神操作されているのは、確定だ」  紅優の目線が、一点で止まった。  同じ場所を蒼愛の目線が追いかける。  大蛇と思われる妖怪が人間を取り押さえていた。 「全く面倒だ。人間とは簡単に頭を乗っ取られる生き物だな。壊さず確保なんて、私らの柄じゃない」 「いいから、丁寧に取り押さえろ。鎮静すれば、瑞穂ノ神と色彩の宝石が会いに来るんだ。この機を逃せば八俣様の気が変わってしまうかもしれん」  二人の大蛇が話しながら人間を抑え込んでいる。  言葉通り、傷つけないように慎重に動いているのが、見ていてもわかった。 「どうして、大蛇が……?」  蒼愛の困惑の呟きは紅優の表情と同じだった。  人間の精神操作をしているのが大蛇なら、操作をやめればいいだけの話だ。 「もしかして、人間の暴動を引き起こしているのって、大蛇じゃない……?」  蒼愛の予測が外れたのかもしれない。  そうだとしたら、元凶は他にいることになる。 「自作自演も考えられるし、まだ決めつけるのは早いけど……」  真白の気配が尖って、紅優が言葉を止めた。 「また、血の匂いがする。知っている匂いだ。誰か、怪我をしてる」  鼻をひくつかせる真白に、蒼愛は前屈みになった。 「血の匂いの方に走って、真白。僕が治すから」 「わかった」  大きく旋回して、真白が森の中に駆け込んだ。  森に降り、しばらく木々の間を走ると、よく知った気配を感じた。 「霧疾さん! 利荔さん!」  姿を確認するより早く名を呼ぶと、木陰から利荔が顔を出した。 「蒼愛? 紅優と真白まで。何で、ここに?」  木陰に潜んだ利荔の向こう側で、霧疾が脱力した体を木に預けて倒れているのが見えた。  駆け寄ると、左大腿に大きな裂傷が見えた。  背筋が寒くなるような大きな傷を見て、蒼愛はすぐに癒しの水をあてた。 「霧疾さんが、こんな大怪我をするなんて。何があったんです?」  紅優が利荔に神力をあてながら問う。  霧疾ほどではないが、利荔も小さな傷をいくつも負っている。 「ちょっと失敗しちゃっただけ」  そう言って笑う霧疾の顔にいつもの覇気はない。 「霧疾は番が人間だから、人間相手はしんどいんだよ」  利荔に説明されて、ドキリとした。  霧疾の番は宝石の人間、緑玉だと前に聞いた。 「そういうんじゃねぇって。只の失敗。それより、紅優と蒼愛は何で、ここにいんの? 淤加美様から地上に降りる許可、出たの?」  紅優と蒼愛は揃って言葉に詰まった。  今日は内緒で出てきていたのをすっかり忘れていた。  そんな二人を眺めて、利荔が困ったように息を吐いた。 「このタイミングで許可なんか、絶対に出るわけないよね。俺たちも一緒に叱られちゃうかなぁ」 「内緒! 内緒にしてください! 霧疾さんはこれ、飲んでください」  誤魔化すように、蒼愛は手の中に溢れさせた水を霧疾に差し出した。 「僕の神力が籠った癒しの水です。妖力も回復するはずだから」  霧疾が蒼愛の手の水をチロチロと舐める。そのままこくりと飲み込んだ。  体が仄かに光って、足の傷が消えた。妖力が回復しているのが分かった。 「はぁ……。すげぇな、蒼愛。流石、色彩の宝石様。一瞬で全回復だわ」  感心した顔で霧疾が蒼愛を眺める。  ホッとして、蒼愛は微笑んだ。 「霧疾、その呼称は口に出さない方がいい。誰が聞いているか、わからないから」  利荔に注意されて、霧疾が口を覆った。 「それもそうね。森の中には大蛇もいるしね」  霧疾が気を尖らせて辺りを警戒する。 「森の奥の方で人間を制圧する大蛇を見かけました。とても大切に人間を扱っているように見えましたが」  紅優の疑問に、利荔と霧疾が顔を見合わせた。 「もしかしたら、人間の暴動を起こしているのは大蛇ではないかもしれないよ」 「全くの無関係でもなさそうだけどなぁ。主犯ではねぇかもな」  利荔と霧疾の言葉を受けて、紅優と蒼愛は顔を見合わせた。 「じゃぁ、一体どうして、こんな事態に……」  紅優の言葉を遮って、真白が全員の前に出た。 「何か来る。濁った黒い気配が、三体だ!」  真白が咄嗟に張った結界に、紅優が自分の結界を被せた。  次の瞬間、真っ黒な妖力が飛んできて、結界にぶつかった。 「ぐぇっ」  変な声がして、何かがどさりと地面に落ちた。  よく見ると、さっき人を鎮圧していた大蛇だ。  真白の気が殺気立った。 「あらぁ、寧々さんじゃねぇの。人間如きに、こてんぱんにされちゃった?」  霧疾が揶揄い半分に声をかける。  結界にぶつかって地面に落ちたのは、白狼の里を襲った大蛇の寧々だった。 「誰かと思えば、風ノ神のところのイタチか。早々に飲まれて死んだかと思ったが、生きていたとは運がいいね」  寧々が力なく霧疾を睨みつけた。  殺気を抑えられない真白を抱いて、蒼愛は寧々を見詰めた。 (全身怪我だらけで、妖力もかなり消費してる。人間を抑えるだけなら、きっとこんなに消耗しない)  蛇々もそうだったが、大蛇は殺しに特化した種族だ。  正面からやり合うより、こそこそと陰から殺しにいくタイプだろうから、暴動の鎮圧には向かないのかもしれないが。それでも消耗しすぎていると感じた。 「飲まれるって何よ。人間に喰われるわけ?」  霧疾の問いを寧々が鼻で笑った。 「お前と利荔が気が付かないワケ、ないだろ。惚けるなよ。この暴動を引っ張っているのは、生きた人間じゃない。霊と怨霊が人に憑いて動かしているのさ」  紅優が静かに目を見開いていた。 「やっぱりそんな感じか。まだ闇人にもなりきれない、自我のない霊や怨霊の集合体。操っている奴がいるはずだよね?」  利荔の確信めいた問いかけに、寧々が顔を逸らした。 「そこまで教える義理はないね。私たちだって、困っているんだ」  話をする寧々の息が、荒いように感じる。  蒼愛は寧々に駆け寄った。 「待って、蒼……」  名前を呼ぼうとした紅優が言葉を切った。  色彩の宝石である蒼愛の名前は、きっと大蛇にも伝わっている。名を呼べば、身分がバレる。 「怪我を治します。少しは妖力も回復するはずです」  癒しの水で全身を包む。  寧々の体中の傷が癒えていく。 「お前、何してる。頼んだ覚えは……。ん? お前、人間か? どこかで会ったか?」  寧々が首を傾げて蒼愛を観察している。 「僕は元人間で、紅ゆ……、妖怪の番になって半妖になりました。貴方が、人を大事に扱ってくれているのを見た。だからこれは、お礼です」  寧々が解せない顔で蒼愛を眺めていた。 「私らは今回、目的があって人間を捕獲している。いつもなら喰う所だ。礼を言われる筋合いはない。お前だって妖怪の番じゃなきゃ喰っている所だ。特別、美味そうな匂いだ。喰われないよう、精々気を付けろ」  寧々が蒼愛の匂いをくんくん嗅いで見せる。  前に出ようとする真白を霧疾が引っ張って止めていた。  話をする寧々はさっきより呼吸が落ち着いているように見える。   「素直に礼を言っておけ、寧々。今回ばかりは回復してくれて助かった」  いつの間にか目の前に、もう一体の大蛇がいた。  蒼愛を色のない顔で見下ろしている。 「なんだ、戻りが早いな。あの化物は何とかなったのか? 野々」  野々と呼ばれた大蛇が首を振った。   「人に憑いた怨霊だからなのか、俺たちの妖力を喰ってデカくなる。打つ手なしだ。そこのイタチも、それで怪我を負ったんだろう」  野々の目が霧疾に向く。  隣にいる真白をじっと見つめる。  その視線を遮るように、利荔が前に出た。 「怨霊憑きの人間が現れたのは、ここ二日だろう? その前はいなかった。心当たり、ないかね?」  利荔が野々に問う。  野々が値踏みするような、探るような目を利荔に向けた。 「人の勝手な暴動に見せかけるつもりが、事情が変わったのだろう。何故、ここまで大事になっているのか、真意は知らない。仕向ける奴に心当たりはなくもないが、見当違いを口にするわけにもいかん」  そう言って野々は黙った。 「何となく知ってるけど、自信ないって話か。野々にしちゃ、教えてくれた方だね。感謝するよ」  利荔が食い下がりもせず、あっさり引いた。  野々が変わらず硬い表情のまま、森の奥に目を向けた。 (霧疾さんと利荔さんは寧々や野々と知り合いなんだ。守護地と領土が近いからかな)  白狼の里を助けにいったときも、霧疾は蛇々や寧々を知っている様子だった。  森を共有する者同士、絡みがあるんだろう。 「ここにいるとあの化物が来ると思うが。引くならさっさと消えろ」  野々が利荔を振り向いた。  黒く濁った気配が近付いてくるのは、確かにわかる。 「もしかして、囮になって俺らを逃がしてくれんの? お優しいねぇ。あとで何を請求されんのか、怖いわぁ」  軽口を叩く霧疾を寧々が睨みつけた。 「私らだって、やりたくないが仕方ないんだよ。神の側仕と人間を傷付けるなってのが、八俣様からの指示なんだ」  意外過ぎる寧々の言葉に、全員が呆気にとられた。 「てっきり、その八俣様が意図して起こした人間の暴動だと思ってたよ。違うの?」  霧疾が小馬鹿にしたような口調で寧々に問う。  挑発に乗った寧々が霧疾を激しく睨みつけた。 (寧々は怒りっぽくて挑発に乗りやすいって、霧疾さんが言っていたっけ。わざと怒らせて、色々聞き出そうとしてるんだ) 「なんで八俣様が人間に暴動など起こさせる必要があるんだ。大体、我等が鎮圧に参加しているのだって、瑞穂ノ神と色彩の宝石が突然、大蛇の領土の視察に来るなどと伝令を寄越すから。この暴動が治まらないと元人間の色彩の宝石は来られないとか、どうでもいいわ!」  霧疾の期待に応えるが如く、寧々がたくさん話してくれた。 「どうでもよくはない。瑞穂ノ神に会えるこの機は逃せない。放り投げるなよ、寧々」  吐き捨てた寧々を野々が、いなした。  蒼愛は紅優と顔を合わせた。 「じゃぁ、八俣は瑞穂ノ神と色彩の宝石に来てほしくて暴動の鎮圧に大蛇を参加させてるわけ? 人間を大事に扱ってまで?」  信じられないような呆れたような顔で霧疾が問う。  霧疾を睨みながら口を開きかけた寧々を野々が制した。 「今は、そうだと伝えておく。瑞穂ノ神の真意は計り知れんが、我等にとっては願ってもない機会だ」  野々が淡々と返事した。 (時の回廊でのやり取り、忘れちゃったのかな。会いに行くって僕らが話したの、覚えてないのかな)  野々と寧々の話し方は、まるで瑞穂ノ神が二日前に突然、大蛇の一族に一方的な来訪を告げたように聞こえる。 「どうせ大蛇を暴動の鎮圧に参加させるための餌だろう。神々の言葉など、今更信用できるか」  吐き捨てた寧々の頭を野々が軽く小突いた。 「それでも、またとない機会だ。餌の方が旨味がでかい。棒に振る訳にはいかん」  野々が遠くの人間の気配を窺いながら寧々をいなした。  二人のやり取りを紅優が静かに観察していた。 「それじゃ、共同戦線といきませんか? 俺の番は、元人間なので浄化術が使えます。怨霊なら、浄化で消滅させられます」  紅優が寧々と野々に提案した。  霧疾と利荔が顔を引き攣らせた。 「何言ってるの? 正体ばれたら色々面倒だよ。変装で誤魔化せているうちに、離れた方がいいって」  利荔が小声で紅優を叱っている。  今日の紅優は黒い妖狐に化けている。  蒼愛はそのままの姿だが、そもそも天上の神様以外に認識されていないので、気付かれない。 「けど、怨霊じゃ神力でもないと、どうにもなりません。また降りてくるより、今ここで何とかしてしまう方が早いですよ」  紅優が蒼愛を振り返る。  蒼愛は何度も頷いた。 (紅優にしては大胆な提案だし、きっと前なら僕を気遣って逃げてた。今回は任せてくれる)  それが紅優の信頼の証のようで嬉しかった。  紅優の提案に寧々と野々が難しい顔を見合わせていたが、頷いた。 「そうしてもらえるなら、助かる。正直、俺たちだけじゃ手の打ちようがなくて、困っていた」  野々の言葉に、利荔と霧疾が驚いている。   「知らない奴でも知ってる奴でも、助けを求めるようなタイプじゃないでしょ? お前ら孤独な種族じゃん。友達いないじゃん」  霧疾の本気の戸惑いに、寧々が目を見開いた。 「友達なんか、そもそも必要ないんだよ。けど今回は、どうしようもない。それはお前たちも同じだろう。神が降りてきて助けてくれるわけじゃないんだぞ。今、使える手段を使うしかないだろ」  大蛇らしい言葉に聞こえたのか、霧疾が安堵している。 「そうだよね、寧々はそうじゃないと。あー驚いた。利用して捨てるのが大蛇だよね」 「その通りだ。だからアレを排除したら即座に解散だ。友達ごっこをする気はない」  野々が森の奥に目を向けて構えた。  静かに留まる黒い気は、不気味なほどに大人しく感じられた。

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