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第106話 色彩の宝石の浄化術

 利荔が飛ばした霧疾の作戦は瞬く間に共有された。  湖付近を鎮圧していた縷々たちの協力と、上空を飛んで全体を把握している陽菜と世流の伝達の速さのお陰で、すぐに整った。  黒曜まで巻き込んだ作戦は、神々の側仕たちが率いる鎮圧兵だけでなく、地上の妖怪まで動かした。中でも大蛇の一族が協力的だったのに驚いた。 「地上の妖怪たちが北側各地に点在して暴動起こしている人間たちを湖畔に追い込んでくれる。暴れている奴らは五十人程度だ。流れ込んできたら逃がさねぇように俺たちで動きを封じる」  癒しの湖の畔で、蒼愛たちは霧疾の作戦を再確認していた。  湖の中央付近の広い湖畔に人間を集めて一度で浄化してしまおう、というのが霧疾の作戦だ。 「一か所に集めて上から全員、浄化ですのね。分かり易くて大変よろしいですわ」  縷々がノリノリで霧疾の作戦を聞いている。  合流した瞬間から、縷々は今回の作戦に利荔よりノリノリだった。 「蒼愛様は、どれくらいまで、浄化できる?」  夜刀に問われて考えた。 「この湖くらいだったら普通にできるよ。もっと広くなら、北側の湖から平野と森全体くらいなら、出来ると思う。浄化の力は、ちょっと弱くなっちゃうけど」  縷々と夜刀が感心している。 「つまり、北側の大地全部できちゃうんだぁ。一か所に集める必要ないねぇ」  陽菜が、あっけらかんと答えた。   「全体を浄化したら普通に住んでる妖怪まで浄化されるだろうが。皆が皆、俺たちみたいに浄化に慣れてないんだよ」  世流が陽菜を叱っている。  この二人の関係は、常にこんな感じなんだなぁと思う。 「それもそうなんだけどねぇ。小さく纏まってもらった方が、神様のパフォーマンス、しやすいでしょ」  霧疾が楽しそうに切り出した。 「人間が纏まった上空に真白に乗った紅優と蒼愛に待機してもらう。取り囲んで準備できたら一気に浄化! 元に戻った人間は黒曜に保護してもらうって寸法だ」 「白狼の里の時と似てるなぁ」  真白が呟いた。  確かにあの時も、紅優は上空で待機していた。 「いいの。神様は空の上に居るもんなの。それに、今回は森の中じゃなく、湖だ。高度も前より高めの位置から浄化の雨を降らせてもらう。つまり、瑞穂国の民に、瑞穂ノ神と色彩の宝石の姿をしっかり見せ付けられんのさ」  顔を赤くして強張らせる紅優の隣で、縷々が楽しそうに頷いている。 「民に見せるだけでなく、主犯にも見せ付けられますわね。自分たちが敵に回したのが誰なのか、一目で自覚させられますわ」  何となく、縷々の笑顔が怖い。 「ところでさぁ、縷々。淤加美様には報告した?」  利荔が恐々聞いている。  今回は利荔も大きく構えてはいられないらしい。  蒼愛たちは許可なしのお忍びだし、側仕が神様を使う事態は流石に立場を考えるのだろう。 「ええ、勿論ですわ」  縷々が良い笑顔で霧疾と蒼愛たちを眺めた。 「え! 報告しちゃったんですか、縷々さん……」  利荔以上に紅優が怯えた顔になった。 「側仕筆頭として内密にはできませんもの。状況など考慮した上で、作戦を後押しする。側仕は自分の命に代えても紅優様と蒼愛様、真白を守れ、とのお達しですわ」  縷々の話に皆が言葉を失った。 「それって、淤加美様めっちゃ怒ってるねぇ。普段は命に代えても、なんて言わないもんねぇ」  陽菜が明るく放った言葉に、紅優が怯えている。 「紅優と蒼愛がやるというのなら、どうせ止めても無駄なんだろう。後押しするしかないね。とか言って頭を抱える淤加美様が容易に浮かぶな」  眉間に皺を寄せて、世流が零した。  淤加美様のものまねが上手いなと思った。 「流石、世流はよくわかっていますわね。天上からも援助をくださるそうですわ。頑張りましょう」 「そのやる気満々な顔を見れば、縷々がどんな説得をしたのかも、容易に想像できる」  息を吐く世流に向かって縷々が得意げに笑んだ。  縷々はどうやら霧疾側の性格らしい。  世流は月詠見の側仕だから、淤加美や縷々とも付き合いが長い。縷々の性格も淤加美の質も、よくわかっているのだろう。 「つまり、神々がずっと見ているってことですね。監視ですね」  呟く紅優の肩を利荔が撫でて慰めてやっていた。 「浄化は紅優と蒼愛に任せるけど、俺たちは暴動の元になってる怨霊を見つけ出さないといけない。蒼愛の浄化で消えればいいけど、そうじゃなきゃ、また増えるからね」  利荔の念押しは、もっともだ。  邪魅に悪意を増幅されて暴れている人間たちは、怨霊に憑かれた人間の発する邪魅を受けて豹変している。というのが利荔の推察だ。  中心になっている人間を捕縛して怨霊を浄化しない限り、邪魅は量産され続ける。  怨霊に憑かれた人間を捕えなければ、この暴動は終わらない。 「大丈夫、私が狩る」  夜刀が短剣を、さっと構えた。 「狩るっていうか、捕縛ね。暴動の動機とか原因とか聞かなきゃいけないでしょ。そのままの状態で捕縛が無理そうなら、とりあえず怨霊だけ蒼愛に軽く浄化してもらって、弱らせてから捕まえるから」  利荔に振られて、蒼愛は頷いた。 (怨霊って、どんな感じなんだろう。ちゃんと浄化できるかな)  人のように心や気持ちがあったら、浄化するのは辛いと思った。  霧疾の肩に紙飛行機が止まった。 「お、早速、黒曜の地上部隊が第一陣を送ってくるぜ。待機するか」  霧疾の言葉で全員が立ち上がった。  その姿に蒼愛は感心した。 (普段はふざけて話してても、いざとなると動きが揃ってる。皆、格好良い) 「蒼愛。俺たちは、こっちね」  紅優に促されて、いつもよりやや大きく白狼の姿になった真白に跨る。  紅優の姿もまた、変装していた黒い妖狐姿ではなく、神様の姿になっていた。 (やっぱり、こういう時の紅優も格好良い)  見惚れる蒼愛を紅優が愛おしそうに撫でた。 「じゃぁ、俺たちは上空で待機していますので」  真白が空に駆け上がる。 「姿はギリギリまで見せちゃダメだからねぇ」  霧疾たちに見送られて、蒼愛たちは空の高い場所まで上がった。  空の上から地上を見下ろす。 「そういえば、今日は吟呼さんがいなかったね」  火産霊の側仕の吟呼は紅優と同族の妖狐だから、いてくれたら気持ちが楽なんじゃないかと思った。 「吟呼は南側の警備にあたっているはずだよ。暴動が南の町中まで及ぶと、それこそ大事になっちゃうから、入ってこないように予防線を張ってるんだ」 「なるほど」  火産霊の火ノ宮は灼熱の岩山の真上にある。  岩山の辺りは街も近い南側だ。 「今回の暴動もそうだけど、神様が関わるような事件や事例って、北側で起こることが多くてね。神々の側仕も北側に生息している妖怪が多いんだけどね。だから北側に住む妖怪の方が神様を信じてたりするんだ。南側に住んでいる妖怪は、この国に神様がいるって知らなかったりするんだよ」  似たような話を前に火産霊もしてくれたなと思った。 (何となく、人間の社会と似ているのかな)  町中に住んでいればいるほど、神秘的な存在がファンタジーに感じられる。  神社へのお参りなんか、ただのイベントだ。神話だってファンタジー小説と変わらない。  山間部などの自然に囲まれた場所の方が、より神様を身近に感じる。生活の一部になる。  理研という特殊な場所で生きた蒼愛でも、そう感じた。 (現世の町中の生活も山の中の生活も、物語の中でしか僕は知らないけど)  蒼愛にとっては瑞穂国こそがリアルな生きる場所だ。  初めて出た屋外が瑞穂国の神の宮で、今では森や湖や岩山にも行ける。 「この国は、僕が守るんだ」  自分を生かしてくれるこの国を守る決意を、改めて固めた。  大勢の声が聞こえて、蒼愛は足下に目を落とした。  正気を失くした人間が、妖怪たちに追いやられて湖畔に走っている姿が見えた。  森の方からも、人が追いやられてくる。追いかける妖怪の中に大蛇が見えた。  湖の西側からも、側仕たちが待機する中央部の畔に集まってくる。  取り押さえようとする妖怪を木の棒で殴ったり噛みついたりしている人間は、妖怪より怖かった。 (数百年前の戦争で攻め込んできた人間も、あんな感じだったのかな)  相手を殺すつもりで攻め込んでくる人間は、正気を失った今の人間と変わらないんじゃないかと思った。 「人間の数が増えてきたね。やっぱり皆、邪魅に犯されてる。上空からだと、怨霊の本体は見付けられないね」  紅優が地上に目を凝らす。  同じように蒼愛も下を見てみるが、紅優ほどは良く見えない。  それでも、人にこびり付いた邪魅が妖怪を攻撃するたびに増える様は確認できた。 「誰か飛んでくるぜ、陽菜さんかな」  真白が空を眺める。  真っ赤な鳳凰が蒼愛たちに向かって飛んできた。 「うわぁ、陽菜さんの鳳凰姿、綺麗だね」  陽に照らされて輝く赤い鳥は、まるで燃えているようで、とても美しい。  感動する蒼愛に向かって得意げな顔をしたのが、鳥の顔でもわかった。 「これでも、いつもよりは地味にしてんだけどね。元が派手だから限界があってさぁ」  蒼愛たちの周りを旋回し、肩に止まった。 「もうすぐ霧疾の合図がある。合図があったら蒼愛様は俺に乗っかって、浄化しろってさ」 「え? 僕が乗って大丈夫なの? 重くない? 陽菜さん、潰れたりしないの?」  今の陽菜はそこまで大きくもないし、人を乗せて平気なのか不安になった。 「俺も妖怪だからね。蒼愛様くらい余裕で乗せられるよ。なんか、派手にやりたいんだってさ」 「派手にって……」  後ろの紅優が頭を抱えている。  目立ったり派手にするのが苦手な紅優には、辛いのかもしれない。 「まだ充分、集まってねぇ気がするが、大丈夫なのか?」  真白が鼻で足下をクイクイしながら問う。  数は増えてきているが、五十人には遠く及ばない数だ。 「既に数十人は捕縛できているんだよね。本体さえ浄化できれば、邪魅は祓えるから問題ないよ」  蒼愛は地上を見下ろした。  本体の怨霊らしき強い気は感じない。 「本体は、見つからないの?」  蒼愛の問いに陽菜が頷いた。 「それを釣る意味でも、派手に早めに浄化したいんだって」  本体が怨霊なら強い気を纏っているはずだ。気配を感じれば見付けられるのだろうが。  これだけ多くの邪魅に飲まれた人間が集まってしまうと、気配を探すのも容易ではないのだろう。  湖畔で何かが光った。 「霧疾の合図だ。蒼愛様、いける?」  飛び上がり、蒼愛の前で羽ばたく陽菜に頷いた。 「蒼愛、無理しないようにね」  後ろの紅優にも頷いて、蒼愛は陽菜の背中に乗った。 「もう少し真上まで近付くから、真白は俺に付いてきて。蒼愛様から離れないようにね」 「わかった」  蒼愛を乗せた陽菜の先導で、真白が後に続く。  その姿がもう、神話や物語のようだと思った。神様が神使を従えて移動する姿のようだ。 (紅優、神様みたいで格好良い)  緩んでしまう顔をぺちぺち叩いて、蒼愛は気合を入れ直した。  人間が集まる真上で、陽菜が止まった。  既に側仕の妖怪以外の避難も済んでいるようだ。 「じゃ、浄化するね」  陽菜の背中に立ち、両手を合わせる。  ゆっくり離して、金色の球を作り上げる。手を離しながら球を大きくした。  人間が集まる湖畔より少し大きめの球を風船のように掲げる。  頭上に昇った金色の風船に向かい、蒼愛は念じた。 (弾けろ)  風船が弾けて、金色の雨が降り注ぐ。  陽に照らされてキラキラと輝く浄化の光の粒が、人間に注がれた。  こびり付いていた邪魅が溶け、黒く濁った気配を消していく。  邪魅が剥がれた人間が、意識を失ってバタバタと倒れていった。 「すごいなぁ、日美子と同じ力だ。あっという間に浄化できたねぇ」  陽菜に褒められて、照れ臭いが嬉しくなった。

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