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第109話 愛した魂

 水ノ宮に戻ると、蒼愛と紅優はすぐに意識を失った三人の浄化を始めた。  宮の中でも特に癒しの神力が強い部屋に三人は寝かされていた。  改めて、眠っている陽菜に触れる。  濃い死の瘴気と強い呪詛を感じた。 「闇の呪詛だね。血の縛りと同様に強い力を持つ呪詛だ。瑞穂国ではあまり一般的ではない呪詛だよ」  夜刀に触れていた紅優が呟いた。 「現世だと怨念とか呪いとか呼ぶ類の力で、死の匂いが濃いのが特徴だ。放置すれば呪詛に命を吸われて三人とも死んでしまう」  恐ろしくて、身震いした。  掛けられただけで死んでしまう呪詛なんて、気が付かなかったらと考えると、怖い。 「使ってみたい力があるんだけど、いい? 月詠見様の暗の加護を使うんだけど、何となくしかわからないから、色彩の宝石の力だと思うんだけど」  自信がないので声が小さくなる。   「うん、いいよ。蒼愛が効果がありそうだと思うなら、やってごらん」  紅優が、蒼愛以上にあっさりと許可してくれた。  蒼愛は掌に暗の神力を膨らませた。その中に日の浄化の神力を混ぜ込む。  暗い闇にキラキラと日の光がきらめいて、夜空を切り取ったような神力が溢れた。 「陽菜さん、ごめんなさい」  陽菜の口を開かせて、体の中に流し込む。  神力が陽菜の体に沁み込んで、全身を満たした。体から溢れ出た夜空のような神力が、陽菜の全身を包んだ。  死の瘴気が浄化され、消えていくのが分かった。   「闇の呪詛までは、消えない」  腹の真ん中に強い呪詛を感じる。  紅優が陽菜の腹に手を当てた。  目を閉じて、蒼愛の神力を感じながら自分の神力を流し込んでいく。  ぱっと強い光が走って、腹の中の呪詛が消えた。 「紅優、凄い……」  一瞬であれだけ強い呪詛を砕いた神力を目の当たりにして、思わず口走った。 「蒼愛が全身を綺麗に浄化してくれたから、蒼愛の神力に混ぜて俺の神力を流し込んだだけだよ。二人で浄化すれば、いけそうだね」 「うん! 縷々さんと夜刀さんも浄化しよう」  陽菜と同じ要領で、蒼愛と紅優は浄化を繰り返した。 「色彩の宝石の力、沢山使えるようになったね。炎と暗は使える?」  縷々の全身を暗の神力で浄化する蒼愛に、紅優が問うた。 「あと、水の癒しの力は元々僕が使ってた力だけど、色彩の宝石の力でもあると思うんだ。癒しの水の効果が強くなったから。暴く目は聞こえる音や声と合わせて、風の神力だと思う。浄化もきっと宝石の力だよ」  指を折りながら紅優が蒼愛の力を数える。 「じゃぁ、あとは土だけか。やっぱり神様の加護がないと、色彩の宝石の力も開花しないのかもしれないね」 「僕らの神力で、野椎の伽耶乃様を元に戻せないかな」  蒼愛の言葉に、紅優が目を見開いた。 「僕らが時の回廊で会ったのは、八俣の振りをした闇人の名無だった。もしかしたら、伽耶乃様に血の縛りを与えたのも、八俣じゃなくて名無なんじゃないかって。だとしたら闇の呪詛の可能性も高いと思って」  もし仮に、スゼリが八俣だと思っていたのが闇人の名無だったら。  蒼愛たちと同じように思い込まされていたのであれば、伽耶乃の封印も解けるかもしれない。 「可能性は、なくもないね。まだ決めつけるには早いけど、試してみる価値は、あるかもしれない」  明るい顔をする蒼愛を、紅優が真っ直ぐに見詰めた。 「伽耶乃様も大事だけど、蒼愛。あのエナって神様は、何者? 蒼愛は何か気が付いたんじゃないの?」  紅優に問われて、どきりと心臓が鳴った。  思わず俯く。   (話さなきゃいけないって、わかってるけど。紅優に話すの、怖い。どんな反応するのか、怖い) 「……僕も、ちゃんとは、わかっていなくて。エナに触れて気が付いたことも、あるんだけど。その……」  言葉が続かない。  蒼愛の神力で全身が満たされた縷々の腹に紅優が神力を流し込んだ。  腹の中の硬い呪詛が解けて消えていく。  三人の浄化が終了した。 「あとは妖力が回復するまで休んでもらえば目を覚ますね」 「じゃぁ、僕が癒しの水でくるんで……」  立ち上がった紅優が蒼愛の腕を取った。 「ここは水ノ宮だから居るだけで回復するし、癒しの水なら淤加美様に任せても問題ない。蒼愛は、俺と話すことがあるでしょ」  腕を引っ張り上げられて、顔が上向いた。  紅優の顔がいつもより怒っているように見える。  怖くて、顔を逸らして俯いた。  顎を掴んで紅優が蒼愛の顔を上向かせた。  いつもなら絶対にしない強引なやり方に、余計に蒼愛の気持ちが萎縮する。 「本当は大事な何かに気が付いているんじゃないの? 俺には出来ない話?」  蒼愛はぐっと口を引き結んだ。 (紅優にしか出来ない話、だけど、紅優には話したくない。でも聞いてほしい。どうしたらいいんだろう)  蒼愛の目に涙が溢れて、流れる。  けれど、紅優は拭ってくれなかった。 「今日は泣いても許してあげない。蒼愛が話したくなくても、聞かないわけにはいかないんだ。今の蒼愛になら、わかるよね?」  蒼愛は何度も頷いた。 「わかってる、けど。大事なコト、ちゃんと話す。だけど、僕、僕は……。……紅優が愛してくれたのは、僕じゃないかもしれなくて」  蒼愛の腕を掴む紅優の手が、震えた。 「僕の魂には、エナの魂の欠片が混ざってて。きっと、だから綺麗なんだ。僕だけの魂だったら、きっと紅優は好きにならなかったんだ」  言葉にしたら悲しくて、辛くて、涙が止まらなかった。 「……俺が、エナって神様の魂に惚れたって言いたいの? 蒼愛に神様の魂が混ざっていたから、綺麗に見えただけだって、そう言いたいの?」  蒼愛の顔が益々俯く。  涙を拭いながら、しゃくりあげながら話す。 「僕は只の理研の被験体で、霊元だって最初は開いてなくて、そんな僕の魂が綺麗だなんて、有り得ない。きっと魂も理研でされた移植なんだ。だから、最初から僕の魂が綺麗だったわけじゃないんだ」  掴んだままの腕を強く引いて、紅優が蒼愛を抱き締めた。  唇を重ねて深く噛み付く。舌を何度も深く絡められて、息ができない。  口付けながらも、体を強く抱きしめられて、逃げられない。 「……んっ、ぅんっ……、んんっ」  何度も何度も舌を絡めて、下唇を噛まれて、確かめるようなキスを繰り返す。  股間をぐりぐり押し付けられて、勃ってしまいそうだ。 「ぁ……、は、はぁ……、はぁ……」  唾液の糸が落ちて、口がだらしなく開く。  紅優の顔が、悲しく歪んでいた。 「魂の色だけが好きなわけじゃない。今まで一緒に生きてきた蒼愛を愛してる。今更、蒼愛の魂の色がどうだって構わない。俺が好きなのは今、キスをした蒼愛だよ」  蒼愛の目にまた涙が溢れた。 「僕も、好きだよ、紅優が好き。嫌われたくない。好きでいて欲しいよ。でも、だから、紅優には幸せになってほしいよ」 「一緒に幸せになるんでしょ。その為に一緒にこの国を守るって、約束したよね?」  紅優が蒼愛を抱きしめる。  その胸に縋り付いて、蒼愛は何度も頷いた。 「……魂を、魂の欠片をエナに返さなきゃ。エナは要らないって、自分を殺せって言ったけど、それじゃダメだ。ヒルを止められるのは、エナだけだから」  蒼愛を抱く紅優の腕の力が強い。  いつもなら優しく髪を撫でてくれる手は、蒼愛の頭を抱いたまま動かない。 「魂の欠片を返したら、蒼愛はどうなるの?」  紅優の声が逼迫していた。 「返し方が、わからない。全部取られたら、僕は、死んじゃう……」  紅優の腕がさらに強く蒼愛を抱きしめる。  抱きしめたまま、ずるずると座り込んだ。 「蒼愛を失わなきゃ、この国を守れないのか? 国を守っても、蒼愛がいないんじゃ、意味がない」  紅優が小さく呟いた。  その声は震えていて、蒼愛の胸に冷たいものが流れる。 (話したら、紅優はそんな風に思っちゃう。また、幽世が望まない紅優になっちゃう。だから、話したくなかったのに)  どうしたらいいかわからなくて、蒼愛は紅優にしがみ付いた。 「ちゃんと返す方法を探そう。欠片だけを返して、蒼愛が蒼愛でいられるように。そういうやり方を探そう」  紅優の言葉に、蒼愛は顔を上げた。 「エナとヒルは、俺たちが認識していなかった神様で間違いないよね? 蒼愛はそれ以上、何か知っている?」  紅優に問われて、蒼愛は徐に口を開いた。 「ヒルは、現世で捨てられた神様で、他の幽世をいっぱい、壊してきた、神様。エナも、捨てられた子だけど、壊れた世界を、直す、神様。でも今は、僕が魂の欠片を持ってるせいで、魂も汚されてて、不完全で、この国の何処かに身を、潜めてる、はず」  紅優が大きく息を吸って、吐いた。 「最初と次に生まれた不具の子、災厄の神と再生の神、か」 「……知ってるの?」  蒼愛の問いかけに紅優が頷いた。 「幽世を壊して回っている現世生まれの神様がいるって、有名な噂がある。まさか、この国に潜んでいたとはね」  一度、ぎゅっと抱き締めて、紅優が蒼愛の体を離した。 「自分だけの魂の色じゃないって知れたら、幻滅されると思った? 欠片を返して魂の色が変わったら、もう俺に愛されないって、思ったの? だから、話したくなかった?」  蒼愛は俯いたまま、頷いた。 「紅優に嫌われるの、怖かった。紅優にもう愛してもらえないのは、死んじゃうより辛いって思った。僕の、勝手な気持ちを優先して、ごめんなさい」  言葉にしたらまた涙が溢れそうになって、蒼愛は必死に耐えた。  紅優の指が蒼愛の目尻をなぞる。  まだ流れていない涙を拭ってくれているようだった。 「蒼愛の魂の色がどうなろうと、記憶を失くして俺を忘れようと、俺は蒼愛を愛してる。蒼愛が蒼愛でいられるための方法を考えよう。やり方が、きっとあるはずだから」  紅優が優しく微笑んだ。  我慢していた涙が溢れ出した。 「紅優、好き、大好き。ずっと傍に居たいよ。紅優に愛してほしいよ。紅優の蒼愛でいたいよ」  気持ちが、ぽろぽろ口から零れる。  贅沢だと思うのに我儘だと思うのに、溢れた正直な想いを無しにはできなかった。  抱き付いた蒼愛を、紅優が愛おしそうに抱き包んだ。 「もう二度と蒼愛を手放さないって、約束したでしょ。蒼愛と暮らすこの国を壊す気もない。両方、俺が守るから」  蒼愛の額に口付けて、強く抱きしめてくれる紅優は神様の顔をしていた。  失うのを恐れていた昔とは、まるで別の顔をして見えた。 「僕の、僕だけの、神様。愛してる」  寄りかかった紅優の胸は大きくて、髪を撫でてくれる手は優しい。  誰よりも愛おしい番は神様なのだと改めて実感して、蒼愛の胸に安堵が降りた。

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