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第125話 大蛇の長 八俣②

 八俣が真白を見詰めた。  真白が睨むでもなく、その目を見つめ返した。 「一つ、遺恨を片付けたい。我等は白狼の長を殺していない。しかし、白狼の里を襲った。仲間が先に傷付き死んだからだ」  八俣の言葉に、真白が身を乗り出した。 「先に白狼を襲ったのは、大蛇だろう! 長は首だけで戻ってきたんだぞ。それも闇人の仕業だと……」  真白が不自然に言葉を止めた。  紅優が後ろを振り返る。 「大蛇は獲物を丸呑みにする。首だけ返すような、やり方はしない」  真白の戸惑いをダメ押しするように八俣が言い放った。 「言われてみれば、まるで人間みたいだ。戦場で、人間は首を取って勝利を宣言するね」  紅優が目から鱗が落ちたように呟いた。 「人間みたい……。闇人は怨霊の塊だから、元人間だね」  蒼愛の言葉に、紅優が頷いた。 「よく考えたら、寧々はあの時、長の話をしていなかったかもしれないね」  紅優が思い出しながら呟いた。白狼の里を救った時の話だろう。  よく覚えていないが、真白と寧々の会話の中に長の話は出ていなかったかもしれない。  蒼愛は真白を振り返った。  真白もまた、あの時のやり取りを思い出そうと考えている顔をしていた。 「真白に重傷を負わせるほどの怪我をさせたのって、誰? どんな奴だったの?」  蒼愛に問われて、真白が矛先を失った怒りを何とか抑えながら考え込んだ。 「名前は知らねぇ。黒髪の大蛇で、腕や顔に気味の悪ぃ紋様があった。よく考えたら、長の首の辺りからも、あの紋様と同じ気色悪い気配がしていたかもって、思い出した……」  気が付いた顔で、真白が呆然としている。 「蛇々で間違いなさそうですね。紋様は恐らく闇人との契約の印でしょう。闇の呪詛の匂いかもしれません」 「そう、かもしれない。同じかもしれない……。人間の暴動があった時に、呪詛を受けた陽菜さんたちから漂っていた匂いと似ていた気がする」  井光の言葉に、真白が噛み締めるように同意している。  大きく息を吐いた八俣が、真白の前に立った。  真白が顔を上げて、一歩下がった。 「白狼の里との抗争自体が、闇人と蛇々の仕掛けた罠だったんだろう。他の種族とも何度か、似たような形で揉めている。あくまで今、思えばの話だがな」  八俣が真白に向かい、深々と頭を下げた。 「我等にとり異端であっても、蛇々は大蛇の一族に違いない。白狼の里を襲ったのは俺の命を受けた寧々だ。すまなかった。一族を代表してお詫び申し上げる」  八俣に頭を下げられて、真白がどうすればいいかわからない顔で狼狽えた。 「大蛇の一族は闇人を殲滅する。瑞穂ノ神と色彩の宝石には、協力を賜りたい。側仕の白狼に、遺恨を残したままには出来ない」  八俣の姿を見詰めて、真白がぎゅっと目を瞑り息を飲んだ。  複雑な想いが真白の中にはあるのだろう。 「長はもう、戻ってこねぇ。けど、事実はわかった。アンタの誠意は、受け取ったよ」  絞り出すような声で真白が、しっかりと言い切った。  八俣がゆっくりと頭を上げた。 「有難いよ」  そう呟いた八俣の顔は、さっきと表情は変わらない。  だが、穏やかに感じられた。  後ろでこっそりと井光が真白の背中を撫でて労ってやっている様が、蒼愛の視界の端に映った。  八俣のあまりに潔い謝罪に、蒼愛は驚いていた。  隣の紅優も呆気に取られている。 (大蛇の皆もそうだったけど、八俣も僕らが思っているよりずっと話が分かる相手なのかもしれない)  呵々や寧々は癖はあっても悪さはしてこなかった。  白狼の里を襲ったのも、自分たちの種族を守るためなら仕方がない。あの時の寧々の煽るような話し方は、今なら性格なんだろうと理解できる。 (今まで大蛇の一族が絡んでいると思っていた事件全部、蛇々と闇人の仕業なんだとしたら)  大気津の神力を利用していたのも、祭祀の時の瘴気も、スゼリに命令を出したのも、全部蛇々で、その命令の元は総て闇人ということになる。  神の側仕や神使になりそうな一族は大蛇をうまく嗾けて利用して潰してきたのだろう。その結果、大蛇の一族は神にも煙たがられる存在になった。  スゼリが蛇々を嫌って大蛇を遠ざけていたことが余計に真実を闇に葬った。  そのスゼリも蛇々のせいで神々の間で孤立していた。 (偶然もあるのかもしれないけど、これを全部、蛇々と闇人が仕組んだって、怖い)  自分は陰に隠れて他者を動かして事件を起こして、不必要な者を排除していく。  やり方の陰湿さが薄ら怖くて、背筋が寒くなる。 「一つ、聞いてもいいだろうか」  紅優の声掛けに、ソファに戻った八俣が目を向けた。 「貴方は神になるために、この幽世に来たのではないのか?」  それは神々が口にしていた八俣の野望だ。  創世記を教えてくれた時、利荔もそう話していた。  八俣の顔があからさまに歪んだ。  だが次の瞬間には、考えるような素振りになった。 「神か……。神になったらNYANCHOCOTTの限定品も、並ばずに買えるだろうか」 「ムリだと思うぜ。きっとこの国じゃ、神様も並ぶと思うぜ」  ピピが間髪入れずに突っ込んでいる。  八俣が大きな息を吐いた。 「だったら、興味がないな。背負う責任ばかり大きくて、割に合わない」 「貴方の気持ちは、よくわかった」  今度は紅優が間髪入れずに返事していた。 「なりたがる輩がいるのは知っている。蛇々も、そうだったんだろう。闇人も、同じなんだろうな」  八俣が何処からともなくクッキーが乗った皿を出した。 「このチョコチップクッキーも絶品だから、是非食してくれ」  八俣がワクワクした感じに差し出すので、蒼愛は一枚、手に取った。  普通のクッキーより大きくて、食べ応えがありそうだ。 「いただきます。……んー、美味しい。チョコが蕩ける」  美味しそうに食べる蒼愛を八俣が満足そうに眺めている。 「八俣さんはチョコが好きなんですか?」 「菓子は何でも好きだが、チョコはとりわけ好きだよ。NYANCHOCOTTはチョコレートの店だから」  チョコレートというよりNYANCHOCOTTが好きなんだなと思った。 「蒼愛様はどんな菓子が好きだ?」 「僕は餡子系が好きだけど、チョコも大好きです。今日のガトーショコラもクッキーも美味しいです」  ピピのためにクッキーを崩しながら八俣が頷いた。 「餡子系も贔屓にしている店があるから、次はそこの菓子を仕入れておこう」 「扇屋か? 俺も好きだから、俺の分も!」  嬉しそうにする八俣にピピが羽を上げている。 「これから三人でスイーツ男子会、出来るな」 「スイーツ、男子会……」  手を止めて呟いた八俣の目が期待に輝いているように見えた。 「男子会、来てもいい?」  紅優を振り返る。  眉が下がり気味だが、頷いてくれた。 「来てもいいけど、その前に色々頑張らないとね。まずは闇人を何とかしないと」 「紅優様は闇人の目的を知っているか? 囲っている死の神が何者が、御存じか?」  八俣の目が急に鋭くなった。 「死の神エナは現世で捨てられた再生の神、しかし今は魂を闇に染められ死の神になり呪詛の道具にされている。兄弟であるヒルから逃げてこの国に来た。だが今は逃げることも一人ではできない」  紅優が顔色を変えた。 「何故急に、そんな話を……。八俣殿は何故、詳しいんだ?」  八俣の目が暗く光った。 「NYANCHOCOTTの次の限定販売は二週間後だ。次のケーキは季節もので年に四回しか出ないレア商品だから、何としても男子会で食したい」  紅優が言葉を失くしている。  八俣の本気の目が紅優に向いた。 「ゆっくりはしていられない。早めにカタを付けよう。ヒルとエナについては闇人に関わるなら避けては通れん。闇人の殲滅に関して、我等大蛇の一族は瑞穂ノ神を始めとした天上と全面的に協力体制をとると約束しよう」  八俣がきっぱりと言い切った。  大人らしい話し方も出来るんだな、と蒼愛はクッキーを食べながら思った。  あんぐりと口を開いていた紅優を、後ろから井光が突いた。 「あ、あぁ。有難い。今回に限らず、大蛇の一族とは今後も友好な関係を築いていきたいと思っているよ」  何とか言葉を発した紅優に、八俣が笑顔で頷いた。 「扇屋の秋の新作は一月(ひとつき)くらい先だ。それはそれで男子会をしよう。それまでにきれいさっぱり片付けよう」  八俣に微笑まれて、蒼愛は頷いた。 「蒼愛を気に入ってくれたのは嬉しいが、どうして八俣殿はそこまで詳しい事情をご存じなのか。他にも知っている話があるのなら教えてほしいんだが」  紅優がとても戸惑っている。  癖のある神々を相手にしてきた紅優でも、八俣のようなタイプは初めてなんだろう。 「救う、といったからだ」 「……え?」 「蒼愛様が、ヒルとエナを救うといったから。一緒にスイーツ男子会がしたいと思った」  紅優が言葉を失くして固まっている。 「八俣さんは、ヒルとエナに会ったこと、あるの?」  蒼愛の問いかけに、八俣が頷いた。 「ここで俺と話を続けるより、実際に視てもらった方が早い。場所を移ろう」  八俣が立ち上がる。  その肩に、ピピが乗った。  八俣の顔が会ってから一番と言って過言でない程、引き締まって見えた。

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