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第127話 尖った心の癒し方

 蒼愛は怖くなって紅優の袖を引いた。  振り向いた紅優は笑んでくれたが、いつもの笑みではなかった。 (闇人のやり方は僕も好きじゃないし、どうにかしなきゃって思うけど。紅優が冷たい顔をするのは、何だか怖い)  蒼愛の知らない紅優になってしまう気がして怖かった。 「ヒルは、エナの居場所はわからないのか?」  八俣がヒルの体を抱き上げて椅子に座らせる。  紅優の問いかけに、ヒルが少しだけ黙った。 「声を掛けても、いつも返事がない。魂の場所は感じる。最初はこの国でも、感じた。近くに人間の魂のような何かがいるのも、わかった。でも、最近は、エナの魂を感じられない。近くにいる何かが邪魔してる。時々、苦しいって、聞こえる」  乱れたヒルの髪を梳いて直しながら、八俣が口を開いた。 「闇人の呪詛で魂を闇に染められているせいだろう。ヒルの話を聞いていて、近くにいる何かは闇人だろうと思った。神力を利用しているのだろうと思うよ。蛇々が大気津様の神力を使っていたように。呪詛で縛られているなら、自力で逃げるのは困難だ」  八俣の話は納得できた。  だから、神の宮まで蒼愛に触手を伸ばせたし、時の回廊にも入り込めたのだ。  紅優と蒼愛の経験を知らない八俣が、ヒルの話を聞いて闇人だと結論付けた。  別の場所で違う経験をしている八俣も同じ結論を出したのだから、エナを捕えているのは闇人と考えて間違いなさそうだ。 「蛇々という隠れ蓑がなくなった。新しい駒でも見付けない限り、闇人は自分で動くしかない。これから今まで以上にエナの神力を使ってくるだろう」  八俣が淡々と、独り言のように話す。  ヒルが纏う神力が凄みを増した。 「エナを苦しめるヤツ、許せない。壊したい」  怒りが神力に混ざって吹き出しているように見えた。 (強い神力……。ヒルはどうして不具の子にされたんだろう。こんなに強い力を持っているのに)  先に会ったエナも、目の前に居るヒルも、きっと弱い神ではない。幽世を何個も壊せる力があるのだ。弱いはずがない。  だからこそ、疑問だった。  八俣が懐から懐紙の包みを取り出した。飴玉を摘まんで、ヒルの口に放り込んだ。 「美味いか?」 「美味しい」  ヒルが八俣を見上げて素直に頷いた。  吹き出していた神力が落ち着いて、戻っていた。 (八俣さんはヒルの怒りや悲しみみたいな感情をスイーツでコントロールしてるのかな)  さっき、ヒルの神力から守ってくれた八俣の力は強かった。  強いし熟練の技だと感じた。  あれだけの妖力を有していながら、ヒルの攻撃を防いで動きを奪っただけだ。  落ち着けるためにケーキを食べさせたり飴を与えたりしている。 (八俣さんはきっと、力の使い方を決めているんだ。無駄に傷付けたり、しないんだ)  残虐で嬲り殺しが好きな大蛇の筈なのに、意外だ。  しかし、だからこそ興味が湧いた。 (スイーツ男子会、本当に来たいな。もっと話をしてみたい)  純粋に、八俣という大蛇に興味が湧いた。 「苦しい、か。闇の呪詛が魂を黒く染めているから声も届かないし、苦しいのか。ヒルでもわからないんじゃ、場所の特定は難しいな。蒼愛も、わからないよね」  蒼愛は無言で頷いた。  紅優が眉間に皺を寄せる。 「闇人を全員、捕縛して口を割らせるしかないか。名無も、きっと隠れているのだろうし、暗がりの平野にいるとも限らない。何としても早く炙り出す方法を……、八俣殿は……んぐ」  顔を上げた紅優の口の中に、八俣が飴玉を放り込んだ。 「美味いか?」  紅優が驚いた顔で頷いた。 「大蛇の俺が言えた義理ではないが、殺伐とした空気は神には似合わない。何より、番が紅優様の放つ気に不安がっている」  八俣と紅優に同時に視線を向けられて、蒼愛はぎくりと肩を揺らした。 「いえ、あの……。紅優が、見たことないくらい怖い顔をしているから、まるで知らない人……、神様になっちゃうような気がして、ちょっと不安になっちゃった」  おずおずと話す蒼愛に、紅優が驚愕している。  後ろから井光が紅優の頭を掴んでぐりぐり揺らした。 「続くようなら私が声を掛けようと思っておりましたよ、紅優様。ありがとうございます、八俣殿」  井光が八俣に向かい小さく礼をした。  八俣が井光にも飴を差し出した。井光が素直に口を開けていた。 「美味しいですね、扇屋のべっこう飴でしょうか」 「御存じか? 井光殿も是非、スイーツ男子会に御参加ください」 「ええ、喜んで。蒼愛様と共に参加させていただきます」  井光と八俣の間で話が弾んでいる。  その間も、紅優の気を感じ取っているのが分かった。 「紅優、僕もね、闇人はどうにかしないといけないって思うんだ。大蛇の皆や八俣さんを悪者にするやり方も好きじゃない。だから、聞いてみたいんだよ、どうしてこんなことしたのって」  紅優が俯きがちに頭を抱えた。 「俺も、聞いてみたいと思うよ。これだけ国の中を混乱させて、神々を欺いて、壊そうとする理由を。けど、それ以上に、蒼愛を何度も利用しようと危険な目に遭わせてる。腹が立って仕方がないんだ。神様だからとか、そんなんじゃないんだよ」  強く食い縛った勢いで飴が割れた音がした。 「はいはい、それでいいですよ」  井光が紅優の頭を撫でた。  紅優が思わず顔を上げて井光を振り返る。 「妖狐だった頃の貴方は、とても美しく強かった。神の番に選ばれる妖怪とは、ああいった特別なのだろうと思った。だが、その強さは時に恐ろしかった。自らを律するに慣れた心は枷が外れると暴走する。普段から、吐き出すのが良いだろう」  八俣がとても真面な話をしている。  こういう話し方も出来るのだと、蒼愛は感心した。 「……参ったな。井光さんが二人いるみたいだ」  俯いて小さく零した紅優の気は、普段に戻っていた。 (やっぱり八俣さんは優しい大蛇だ。僕の目には、そう見える)  領土で出会った大蛇は個性もあるが、野々を始め優しい者も多くいた。  八俣も同じだと思った。 「あの……、八俣さんも、人を喰うの? やっぱり嬲るの?」  蒼愛の目に映る八俣はスイーツ好きの優しいおじさんだ。  純粋な疑問を投げてみた。 「ああ、嬲るし喰うよ。それは大蛇の本能だ。だから、闇人を嬲って喰っていいなら我等大蛇にとっては願ってもない機会だよ」  八俣が飴玉を蒼愛に差し出した。  蒼愛は素直に口を開けて、べっこう飴を頬張った。 「闇人の領地は暗がりの平野、我々のお隣様だ。討伐に行くのも易いよ」  今度は真白に八俣が飴を差し出す。  真白も蒼愛に倣って口を開けていた。 「暗がりの平野になれている妖怪は少ない。討伐に協力してもらえるなら、我々は助かるが、本当にいいのか?」  紅優が半信半疑で問う。 「闇人の殲滅に関しては、瑞穂ノ神と天上に全面的に協力すると申し上げた。命じてもらえれば従う。我等も闇人には業腹だ。命令がなくても、黙ってはいないよ」  八俣が自分の口の中にもべっこう飴を放り込んだ。  ぼりぼりと噛み砕いている。 「まずはエナを探さねばならない。名無は生きたまま捕えたい。話しを聞かなければならないから。闇人を生きていると表現していいか、微妙だけどね」  紅優の話はいつもの紅優で、冷静になってくれたと蒼愛は胸を撫で下ろした。 「では名無とエナを探すところから始めようか。大蛇の側からも探索隊を出そう。生け捕りと命じておくよ。間違って喰わないようにね」  紅優の言葉を待っていたかのように八俣が頷いた。  確信めいた表情に、紅優が息を吐いた。 「想像以上に力強い味方を得られたよ。スイーツ男子会、俺も参加していいかな」  小首を傾げる紅優に、八俣が嬉しそうに笑んだ。 「やはり二週間で解決しよう。NYANCHOCOTTの秋の限定品は一妖怪一個までだから、扇屋の菓子も準備しておこう。蒼愛様が好きな餡子は紅優様もお好きか?」 「好きだよ。蒼愛が好きなものは同じように何でも好きだ」  蒼愛と顔を合わせて紅優が笑む。  胸に安堵が降りて、蒼愛も自然と笑んだ。  べっこう飴の欠片をピピにやりながら、八俣がワクワクした顔をしていた。

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