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第135話 日の神子 日照

 エナの意識の中に潜って知った事実を、蒼愛はヒルと八俣に出来るだけ丁寧に話した。  足りない部分は紅優が補足してくれた。  話を聞いている間、八俣がヒルの手を握ってくれていた。  無表情な顔が、どんどん俯いてしまうのが心配だったが、蒼愛は話しをやめなかった。 「闇人を利用して増やしていたのは、エナ。蛇々が契約した闇人名無は、エナが成りすましていたんだ。エナは初めから、この国を壊して作り直すつもりだった。神様を殺して、僕を紅優から奪うつもりでいる」  俯くヒルだけでなく、八俣も息を飲んで驚いているのが分かった。 「蒼愛はエナを探そうと試みて、魂の欠片から軌跡を辿った。居場所を聞いて助けるために探したエナの心の中で、思わぬ真実を目の当たりにしてしまったんだよ」  紅優の補足を日美子が神妙な面持ちで聞いていた。 「最初に聞いた時はまさかと思ったが、正直私は、あんまり意外でもなかったんだ。数百年前に人間が攻め込んできた時、日暗の結界が緩んだのは、ずっと疑問だった。黒い神力だと言われれば、納得できるからね。あの頃も、土に溶けた今だって大気津は、国を滅ぼしたいなんて願望は持っちゃいなかった。結界を壊すはずがないんだ」  日美子が静かに語る。 「エナ本人の神力は、本来なら未成熟で弱いはず。闇の呪詛を得て魂を黒く染めたエナは黒い神力を使う。実力以上の力を有してしまったんだ。けどそれを表立っては使わずに、誰かを隠れ蓑にして動いてきた。蒼愛に神を殺すと断言した以上、堂々と自分が動くはずだ」  紅優の説明に、全員の緊張が高まる。 「それって、蒼愛様を奪うために、神様を殺すのか? ヒルを、殺しに来るのか?」  真白の肩に乗っているピピが怯えた声を上げた。 「そんなの、俺、嫌だよ。折角、大蛇の皆が神様と仲良くなって、楽しく菓子食ったり話したりできるようになったのに。ヒルだって、自分で歩いて、笑うようになったのに、嫌だよ」  小さな体をプルプル震わせながら、ポロポロと涙を流す。  真白がピピの体を手に乗せて包み込み、頬擦りした。 「大丈夫だ、ピピ。そんな風にはならない。蒼愛様も奪わせないし、ヒルも死んだりしない。俺たちがさせない」  ピピが自分から真白に頭をグリグリしている。  そんなピピの背中を、真白が指でそろりと撫でてやっていた。 「エナは、ヒルを愛してないって、言った」  ヒルがぽつりと呟いた。 「蒼愛は、エナを殺す? エナは、要らない?」  ヒルの顔が涙で歪んでいる。  蒼愛は首を振った。 「要らなくないよ。僕はエナを助けるつもりだよ。だけど、今のままにはしない。迷惑かけた皆に、ごめんなさいってするまで、許さない。悪い事したら、謝らないとダメなんだ。その為にエナを捕まえる」  言い切った蒼愛をヒルと八俣が見詰める。  八俣が無言で紅優に視線を向けた。 「それが、天上の作戦だよ。エナはあくまで生け捕り、闇の呪詛を浄化して、本来の姿に戻す」  紅優が眉を下げて八俣に説明した。 「我等大蛇の感覚だと、作戦がぬるいと感じるが。千年以上もの間、国内を混乱せしめた異分子は処分で然るべきと考える。神々は、命を奪う行為を嫌うか?」 「いいや、同じさ。六柱の神々総てが、羽々殿と同じ見解だった。神は守るために奪いもする。そういう存在さ」  八俣の疑問に間髪入れずに答えたのは日美子だった。 「蒼愛が一歩も譲らなくてね。エナを排除するのは、今後の瑞穂国にとってはマイナスだと神々を説き伏せたんだ」  紅優が困った顔で笑う。 「エナがいなくなったら、今の問題はなくなるかもしれないけど。僕はまだ、エナの本当の気持ちを、聞いてない。本人も意識していないような、隠れた本音があるはずなんだ。それを知らなきゃ、本当の解決にはならない気がするんだ」  クイナに愛されたかった後悔を蒼愛に重ねているエナの気持ちも、日照を邪魔だと語る気持ちも、本心には違いないのだろう。  けれど、きっとそれだけではない。本人すら知らない心の奥に、本当の願望がある。  蒼愛には、そう思えて仕方がない。 「捕まえた後にエナが謝っても、皆は許す気になれないかもしれない。僕も、自分がどう思うか、わからない。だけど、今のままエナを排除したら、後悔する。それだけは、わかるから」  怒りという感情を、生まれて初めて痛感した。  エナの身勝手な心に、どうしようもなく腹が立った。 (怒りって、思考を麻痺させる。体も言葉も、衝動的に動いちゃう。それって怖いことだって、冷静になって、わかった)  エナの意識から戻って紅優の顔を見て、触れて、抱かれて、エナとの会話を冷静に思い返した。  今までの蒼愛なら取らないような態度や言葉をエナに投げたと気が付いた。 (それでも僕は、怒っている時ですら、エナを殺したいとは思わなかった)  八俣の指が伸びてきて、蒼愛の頬を突いた。 「頬が、膨らんでいる」  ぐっと押されて、空気が抜ける。  八俣がクックと笑った。 「中途半端に処分して、御霊や核だけ残って、悪さされても困るだろ。千年もの長い間、暗躍していた神子だ。処分するにしても、今がどういう状態か確認しないと迂闊にはできないからね」  日美子が困った顔で息を吐いた。 「後の世に遺恨を残さない方法は、蒼愛の提案だって結論に落ち着いたんだ。今のエナは、神が闇に堕ちた荒人神(あらひとがみ)のようなものだから、扱いを間違えば今以上の惨事につながる」  日美子に続いた紅優も、同じ顔をしていた。 「そうか。蒼愛様の提案は、先々を見越しての作戦なのだな」  八俣の言葉に蒼愛はじっと考え込んだ。 「そんなに先まで、考えたわけじゃないけど、でも」  蒼愛はヒルを見詰めた。  ヒルは俯いたまま何も言わない。  きっと、わかっているのだ。  エナが処分されて然るべきなのも、エナを捕えないとこの国が壊れてしまうのも。 (色彩の宝石を取り込む前のヒルなら、もっと感情的になって神力を暴れさせていたはずなのに)  体の成長と同じように、心も感情も成長しているのだろう。  大事な八俣やピピを失いたくないと思う感情を自覚できるのは成長だと感じた。 「ヒルは、エナが大事なんだよね。エナに、生きていて欲しいんだよね」  ヒルが俯いたまま頷いた。  自分を殺しに来る確認より先に、エナの身を案じたヒルの心が痛かった。 「エナにはまだ、隠した本音があると思うんだ。エナが本当はどう思っているのか、一緒に聞こう。それでも愛してないって言われたら、ほっぺをパンって、叩いていいと思う」  ヒルの手を取って、蒼愛は自分の頬に当てた。  顔を上げたヒルが、ポカンとして蒼愛を眺めた。 「僕も一緒に叩いてあげる。その後は、八俣さんとピピと一緒に美味しいお菓子、食べよう」  ヒルの目が笑みで歪んだ。  歪んだ目から、涙が一筋、流れた。 「蒼愛と一緒に、パンてする。でも、その前に、もう一回、謝る。エナの魂を千切ったのは、ヒル。だからエナは傷付いて、心を閉じた。悪いのは、ヒル」  握ったヒルの手を蒼愛は強く握り直した。 「ヒルは、悪くないよ。でも、ヒルが謝ってくれたら、エナはきっと救われるって、思うよ」  潤んだ瞳が笑みを灯す。  一緒になって、蒼愛も笑んだ。 「蒼愛は色彩の宝石、理の代弁者だ。その蒼愛が出した結論なら、支持して守るのが瑞穂ノ神の役割だからね。どうだろう。羽々は天上の作戦に、賛同してくれる?」  紅優が、いつものように小首を傾げた。  その顔は蒼愛や井光や真白に見せる顔と同じだ。 「大蛇の一族は瑞穂ノ神の神器だ。命に従い、動く。総ては神の御心のままに」  八俣が深々と頭を下げた。  その頭に手を付いてヒルが身を乗り出した。 「ヒルも、神器にして。紅優と蒼愛の仲間にして。一緒に、エナを捕まえる」 「ヒル、八俣さんが苦しいよ」  オロオロする蒼愛を通り越して、井光がヒルを抱き上げた。   「まずは名前を与えた方がよろしいでしょう。蒼愛様、漢字は決まりましたか?」 「うん、何となくは……」  井光に抱かれたヒルは嫌がりもせず、その顔を眺めていた。 「では、書いてみましょうか。ヒル殿も、準備はよろしいですか?」  頷いたヒルを井光が八俣に預ける。  ヒルが名残惜しそうに井光に腕を伸ばす姿を、八俣が悲しそうに眺めていた。 「では、こちらで」  八俣が準備してくれた紙と筆をテーブルに置いて、井光が蒼愛を促した。  井光に教えてもらって漢字の書き取りもしているが、まだまだ字は綺麗とは言えない。  気恥ずかしく思いながら、蒼愛は懸命に書いた名前を皆に見せた。 「お日様の日に照らすって字で、日照(ひる)。どうかな? ちょっと当て字っぽいんだけど」  予想外に皆から歓声が上がった。 「いいね、ヒルっぽい。明るい感じがして字面がいいよ」 「日の神の名前って感じがするね。センスいいじゃないか」  紅優と日美子に続けざまに褒められて、照れが増す。 「勉強の成果が現れていますね。当て字を思い付くのも、本をたくさん読んでいる証拠です。私も教え甲斐があります」  井光に手放しで褒められたのは、素直に嬉しかった。 「ヒルは、この漢字でいい?」  蒼愛の問いに、ヒルが頷いた。  漢字をあまり理解していないようにも見えるが、嫌ではなさそうだ。 「それじゃぁ、この名前に神力を込めて、ヒルに流し込もうか」  紅優と日美子が指先に神力を灯す。  灯した神力を名前に宿らせると、文字だけが紙から浮き上がった。 (名前の儀の時と、同じだ。番になる時と、側仕の二人の時も、あんな感じだった) 「ヒルは本来なら三文字の名前を貰うべき子だ。二文字じゃ、物足りないかもしれないが、欲しくなったらいつでも言いな。私らが授けてやるからね」  浮き上がった名前を日美子が指で操り、ヒルの胸に持っていく。  日照の名前が、胸の中に沁み込んだ。 「さぁ、仕上げだよ」  ヒルの顎を掴まえて、日美子が唇を重ねると、神力を流し込んだ。  ヒルの体が金色に輝いて神力が落ち着く。名前が定着したのが分かった。 「日照、可愛い名前。蒼愛、紅優、日美子、ありがとう」  日照がニコリと笑んだ。  前よりずっと可愛く笑えるようになったと思った。 「続けて、神器の契りをしても、いい?」  紅優の問いかけに、日照が頷く。  その顔を確かめて、紅優が指の先に神力を灯した。 「瑞穂ノ神の名の元に命ずる。鏡の神器、日の神子、日照」  神力が灯った指先を日照の額に押し当てる。  焼けるような音がして、紅優の神力が日照の中に流れ込んだ。  同じ場所に唇を押し当てて、更に濃い神力を流し込む。  日照の目が薄く閉じて、ぼんやりとした。 「日照、大丈夫か?」  抱いてくれている八俣の問いかけにも、日照は呆然としている。 「瑞穂ノ神様の神力は、強くて、熱い。羽々はどうして、平気なの?」  八俣の胸に凭れ掛かって、日照がウトウトしている。 「俺も、強いと思うよ。これ程の神力に触れたのは、初めてだ」  八俣が話すと何でもないように聞こえるが、きっと本音なのだろう。 「眠っていい。ベッドに連れて行ってやるから」 「うん……」  日照が八俣の腕の中で寝息を立て始めた。 「日照にはちょっと強かったかな。まだ、子供だもんね」  紅優の呟きを、蒼愛は不思議に思った。  日照も充分に長く生きているし、強い神力を持っていると思うのだが。  育ちきっていないから子供、神子なのだろうか。 「紅優様の神力を受け止めきれる妖怪は、そうは居ないだろう。ウチの側近五蛇でも、野々か楜々くらいかと思う」 「え? そんな感じ?」  八俣の言葉に紅優の方が驚いていた。   「井光さんでも頭が痛くなっちゃうくらいだもんね」  蒼愛は井光を見上げた。 「蒼愛様の神力も、紅優様と同じくらい、強いですよ」 「え? そんな感じ?」  紅優と全く同じ反応をした蒼愛に、井光がニコリと笑みを返した。

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