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第137話 開戦の狼煙

 蒼愛たちは日美子を残して大蛇の領土を後にした。  日美子は「しばらくの間は日照の側にいてやりたいから」と残った。八俣も快く受け入れてくれた。  ピピに一世一代の告白を強行した真白は「前向きに検討してやる」というピピの言葉を聞いて、上機嫌で天上に戻った。  瑞穂ノ宮に戻った次の日。  まるで蒼愛たちの動きを見ていたかのように、事件は起こった。  暗がりの平野と風の森に闇人が大量発生した。  当初、三十体前後と目されていた闇人は有に二百体を超える数だった。それらの闇人に自我はなく、遠隔操作されているのは明らかだった。相手の神力や妖力を感じ取って攻撃を仕掛けてくるらしい。  調査から引き続き対応してくれている月詠見・火産霊や志那津、大蛇の討伐隊からの報告は、内容が同じだった。 「エナが、動き出したね」  報告書に目を通していた紅優が、確信を持って呟いた。  蒼愛は両手を強く握りしめた。  その手を、紅優がそっと包んだ。 「今はまだ、ダメだよ。月詠見様か火産霊の合図があるまで、蒼愛も俺も、動いちゃダメ」  蒼愛は唇を噛んだ。  前回の寄合で、エナ捕縛に関しての作戦は入念に話し合った。  先走った勝手な行動で、総てを無駄にするわけにはいかない。  蒼愛は無言で頷いた。 「いつでも出られるように準備だけは整えておきましょう。蒼愛様、瑞穂玉と色彩の宝石は持っていますね」  井光に問われて、蒼愛は懐から巾着を取り出した。  日照に渡したのと同じ色彩の宝石と、別の大きめの巾着に沢山の瑞穂玉が入っている。 「これだけあれば、大丈夫。井光さんや真白は、大丈夫? ちゃんと持ってる?」  蒼愛の不安げな問いに、井光と真白が懐から瑞穂の玉を取り出した。 「肌身離さず、持っておりますよ」 「これを持っているだけで、神力が湧いてくるから、不思議だよな」  真白が不思議そうに玉を眺める。  神々と側仕の面々には、瑞穂玉を渡してあった。護身用の呪詛対策だ。一人、最低三つは持ってもらっている。 (それでも、この玉だけじゃ足りない。エナは他者の動きに便乗して身を隠しながら奪いに来る)  依代を失い、正体を明かした今でも、やり方は変わらないだろう。  蒼愛の強張る体を、紅優が優しく抱いた。 「大丈夫だよ、蒼愛。神様も側仕の皆も弱くない。信じなきゃ」  紅優が蒼愛の髪に口付ける。  自然と安心して、蒼愛はこくりと頷いた。 「紅優! 蒼愛様!」  バサバサと羽を羽ばたかさせて、陽菜が瑞穂ノ宮に降り立った。 「暗がりの平野で応戦していた月詠見様の核が、奪われた!」  息を切らせる陽菜の言葉に、紅優と蒼愛は息を飲んだ。 〇●〇●〇  暗がりの平野、数時間前。  数日前から一気に増えた闇人を駆逐すべく、月詠見は火産霊や側仕の世流と吟呼と共に応戦していた。  今は大蛇の討伐隊が共戦してくれている。  一隊を率いる楜々は、大蛇の割に気の良い男で会話もしやすく助かっている。 「喰っても喰っても減らねぇなぁ。流石に腹ぁ膨れてきたぜ」  月詠見が神力で浄化し、火産霊が炎で消滅させるのに対し、大蛇は文字通り喰っている。  嬲りながら喰っていいとの命に、最初は活気のあった大蛇も、動きが鈍ってきた。  丸一日喰い続けるのは流石にしんどいだろう。  一週間に一人の人間を喰えば命が繋げる生き物だ。番があれば一月に一人で足りる。  闇人に血肉がなく、魂しか喰う場所がないとしても、数が多すぎる。 「誘き寄せてくれたら、俺が焼き尽くすぜ。無理して食うなよ。腹、壊すぞ」  火産霊が心配している。  性格が似ているせいか、楜々とは気が合うらしい。 「そりゃ、助かるぜ。仲間にも、火産霊様か月詠見様のとこに集めろって伝達するな」 「いや、できれば火産霊で頼むよ」  月詠見の言葉に、楜々が顔を向けた。 「読み通りなら、そろそろ本命が動き出す頃合いだ。俺の出番だと思うから、火産霊たちは俺から離れてね」  火産霊の顔が引き締まった。  隣の楜々が顔をしかめている。何かが納得いかない様子だ。 「作戦は長から聞いちゃいるが、本当にやんのかよ。あんたらは神様なんだ。本当なら俺らに任せて、天上で高みの見物決め込んだって、良かったんだぜ」  今までなら、そうしてきただろう。楜々の顔はそう語っている。  確かにその通りだから、反論する気もない。 「エナの狙いは神様だ。殺すと言っていたらしいが、その気は恐らくない。この国を作り直したいのなら、俺たち七柱の神の核を欲しがるはずだ。幽世の自然を維持するためにね」  瑞穂国が豊かな自然を維持できるのは、六柱の神が存在するためだ。核さえあれば神の神力だけを使える。瑞穂ノ神の核を手に入れれば、六柱の神の核を維持できる。今の自然をそのままに維持できる。 「エナはきっと、朴木を枯らしたくないだろうからね」  クイナが植えた友情の木。エナとクイナの出会いの木だと、蒼愛は話した。 (俺たちが入るよりずっと前から、エナはこの幽世を見てきたんだな)  エナの暗躍と暴走はまるで、今の瑞穂国はクイナの理想の形ではないと、突き付けられた想いだった。  だからこそ、先陣は自分でなければいけない。クイナに最初に瑞穂国を任された神でなければいけない。仮に月詠見が死んでも、日美子と淤加美がいる。創世からこの国を作ってきた仲間が、後を引き継いでくれる。 「高見の見物にも飽きたからねぇ。そろそろ神様も本領発揮しないと、愛想尽かされちゃうよね」  幽世にも国の民にも、紅優や、蒼愛にも。  瑞穂国が選んだ色彩の宝石という理は、淤加美と月詠見が長年、どうにもできなかった問題を次々、解決していった。期待以上の成果をもたらしてくれた蒼愛に、この身を持って報いなければ立つ瀬がない。 「狙われてんなら、余計に隠れてりゃいいだろ。核を壊されたら、神様だって死ぬだろ。危険すぎるだろ」  俯きがちに楜々が小さな声で話す。  心配してくれているのだろう。数日の付き合いだが、裏表のないさっぱりした性格は理解している。 「危険だから、俺が先陣なんだよ。こういうのは、提案した奴が先に手本を見せないとね」  火産霊に目配せする。  険しい顔ではあるが頷いてくれた。  火産霊も楜々と同じような想いを殺して、月詠見に賛同してくれているんだろう。 「あー! くっそ! 神様なんざ好きじゃねぇけどなぁ! 火産霊様は良い奴だし、アンタだって、何考えてるかわかんねぇけど、悪い奴じゃねぇよ。ちゃんと守ってやるから、死ぬんじゃねぇぞ!」  楜々が月詠見の胸を思い切り叩いた。  勢いが強くて体が仰け反った。 「八俣様の屋敷で、日美子様が日照の面倒を見てくれてる。ついでに俺たちの世話まで焼いてくれてよ。日美子様と、番なんだろ。アンタを見殺しにしたら、顔向けできねぇ」  大蛇であることを忘れるような気の良い青年に、月詠見は苦笑した。 「頼りにしてるよ、楜々。俺の後は火産霊を頼むね」  やはり納得のいかない顔ではあったが、楜々が素直に頷いた。 「じゃ、俺たちは少し離れるか。念のため、世流だけは近くに置いとくぜ」  八咫烏の姿で闇に紛れる世流に目配せすると、火産霊が楜々を連れて離れていった。  背後から、禍々しい気が近付いてくる。  隠れることをやめた災厄の神は、敵意すらも顕わに堂々と神に喧嘩を売りに来たらしい。 「正面突破とは、意外だね。さて、どんな恨み辛みを聞かせてくれるのかな」  両手に暗の神力を展開して、月詠見は膨れ上がる黒い神力に向き合った。 〇●〇●〇 「月詠見様の後は、火産霊様の核が奪われて。体は二人とも大蛇が素早く回収してくれて、傷一つない。世流が水ノ宮に運んで、淤加美様と縷々が魂を保護する治療をしてくれてる」  陽菜が悔しそうに語る。  普段、明るい陽菜からは想像もできないような表情に、蒼愛は息を飲んだ。 「暗がりの平野の闇人は、どうなりました?」  紅優が冷静に陽菜に問う。 「月詠見様と火産霊様の核を奪ったら、嘘みたいに消えた。神力を追って、風の森に移動したんだと思う。風の森は今、志那津様と伽耶乃様が大蛇と共戦して闇人を狩ってる。吟呼も森に移動してる」  辛そうに語る陽菜を前に、紅優が蒼愛と顔を見合わせた。 「俺たちも、風の森に移動しよう。森の中で、全部終わらせる」  紅優に向かって、蒼愛は力強く頷いた。  二人の前で、陽菜が項垂れた。 「作戦だってわかってるけど、月詠見様や火産霊様が動かなくなってる姿を見るのは、辛いよ。核が壊れたら神様は死んじゃうのに、その核を囮に使うだなんて。日美子がああなったら、俺、耐えられない」  蒼愛は陽菜の肩をそっと撫でた。 「俺も最初は反対だったけど。月詠見様の気持ちは、少しだけど俺にもわかるんですよ。ああ見えて責任感が強い神様ですからね」  蒼愛と同じように、紅優が陽菜の肩に手を置いた。 「エナに神々の核は壊せない。奪われた核は必ず取り戻す。だから陽菜さんも、一緒に最後まで頑張りましょう」  顔を上げた陽菜が泣きそうに頷いた。 「紅優が神様みたいに見える」  目を潤ませた陽菜が紅優に抱き付いた。  紅優が苦笑していた。 「月詠見様が先陣切って上げてくれた狼煙です。有効に使わないと、目が覚めてから叱られてしまいますから」  そう語る紅優の目には、確かな怒りが灯っていた。 【補足説明:神の核と魂】  神様には命を維持する魂と、神力を維持する核が存在します。  どちらかでも欠ければ意識を保てず昏睡状態になり、どちらかでも傷ついたり壊れれば死にます。  現世の神は霊体に近いので核しか持っていません。  瑞穂国の神々は人間と同じように実体があるので、神を神たらしめる核の他に魂を持っています。

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