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第140話 色彩の宝石の怒り

 真っ白な世界に、金色の雨が降り注ぐ。   キラキラと美しい浄化の雨は、その場の穢れたモノを総て、白く戻した。  数珠のように連なった瑞穂玉が蒼愛の周りを、らせん状に包む。  神力が吹き出して、玉に包まれた蒼愛の周囲に筒状に立ち昇った。吹き上げる神力の勢いが強くて髪が逆立ち揺れてるのが、自分でもわかった。 「よくも奪ったな。この僕の目の前で、色彩の宝石の目の前で、最も守るべき瑞穂ノ神を、よくも傷付けたな」  目を見開き、エナを凝視する。 「黒い神力が、弾け飛んだ? 蒼愛の神力は、私に流れるはずなのに」  エナがその場に尻もちをつき、引き攣った顔で蒼愛を眺めた。 「お前は、最もしてはいけない行動をとった。瑞穂国の理を守る瑞穂ノ神を殺す行為は、色彩の宝石を始めとしたこの国を敵に回す行為だ。僕の怒りに触れる行為だ」  言葉を発するたび、纏う神力が揺れる。  静かな怒りが、発する言葉にまで神力を纏わせる。  怯えた顔のエナが後ろに仰け反り、逃げようと足掻いた。  静かに歩み寄りながら、逃げるエナを追う。  蒼愛は両手に浄化の炎を展開した。  紫色に燃え盛る蒼愛の手の上の炎を見上げて、エナが小さな悲鳴を上げた。 「裁きを与える。自らの罪に焼かれて思い知るといい。お前がこれまでしてきた行いの、愚かな結末を」  完全に怯えて腰を抜かしたエナが、恐怖を顕わにして首を振った。 「蒼愛まで、私を排除するのか? 同じ魂を持つ蒼愛まで、私という存在を否定するの?」  エナが蒼愛に手を伸ばす。  震える指先を、蒼愛は只々眺めた。 「エナという存在を、否定しない。だから、罰を与える。排除するのは、僕じゃない。エナ自身だ」  蒼愛は左手の炎をエナに向かって投げた。 「嫌……、嫌だ、嫌だ! 苦しいのは、辛い。痛いのは、怖い。そんな想いはもう、したくない」  蒼愛に背を向けて逃げようとするエナを、紫の炎が包んだ。 「ぁあ! 熱い! 痛い、体が焼ける、溶ける。助けて、蒼愛!」  炎に焼かれるエナが蒼愛に向かい、手を伸ばす。  紫色の炎に巻かれて震える指先を、蒼愛はやはり静かに見詰めた。 「その痛みが、罰だよ。痛い思いや辛い思いから逃げるために他者を利用し貶めたエナへの罰だ」  恨めしい目を蒼愛に向けるエナの顔は苦悶で歪んでいる。  蒼愛は右手の炎をエナに向かい、掲げた。 「嫌だ、やめろ。その炎を投げたら、私は……」  恐怖で怯えながら、エナが憎悪に塗れた目で蒼愛を睨む。 「僕に殺してと訴えたのは、エナだ。希望を叶えてあげる。死ぬきっかけを、僕があげるよ」  蒼愛はエナに向かい、右手の炎を放った。  紫色の炎が真っ赤に色を変えて燃え盛った。 「ぁああ! 熱い、焼ける。力が、焼ける……」  エナの胸の中で、黒い炎が燃えた。  真っ黒く染まった魂と核が燃える。黒かった魂が真っ白に戻った。   「私の黒い神力が、闇の呪詛が……、消えて、なくなる」  エナが震える手で自分の胸を押さえた。  自分の魂を感じながら、驚愕の表情になった。  魂と核に、鎖が捲き付いているのが見えた。   「なんだ、この鎖は……。神力を感じない。力が、出せない」  エナの体が見る間に縮んでいく。  青年だったエナの姿は、蒼愛が最初に会った少年の姿まで幼くなった。  蒼愛はエナに向かい手を翳した。 「神々が核に姿を変えてまでエナに施した、封じの印だよ。お前の神力を封じ、お前という存在を封じる術だ。術の効果を高めるために、神々の核を守るために、紅優は神力を使っていた。だから結界が脆かったんだ」  伸ばした手の先から、瑞穂玉を投げ込む。  エナを巻く赤い炎が激しさを増した。 「あ! あぁ! 苦しい、痛い。もう、やめて……」  痛みに苦しむエナに、蒼愛を睨む余裕は消えていた。  ただひたすらに炎が与える苦痛に耐えている。 「千年以上も他者を良いように苦しめてきたのに、自分はこの程度で根を上げるの?」  苦痛に顔を歪めるエナが、泣きながら蒼愛に目を向ける。  許しを懇願する表情にも、蒼愛の意志は揺るがない。 「蒼愛は、蒼愛だけは、私の心を理解してくれると、思ったのに。妖狐に選ばれて、生きる未来を得て、特別になった蒼愛には、私の気持ちなんか、わからなくなったんだね。誰にも愛されない私の気持ちは、やはり誰にも理解できない」  エナから流れた涙が炎の熱で気化した。 「届く愛から怯えて逃げて、自分に都合のいい愛だけを得ようとしただけでしょ。本当の気持ちを誤魔化して、欲しい気持ちが手に入らないと駄々をこねる。エナは只の我儘な子供だよ」  エナの体から力が抜ける。   炎に身を任せて、浮いた体を投げ出しているように見えた。 「日照と向き合うのが怖かった? 可哀想な自分に酔っていたかった? 好き勝手する大義名分が、欲しかった?」  蒼愛の言葉に、エナの表情が動かなくなった。  只々、与えられる苦痛に耐えている。  流れては気化する涙をそのままに、エナがぼんやりと空を眺めた。 「……魂を引き千切った日照が、本当は私を愛しているなんて、怖くて、信じられなかった。どんなに私が愛しても、クイナは私を置いて現世に戻って、勝手に死んだ。期待して、裏切られるのは、痛い。失うのは、怖い。だから、どうでもいい生き物だけ側に置いて、利用した。自分の心を、守っただけだ。何がいけないんだ!」  吐き出すようにエナが声を荒げる。  炎がまた激しくなり、エナの皮膚を焼いた。 「痛い! 熱い! 嫌だ、もう嫌だ。嬲るくらいなら、いっそ、殺して」  エナの目が蒼愛に訴える。  その言葉が本気でないと、助けてくれと訴えているのは、よくわかる。 「この国は千年耐えた。エナは僕の目の前で紅優を殺した。同じ痛みをエナにも味わってもらう」  蒼愛はもう一つ、瑞穂玉を炎に投げ込んだ。  赤かった炎が黒く色を変え始めた。 「黒い炎……、魂まで、燃える。消えたくない、死にたくない、怖い。嫌だ、もう嫌だ」  黒い炎がエナの魂を焼き始めた。  声すら出せない痛みに、エナが歯を食いしばって耐える。  らせん状に蒼愛をとり囲む瑞穂玉の中から、蒼愛は一粒を手に取り、エナに翳した。 「最後だよ、エナ。エナが本当に欲しかったモノが何か、僕に教えて」  浅くて速い呼吸を繰り返しながら、呆けた目でエナが息を飲んだ。 「……愛していると、笑いかけてほしかった。朴木の葉を撫でた優しい手で、また撫でてほしかった。私を守ってくれる腕の中で、安心したかった。お前が大切だ、愛していると、言われてみたかった。……私に向けたのと同じ笑顔で、笑って、みたかった」  とめどなく流れる涙を、黒い炎が焼く。 「そう、わかったよ」  短く返事して、蒼愛は最後の玉を黒い炎に投げ込んだ。 「結局、誰にも愛されないまま、死ぬのか」  激しさを増す黒い炎の中で、エナが目を閉じて呟いた。 「愛を知らないエナは、愛がどんなものか、わからないんだ。僕も知らなかったよ。一人じゃ、知れない感情だから。教えてくれる相手を拒絶し続けるエナには、永遠にわからない。だからこれが、最後のチャンスだよ」  エナがゆっくりと目を開いた。  投げ込んだ玉がエナの目の前で強く光った。  白く輝いた玉が大きさを増して、鏡のようになった。  鏡はさらに姿を変えて、人の形になった。 「……日照?」  エナの目の前に、日照の姿が現れた。 「エナ、ごめんね。最初に会った時、日照がエナの魂を千切っちゃったから。だからエナは傷付いて、誰も信用できなくなっちゃった。全部、日照のせい。ごめんなさい」  謝る日照を、エナがぼんやりと見詰める。   「あの時、エナを抱き締めたかった。要らないって捨てられた日照を探して見付けてくれたのが、嬉しかった。エナと一緒に生きたいと思った。だけど日照は、触れたものを壊すから。エナも壊しちゃった。それでも、一緒に居たかった」  日照がエナの手を取った。  エナの顔が怯えて、手が逃げようと震える。  握っても何も起こらない日照の手をエナが驚いて見詰めている。 「今も、一緒に生きたいと思う。この国なら、日照もエナもきっと幸せになれる。だから一緒に生きよう。幸せになろう」  日照が握るエナの手が震えていた。 「もう、壊さないで、触れられる? どうして……?」  驚愕の表情で、エナが日照を見詰め返した。 「この国で日照は愛を教えてもらった。だから、壊さなくなった。今度は日照がエナに教える。教えてもらった愛を日照がエナに、いっぱいあげる」  日照がエナに向かい、微笑んだ。  その顔を、エナが息を飲んで見詰めた。 「……ここに、炎の中に居たら、日照まで燃える。早く、出て。私はもう、生きられないから、だから」  日照がエナを抱き包んだ。 「燃えないよ、死なないよ。一緒だったら、生きられるよ。愛し方も、愛され方も、笑い方も、一緒に覚えよう。一緒に、笑えるようになろう。日照はエナと、一緒に生きたい」  日照の腕に抱かれて、エナの目がまた涙で潤んだ。  抱きしめてくれる腕に縋りついて、日照の胸に顔を埋めた。 「また拒絶されるのが、怖かった。要らないと言葉にされるのが、怖かった。だから、声を遮った。ごめん、日照、ごめん。私は、日照に愛してもらう資格なんかない。でも……、……一緒にいたい」  小さな声を拾い上げて、日照がエナの顔を抱いた。 「日照も、一緒にいたいよ。やっと会えたね、エナ」  日照の胸の鏡から発する光が、エナを包み込む。  黒かった炎が、白い炎へと変わっていった。  白い炎が日照の発する光に吸い込まれていく。  エナを焼いた炎は、完全に消えた。  千年の追いかけっこを終えて、ようやく二人が出会えたのだと思った。  エナを抱きしめる日照はまるで神話に出てくる聖母のように優しくて。  日照に縋り付いて泣くエナは、まるで愛を求めて彷徨う子供のようだった。

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