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第151話 半分こ

 フワフワと嬉しい気持ちに酔いしれながら、蒼愛は目を開いた。  隣りに寝ている紅優が、蒼愛の胸に手を当てて、顔を覗き込んでいた。   「紅優……?」 「やっぱり、核になってる。夢じゃ、なかったんだね」  紅優の目が薄ら潤んでいる。  蒼愛は紅優に腕を伸ばした。  半身を起こした紅優が蒼愛に被さって、小さな体を覆い尽くすように抱きしめた。 「蒼愛……、蒼愛。目覚めてくれた」  紅優の手が震えている。  蒼愛を抱く腕の力がいつもより強い。 「僕はもう、紅優を悲しませたりしないよ。これからはずっと、手を繋いでいられるから」  蒼愛は紅優の左手を握って持ち上げた。 「命の糸が結んであるから、僕がずっと紅優の手を握っているのと、同じだよ」  幽世が二人の未来を約束してくれた。  永遠の祝福をくれた。離れたりは二度としない。  この国で生きる限り、番の絆は永遠だ。  嬉しくて、自然と笑みが零れた。  紅優が蒼愛の左手を包む。 「蒼愛にも、俺の命が結ばれてるね」  愛おしそうに、紅優が蒼愛の薬指の赤い糸をなぞった。  その指が蒼愛の頬を撫でる。 「ちゃんと蒼愛だ。蒼愛のまま、戻ってきてくれた。本当に良かった……」  蒼愛を抱きしめる紅優の声が、震えていた。  紅優の姿を不思議に思いながら、蒼愛は周囲を見回す。  見覚えのある部屋だと思ったら、水ノ宮の癒しの間だ。 (小碓から神様の核を取り戻すのに苦戦して、皆、怪我したから。……真白と井光さんはかなり重症だったし、紅優だって……)  風の森の平原での出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。  自分がしてしまった行為に気が付いて、血の気が下がった。 「……ぁ、ぁ……。僕、皆を……」  声に出したら余計に恐ろしくなって、体が震えた。 「紅優……、僕、紅優に、なんて酷いこと……。紅優を攻撃、して……、怪我、させて……」  手が震えて、紅優の腕を巧く掴めない。  言葉もうまく出てこない。  目が涙で潤む。 (皆が重症なのは、僕のせいだ。攻撃して、怪我させた。殺そうとしたのは、僕だ)  闇の呪詛に支配されて、黒い神力が身体中を満たし溢れた。  黒く染まった心のまま何の抵抗もなく仲間を手にかけた。紅優を危うく自分の手で殺してしまうところだった。  蒼愛を見下ろす紅優が、溢れる涙を拭った。 「呪詛を受けていた間の記憶、やっぱり消えてなかったか」  紅優の残念そうな声が聞こえて、頷いた。  とめどなく流れる涙のせいで、紅優の表情が見えない。 「忘れててくれたら、良かったんだけどね。けど、どんな形でも、知ったら蒼愛はきっと後悔するんだよね」  忘れていたかった。  自分がしてしまったこと全部、なかったことにしたい。  たとえ蒼愛が忘れても、井光や真白に羽々、紅優が負った傷は消えない。  蒼愛はぎゅっと目を瞑った。目の端から涙が零れ落ちた。 「大好きなのに……、皆が大好きで、大切なのに。いっぱい攻撃した。酷いこと、いっぱい、した」  あの時の光景も自分の状態も、覚えている。  気持ちが昂って、とにかく殺したくて、攻撃するのが楽しくて仕方なかった。  あの時の自分に沸き上がった感情が恐ろしくて、また涙が溢れた。 「ごめん、ごめんなさい……。僕が、紅優や、皆を、いっぱい、傷付けた。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさ……」  何千回、何万回謝っても、足りない。蒼愛が紅優を、仲間を殺そうとした事実は消えない。  どうしたらいいか、わからなくて、謝ることしかできなかった。 「蒼愛のせいじゃないよ。本来の蒼愛が誰も傷付けたくないって思ってるのは、みんな知ってる。そんな蒼愛をあんな風に変えてしまうくらい、呪詛が恐ろしい術だって、よく知ってる」  溢れて溢れて止まらない涙を、紅優が何度も拭ってくれる。  紅優の目が、頭上に向いた。 「井光さんも真白も羽々も、生きて帰ってきた。治療中だけど、命に関わる怪我じゃない。誰一人、蒼愛のせいだなんて思っていないよ」  紅優につられて蒼愛は目を上げた。  井光と真白と羽々が布団で眠っていた。隣の布団では志那津が眠っている。  全員が癒しの水で全身を包まれている。淤加美の術だと、すぐにわかった。 「淤加美様の癒しの水……、神様の核は、戻ったの?」  紅優を見上げると、微笑んで頷いた。 「神様の核は無事に戻ったよ。志那津様の体も無事だよ。蒼愛が頑張ったからだよ」 「僕は、頑張ってない……、僕は……何もできてない」  小碓に種を植え付けられて、闇の呪詛を流し込まれて、何もわからなくなって、仲間を攻撃しただけだ。  自分の状態を反芻したら、また涙が滲んだ。 「僕がいなければ、誰も怪我しなかった。紅優だって、もっと早くに小碓を浄化できたでしょ」  目を瞑って涙を拭う蒼愛の手を、紅優が掴んだ。  ビクリと体が震えて、思わず目を開けた。  紅優が自分の胸に蒼愛の手を当てた。 「蒼愛が呪詛にかかって攻撃を仕掛けてくれたから、小碓に近付けた。呪詛に抗おうとした蒼愛が壊れてしまうのが怖くて、最後の手段を使った。俺や皆を助けてくれたのは、蒼愛がくれた色彩の宝石だよ」  紅優の胸の中で、色彩の宝石が熱を発する。  切なくて痛い紅優の想いが流れ込んでくる。 「謝らなきゃいけないのは、俺だよ。蒼愛が目の前であれだけ酷い目に遭っていたのに、泣きながら助けてって訴えるまで、決断できなかった。俺が、蒼愛を壊してしまうところだった」  紅優が蒼愛の手を強く握る。  その手は震えていた。 「ごめん、蒼愛。失いたくないと思っているのに、何よりも大事なのに、俺が蒼愛を犠牲にしたかもしれなかったんだ」  紅優の辛そうな表情が、更に歪む。  蒼愛は紅優が握ってくれている手を握り返した。 「紅優が、そんな風だから……。だから僕は、ずっと手を握っていたいんだ。隣に居たいんだ」  さっきとは違う涙が、頬を伝った。  他者の辛さや悲しみまで吸い込んで、感じなくてもいい負い目を感じてしまう紅優だから。  小碓を殺す時ですら、一人で背負い込んで、自分が手を下して全部、引き受けた。 「僕の呪詛も、小碓の命も、紅優が全部一人で背負い込むの?」  紅優が目を見開いて蒼愛を見詰めた。 「俺が小碓を消した時、意識があったの?」  蒼愛は首を振った。  総てを観て聴いていたわけではない。けれど、紅優の胸の中の色彩の宝石から流れ込んでくる痛みだけで充分、感じ取れる。 「紅優の心を感じただけだよ。全部、自分で引き受けようとする紅優は狡い。命を奪う痛みまで、一人で背負い込むのは、狡いよ」  悲しくて、辛くて、蒼愛の目が潤む。  紅優が目を逸らした。 「背負い込もうなんて、思ったわけじゃない。蒼愛に手を出されて、怒りが抑えられなかった。その怒りに任せて殺しただけだ。充分、身勝手な感情で、俺は小碓を消したんだ」  蒼愛は腕を伸ばして顔を上げると、紅優の唇に口付けた。 「僕のために怒ってくれたんでしょ。紅優は身勝手に暴走なんかしない。命を蔑ろになんかしない。守るために消す決断をして、一人で抱え込んで辛くなっちゃう神様だ」  伸ばした腕を紅優の首に絡めて、引き寄せた。 「皆が起きたら、いっぱい謝る。僕が皆にしちゃった暴力は消えないけど、許してもらえるまで謝って、ちゃんと前を向くから。後悔するだけで立ち止まったりしないから」  紅優の頬を両手で包み込んで、蒼愛は目を合わせた。 「だから紅優の辛さを僕にわけて。僕を助けたせいで、紅優の胸が痛むなら、僕は紅優と一緒に辛さを抱えたい。僕らは二人で一つだから、辛いのも半分こだよ」  顔を上げて、もう一度、紅優の唇に口付ける。  されるがまま蒼愛の顔を眺めていた紅優の顔が、小さく歪んだ。  泣きそうだった顔に、徐々に安堵が上った。 「蒼愛には、敵わないな。ずっと側にいるのに、蒼愛はいつの間にか、どんどん強く逞しくなって、優しくなる」  紅優の指が、蒼愛の唇を摘まんだ。  いっぱいムニムニされて、何も話せない。  番になったばかりの頃にも同じようにされた気がする。 「俺が欲しい言葉ばかりくれる唇に、甘えたくなる」  紅優の唇が降りてきて、蒼愛の唇と重なる。  寝転がった紅優が蒼愛を腕に抱いた。  蒼愛の手を握ると、指を絡めた。 「手を握って、一緒に眠って。悲しくなったら、抱きしめて。それでも辛くなったら、蒼愛が俺の涙を拭って」  手を握ったまま、蒼愛は紅優の顔を胸に抱いた。 「紅優一人に背負わせたりしないよ。後悔も反省も、これからは二人でするんだよ。嬉しいも悲しいも、これからは二人で感じるんだよ」  結彩ノ神になり、永遠の祝福を貰った蒼愛の特権だ。  一番近くで紅優を癒せる。紅優を支えられる。  それが堪らなく嬉しかった。 「紅優の涙を拭って良いのは、僕だけ。僕を独占して良いのは、紅優だけ。だから、紅優も僕を抱きしめて。僕の反省と後悔を、一緒に抱えて。僕を癒して」  紅優の腕が蒼愛の背中に回る。 「抱きしめたら、癒されるのは俺だよ。俺も蒼愛を癒したいのに、巧くいかないね。弱い俺を愛してくれる蒼愛に、俺は最初から甘えっぱなしだ」  回した腕を引き寄せて、紅優が蒼愛の体を抱きしめた。 「大丈夫、ちゃんと半分こできてるよ。抱きしめてもらって、僕も嬉しいから。このまま、くっ付いて寝てもいい?」  心と心を寄せ合って、くっつけて、溶けてしまうまで、抱き合っていたい。 「ん……、俺も、このまま寝たい」  いつもよりずっと甘えた声で、紅優が囁く。  その声がもう眠そうで、嬉しくなった。 (僕の後悔を先に許して、癒してくれたのは、紅優なのに。そんな風には思っていないよね)  呪詛にかかって仲間を攻撃した蒼愛を最初から許して、呪詛を解くのを躊躇った自分を責めて。  そんな紅優を放っておけないから、前を向こうと思えた。  誰よりも強い神様は、誰よりも優しくて、落ち込みやすくて、一人で悲しみを抱え込む。 (僕なんかより、ずっとずっと優しくて強いのに、そんな風に思ってない)  そんな紅優が愛おしくて堪らない。 「紅優、ありがとう、大好き。これからは、一人で抱え込ませたり、しないよ」  額に口付けを落として、紅優の顔を抱きしめる。  甘えるような仕草で蒼愛に抱き付く紅優が、可愛かった。  頑張る勇気、後悔と向き合う勇気、前を向く勇気、愛し続ける勇気。  色んな勇気をくれる恋人を愛おしく思いながら、蒼愛は目を閉じた。 「蒼愛が、居なくならなくて良かった。愛してるよ」  握った手を持ち上げて、紅優が薬指に口付ける。  命の糸が結ばれた指から、紅優の熱くて甘い神力が流れ込んだ。  言葉以上の愛を注がれて、蒼愛は熱くなる胸を感じながら、愛おしい番を抱きしめていた。

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