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第155話 人気店の秘訣

 羽々とピピの姿に、蒼愛の目が潤んだ。  ピピと羽々の関係は、あっさりしていて、それでいて深い。親子のような友達のような二人にしかわからない絆があるのだろうと思った。  ピピの姿を見付けてからずっと見詰めている真白も、志那津を羽交い絞めにしたまま、二人を静かに見守っていた。 「皆、目覚めたようだね。大事ないなら、広間に出ておいで。明灯と緑風が持ってきてくれたケーキで慰労会をしよう」  淤加美が皆に目を向けた。  落ち着いたらしい志那津が真白の腕から離れ、立ち上がった。 「全員、動けるだろう。折角の心遣いだ。羽々殿のおこぼれにあずかろう」  志那津が素直にケーキが食べたいと言っている。  珍しいなと思った。  そんな志那津の手を、羽々が握った。 「志那津様の御気遣いに感謝する。俺は紅優様の神器だが、何かあれば志那津様の御役に立とう。貴方を二番目に崇拝する」  手をぶんぶんと振られて、志那津が照れた目を逸らした。  もう瘴気が出ていないから、手を握られても大丈夫なようだ。 「並んでくれたのは緑風だ。同じNYANCHOCOTTのファンとして、限定を逃す悔しさは、知っているからな。それだけだよ」  羽々が志那津に抱き付いた。  あまりの早業に、驚く隙も無かった。 「仲良くなろう、志那津様。次のスイーツ愛好会には、是非ご参加ください」  背が高い志那津だが、更に大きな羽々が覆いかぶさって、姿が隠れてしまっている。 「……蒼愛と一緒に、参加させてもらうよ」  顔は見えないが、志那津の声は嬉しそうだった。  淤加美に促されて広間に出ると、皆が揃い始めていた。  スイーツ以外の食べ物や酒も揃っている。何とも豪華な宴だ。 「こっち、こっち」  ピピが羽々の手を引いて、ケーキの前に連れていく。  真っ黒で大きなケーキが堂々と置かれていた。 「チョコレートがお好きな羽々様のために、特製デビルズフードケーキです。一般的な仕様より、羽々様の好みに寄せて作っておりますので、是非、食べて確かめていただきたく思います」  後ろから明灯がケーキの説明をする。  明灯が合図すると、各位置についていた猫又たちがケーキを切り分け始めた。 「皆様に楽しんでいただけますように、チーズケーキやショートケーキ、シフォンケーキも御準備いたしました。焼き菓子や、当店の定番商品であるチョコレートも是非、ご賞味ください」  まるで洋菓子店に並ぶ商品が、ショーウィンドウからそのまま出てきたみたいだ。  どれでも好きなものを食べていいなんて、贅沢すぎて震える。  羽々には明灯が自らケーキを切り分けていた。  目の前に置かれたケーキを羽々が呆然と眺めた。 「限定のモンブランもございます。お好きなケーキ総て、食してくださいね」  明灯に微笑まれて、羽々が頷いた。  ピピが羽々の顔を覗き込んで、目の前で手をフリフリした。 「どうしたんだよ、羽々の旦那。嬉しくねーの?」  呆然としている羽々を、ピピが心配そうに見つめる。 「いいや、嬉しいよ。驚いている。俺の周りは、いつからこんなに明るくなったのか」  ケーキを一口大にして、真白が羽々の口に突っ込んだ。 「アンタが積んできた徳をピピが繋いでくれたんだろ。幸運を運ぶ燕が居てくれて、良かったな。ちゃんと味わって食えよ」  羽々がもぐもぐしながら真白に頷いている。 「……美味い。美味いな。いつもより、ずっと美味いよ」  そう言いながら笑んだ羽々の目が潤んで見えた。 「俺たちもいただこうか」  紅優に頷いて、蒼愛も席に着いた。 「蒼愛様には、こちらも御準備しております。和菓子がお好きだと、小耳に挟みましたので」  明灯が差し出したのは、どら焼きだった。  作りたてなのか、湯気が立っている。甘い匂いが鼻を近づけなくても漂ってくる。 「NYANCHOCOTTはチョコレートのお店だと思ってました。和菓子も売っているんですか?」 「いいえ。NYANCHOCOTTはチョコレートを基本とした洋菓子店です。私は現世で和菓子屋の次男坊でしたので、今でも和菓子を趣味で作ったりしているんですよ」  思わず、明灯を見上げた。  言われてみれば明灯から感じる気配は人間の半妖だ。 「初めまして、蒼愛様。私は宝石の赤玉、黒曜の番の明灯です。ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません」 「貴方が、黒曜さんの番の、赤玉……」  蒼愛と紅優が番の契りをした時に、黒曜の番は赤玉の人間だと話していた。  いつか会ってみたいと思っていたが、こんな風に会う機会があるとは思わなかった。 「お会いしたいって、思ってました。まさか、NYANCHOCOTTのパティシエさんだったなんて」  振り返って、明灯と握手する。  二十代前半くらいに見える赤茶色の髪の明灯は、目が赤い。  何より強い霊力を感じた。 「俺も知らなかったよ。隠してたの?」  紅優が拗ねたような目を向ける。 (そっか、均衡を守る妖狐は宝石の人間を見つけ出して育てるのも仕事って話していたっけ)  今、瑞穂国に住んでいる宝石の人間は皆、紅優に見いだされ、育てられて自立していった者たちなのだろう。  明灯が困った笑みを浮かべていた。 「お久し振りでございます、紅優様。これも店の方針でして。従業員は顔出し禁止、身バレ禁止とオーナーの猫又、夜艶様からきつく言い含められております。今回は特別な許可が出ての御奉仕なのです」  NYANCHOCOTTは猫又がやっている店だと、須芹が前に話していたが、凄い営業方針だなと思う。  紅優が思い出したような顔をした。 「そういえば、店先に出てる店員さんも、みんな同じ顔の猫又だね。あれって変装だったんだ」 「どうして、そこまで」  思わず零してしまった。 「知り合いだからという理由で贔屓をしないためだ。客に平等に商品を売るための夜艶の商戦だよ」  羽々がケーキを食べながら教えてくれた。 「なるほどねぇ、だから幻の菓子なんて噂になるんだね。羽々はオーナーと親しいの?」  紅優の問いに羽々が頷いた。 「人喰の妖怪とは仲良く、が俺のモットーだ。俺も限定商品は日が昇る前から並んで買っている」 「え⁉ そんなに早く? じゃぁ、僕らのために用意してくれたガトーショコラも?」  羽々が三つ目のケーキを食べながら頷いた。 「それくらいなら、普通だ。明灯殿、デビルズフートケーキの間に挟まるアプリコットジャムとクリームチーズがチョコを邪魔しない甘さで好みだ。チョコがビターなのも調和が良い。二層目に挟まっているチョコがクリームではなく柔らかめのムースなのも舌触りが良くて好きだ。限定ケーキに多い装丁で好みだ。とても美味しい」  明灯が感服といった顔で頭を下げた。   「お気に召していただけて嬉しいですが。流石、羽々様です。私の創作の癖まで見抜かれてしまいましたね」 「貴方のケーキは開店当時から食べている。最初から好きだが、どんどん美味しくなる」  明灯が一瞬、表情を止めた。  小さく俯いた顔に笑みが浮かんだ。 「会員カード番号一番の羽々様にしかいただけない感想ですね」 「一番⁉」  驚く蒼愛に明灯が頷いた。   「開店したばかりの、誰も見向きもしない店だった頃から、羽々様はお得意様でした。店の売れ残りをすべて買い取ってくださって。今でも、続けてくださっております」  蒼愛と紅優は只々感心した。 「NYANスイーツが何回も送られてくるわけだね」  紅優が納得の顔をしている。 「売れ残りの買取は俺の都合だ。大蛇の人喰衝動を抑える効果が甘味に期待できると芽衣が言うので、実験も兼ねて大蛇の領土に住まう妖怪に配っている」 「俺はそのお陰で、羽々の旦那と仲良くなったんだぜ」  限定モンブランを食べながら、ピピが鼻息を荒くする。  そんなピピを羽々が撫でてやっていた。 「羽々と芽衣の行動力は見習わないといけないね。近々また、遊びに行くよ」  紅優の言葉に、羽々が嬉しそうに頷いた。 「スイーツ愛好会をしよう。広い部屋を準備しておく」  前に日美子を、今日は志那津を誘っていたから、確かに大人数になりそうだ。  スイーツに関わる話では、羽々は少年のような笑顔になる。  とても可愛いと思った。

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