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第159話 ツンデレ同士

 羽々は相変わらず日照を膝に乗せたまま、一緒にスイーツを楽しんでいる。  何のかんの、真白とピピもくっ付いたままだ。  蒼愛は広間の風景を見回した。  遅れて合流した月詠見は火産霊や吟呼と盛り上がっている。  日美子は淤加美と話し込んでいた。  そういえば姿が見えない井光は縷々と共に給仕をしていた。  井光はどうにも座っていられない性分らしい。  NYANCHOCOTTのスタッフと一緒になって、酒の補充などしてくれていた。 「伽耶乃様たち、遅いね」  宮の入り口の方を眺めるも、誰も来る気配がない。 「もしかしたら、土ノ宮の面々は来ないかもしれないね」  紅優の言葉には、蒼愛も納得せざるを得なかった。  小碓討伐から帰ってすぐ、やはり蒼愛が寝ている間に、重要な話し合いがもたれていた。  神々の核を戻した後、最も問題になったのはエナの処遇だった。  監禁軟禁を含め、様々な提案が出されたが、最終的に手を上げたのは伽耶乃だった。 『私がもらうのではダメかしら。エナの神力は命を育む力よ。土ノ神の属性だと思うの』  とはいえ、今のエナは神々に神力と魂を封じられた状態だ。  能力は何もできない人間以下と言っていい。   『土ノ宮で家事手伝いをしてもらいまーす。私や須芹ちゃんの監視の目があるもの。心配ないわ』  半分以上、伽耶乃のゴリ押しで土ノ宮での給仕係が決まった。  というのを、さっきの日照の話の後に聞いていた。  蒼愛としては、安心できる処遇だった。  どこかに閉じ込めて一人にしたり、痛みを伴うような罰は、エナにとりマイナスにしかならない気がしていた。  例え本人が望まなくても誰かが傍に居た方が、エナの凍った心が溶けると思った。 (僕は怯えられちゃってるから、あんまり側にいない方がよさそうだけど)  声を掛けたり目を合わせるだけで、震えるほど怖がられるのは、あまり良い気分ではない。 (そんなに怖かったのかな。怒鳴ったりしないで冷静にお話したと思うんだけどな)  エナが紅優を殺した後、色彩の宝石の力を全開で放出した時は、確かに怒っていた。  怒っていたし許す気もなかったが、あんなに怯えられるほど酷い真似をした気もしない。 (裁きの炎で焼いただけなのに。相手を殺すよりずっと優しいと思うけど)  何となくモヤモヤして、蒼愛は目の前の酒を飲みほした。 「蒼愛! それ、果実酒じゃなくて御神酒だけど大丈夫? 果実酒よりアルコール強いよ?」  隣の紅優が心配している。  蒼愛は首を傾げた。 「そうなの? お水みたいで、美味しい。あ、でもちょっと辛い? 後から、もわってするかも」  アルコールの熱い感じを喉の奥に感じるが、特に何てことはない。  蒼愛の顔に紅優が手を当てた。 「ちょっと熱いけど、平気そうだね。蒼愛はお酒、強いんだね」 「初めて飲んだから、知らなかったけど、美味しいって思うから、好きなのかも」  霧疾がくれた果実酒も、御神酒も美味しい。  蒼愛はテーブルの上の大きな徳利から、自分のコップに酒を注いだ。 「紅優も飲む?」  問い掛けた紅優の目線が、広間の入り口に向いた。  須芹が一人、広間に入ってきた。  蒼愛たちの姿を見付けると、小走りに駆け寄った。 「紅優様、蒼愛様、この度の御活躍、瑞穂国を御救い頂いた神事に感謝いたします。蒼愛様が結彩ノ神として神々に連なるは大慶至極であると、主の伽耶乃も申しておりました」  須芹が二人の前に座すと、丁寧に頭を下げた。  いつもより丁寧な言葉と仕草に蒼愛の方が気後れしてしまう。 「須芹こそ、色々頑張ってくれて、ありがとう。須芹が居てくれて助かったよ」  紅優に労われて、須芹が頬を赤らめて俯いた。 「折角の慰労の宴ですが、土ノ神伽耶乃は欠席致します。申し訳ございません」  頭を下げる須芹に、紅優が心配そうな顔をした。 「エナ絡みで何か、あった?」  須芹がぐっと唇をかんだ。  その顔に、紅優と蒼愛に緊張が走った。 「髪を、切ったんですが」 「え? 髪?」  思わず繰り返した蒼愛に、須芹が頷く。 「エナの髪がボサボサに伸びていたから、僕と伽耶乃で切ったんです。そうしたら怯えてしまって、クローゼットに籠って出てこなくなってしまって」  蒼愛はぽかんと口を開けて呆けた。  隣の紅優も同じ顔で呆けている。 「そもそも神々全員が揃った水ノ宮に来るのが嫌で逃げたのもあると思うけど。本当、アイツ可愛くない」  舌打ちする勢いで須芹が悪態を吐いた。 「それでクローゼットに籠っちゃったわけだね。エナって性根は臆病で話すのとか苦手そうだもんね。こんなに神様や妖怪がいっぱいいる場所、怖くて来られないよね」  紅優が納得した感じに頷いている。   (臆病で話すのが苦手……、言われてみれば、そっか。だから闇人を利用して陰から手を回していたのかも)  蛇々や名無など、人形に出来る誰かを矢面に立たせて自分は安全な場所から操作する。  正体を隠すための作戦だったのかもしれないが、誰にも接触しないための手段だったのかもしれない。 「だから伽耶乃様は欠席なんだね。須芹はそれを伝えに来てくれたの?」  ちょっと納得して、蒼愛は須芹に問う。 「それもあるけど、NYANCHOCOTTの限定菓子が勢ぞろいだって報せだったから。伽耶乃が僕だけでも行って来いって」  しょもしょもと話す須芹は残念そうだ。 「伽耶乃にもNYANCHOCOTTのスイーツ、食べてほしかったのに。エナのヤツ、絶対許さない」  須芹が静かな怒りを灯している。  エナは、またも敵を増やしているなと、蒼愛は思った。 「それでは土ノ宮の皆様にはお土産をご用意いたしましょう。御帰りの際にお渡しできるよう、準備いたします。須芹様は是非、宴の場でも当店の極上スイーツをご堪能ください」  明灯が須芹に向かい、丁寧に頭を下げた。 「……ありがとう、ございます。え? 明灯って、NYANCHOCOTTのパティシエだったの?」  須芹がきょとんとした顔で明灯を眺めた。  宝石の人間は神様に御披露目されるから、きっと赤玉の明灯は知っているんだろう。 「御内密に願いますね。本日のみ、神様と側仕の皆様限定で正体を明かしたのですから。他に洩れたら、オーナーの猫又夜艶様に縊り殺されて喰われてしまいますので」  爽やかな笑顔が怖い話をしている。  口元に人差し指をあてる明灯に、須芹が蒼い顔で何度も頷いていた。 「こっちで一緒に食べよ。チーズケーキとチョコレートケーキ、残ってるよ。フィナンシェとかバームクーヘンとか、定番のチョコもあるよ」  須芹の目が輝いている。  志那津と同じくらいNYANCHOCOTT大好きな須芹だ。これだけ菓子が揃っていたら感動だろう。 「ほら、これ」  遠くに座っていた志那津がわざわざやってきて、須芹に皿を差し出した。 「秋の限定ケーキ、贅沢御褒美モンブランだ。無くなりそうだったから、ワンピース確保しておいた」  須芹がケーキと志那津を何度も見比べている。 「このケーキ、僕のために? 取っておいてくれたの? 志那津様が?」  信じられない者を見るような目で、須芹が確認している。 「そうだって言ってるだろ。何回も同じ言葉を言わせるなよ。要らないなら俺が食べる。返せ」  伸び来た志那津の手から、須芹が皿を奪って確保した。 「食べる。絶対食べるけどさ。何で志那津様が僕のために? まだどこか、悪いんじゃないの?」  須芹の顔が顰めっている。  同じように志那津の顔もしかめっ面だ。 「どこも悪くない。只の礼だよ。風の森で利荔たちを襲った俺を止めてくれたんだろ。その、助かったよ」  もしょもしょと小さな声で志那津がお礼を言った。  その姿が可愛くて、蒼愛は小さく微笑んだ。  志那津の照れた顔を見詰めていた須芹が、やっぱり照れた顔で目を逸らした。 「背中とか足とか、思いっきり殴ったし、腹に思いっきり棍棒突き立てたし。僕はスッキリしたよ。だから御礼なんか要らないよ」  などと言いながら、須芹がケーキを口に運ぶ。  その手を志那津が掴んだ。 「スッキリってなんだ。お前、そんなに俺をボコったのか?」 「当然だろ。止めなきゃ邪魅を祓えなかったんだから」  ケーキを食べようとする須芹とその手を掴んで邪魔している志那津が睨み合ってしまった。  蒼愛はハラハラしながら止めに入った。 「二人とも、落ち着いて。とりあえず須芹にケーキを食べさせてあげようよ。志那津だって須芹に食べてほしくて大事に取っておいたんでしょ」  睨み合っていた二人がふん、と顔を背ける。  志那津が手を離した瞬間に、須芹がぱくりとケーキを頬張った。 「んー……、美味しい……」  須芹が至福の表情でケーキを食む。  その顔を眺めた志那津が、ちょっと満足そうに息を吐いた。 「須芹が俺を止めてくれたお陰で、利荔や霧疾を死なせずに済んだのは事実だからな。お前の棒術は昔から神々随一だし、一緒に居てくれて良かったよ」  志那津が珍しく素直に須芹を褒めている。  ケーキを食べる手を止めて、須芹がモンブランをじっと見詰めた。 「僕は体を動かすのは得意だけど、志那津様みたいに頭が良いわけじゃない。土ノ神はまだ、側仕が僕しかいないから、何かあったら知恵を貸してよ」  今度は志那津が驚いた顔をしている。  思いっきり蒼愛と目が合って、その顔を逸らした。 「……気が向いたらな」  志那津の言葉を聞いて、須芹がもう一口、ケーキを頬張った。 「今回の季節限定、今まで食べた中で一番美味しい」  そう言いながら食べる須芹の目は、ちょっとだけ潤んで見えた。 (須芹と志那津、ちょっとずつ仲良くなってくれてる。早く三人でパズルやりたいな)  二人の姿を眺めて、蒼愛の胸も温かくなった。  向かいに座る淤加美が、蒼愛に目配せした。  口元に手を当てて隠しながら、蒼愛にだけわかるように口を動かす。 「二人とも、仲良くなったね」  そう言って、淤加美が嬉しそうに笑った。  淤加美に向かって、蒼愛は笑顔で頷いた。

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