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第162話【最終話】記憶の絵画

 引っ越しが終わり、落ち着いた頃には十月になっていた。  瑞穂国では十月を神無月と呼ぶが、天上では神在月というらしい。  その辺りもやっぱり現世の文化を継承しているのだろう。 (僕が瑞穂国に来たのは水無月(六月)らしいから、もう四カ月も経ってたんだ)  もう、というべきか。まだ、というべきか。  色々な事件や出来事が多すぎて、濃い四ヶ月だったと思う。  餌として売られた自分が神様になったなんて、信じられない。  けれど、前のように受け入れられないわけではない。 (僕の中にある核が、僕を教えてくれる。隣にいる紅優が、僕は僕だって伝えてくれる)  紅優は蒼愛がガラクタだった頃から神様になった今でも、ずっと同じ紅優のままだ。  同じ言葉で同じ表情で同じ温もりで、蒼愛を包んで癒してくれる。 (だから大丈夫。紅優がいてくれたら、僕は僕のままでいられる。ガラクタでも神様でも、蒼愛でいられる)  紅優の番でいられる今が、何よりも幸せだった。 〇●〇●〇    風ノ宮の広間で、蒼愛は難しい顔をしていた。  志那津と須芹と紅優と共に、車座に座り、作りかけのパズルと向き合う。  葉月に始めたパズルを二ヶ月のタイムラグを経て再開したわけだが。四分の三程まで進んだところで、問題が生じていた。 「合うピースがないなんて、パズル的に有り得ないね」  紅優が疲れた顔で零した。  今日は朝からパズル漬けだから、流石に疲れたらしい。  紅優はパズルがあまり得意ではないようだから、付き合わせて申し訳ないと思う。 「合うピースがないというより、ピースが足りないんじゃないか?」  未完成の面と残りのピースを志那津が何度も見比べる。 「いくら長期間放置したからって、失くすなよ」  あからさまに責める目を向ける須芹を志那津が睨んだ。 「失くしてない。蒼愛から預かったパズルだぞ。二重結界で厳重に保管していた」 「それはとんでもなく厳重ですね……」  紅優が感心とも呆れとも取れない声を零した。  蒼愛は作った面と残っているピースの山を何度も見比べた。  一つのピースを手に取って、じっくり観察する。 「今日はずっと、絵柄が変わらないよね」  蒼愛の言葉に、三人が作った面を覗き込んだ。  時間経過で絵柄が変わっていたパズルだが、今日は水色のまま変化がない。  透明な水面のような絵柄だ。   「水面のままだが、動いていないわけでは、ないな」  志那津が絵柄の中央を指さした。   「この辺りが微妙に動いている。水の波紋のようにも見えるし、渦のようにも見える」  須芹が身を乗り出して、じっと見詰めた。   「言われてみれば確かに……」  須芹が眉間に皺を寄せて見詰めた。  紅優も同じように水面を凝視している。  蒼愛は手に持っていたパズルのピースを水面の絵柄に向かって投げた。 「何してるんだ?」  志那津に不可解な顔を向けられてしまった。 「こういう昔話、あったよね? 斧を湖に落としちゃって、神様が金の斧とか銀の斧とかくれる話」 「あるけど……。神様が出てきてパズルのピースくれるの?」  須芹の言葉が終わらない内に、蒼愛が投げたピースが水の輪の中に吸い込まれるように落ちた。 「……え?」  志那津を始め、三人が目を見開いて驚いている。  蒼愛はその光景をワクワクして見詰めた。  パズルのピースが吸い込まれた場所から、ブクブクと気泡が湧いて、何かが浮き上がってきた。  水の絵柄の中から、淤加美が現れた。 「……えぇ? 淤加美様?」  志那津が、割と本気で驚いている。  紅優は半笑いだし、須芹はどちらかというと呆れ顔だ。  遠巻きに見ていた利荔が大笑いしていた。 「これ、月詠見様の仕込みなんだよね。凝ってるなぁ。この小さい淤加美様、どうやって作ったんだろ」  パズルの水の絵柄から出てきた淤加美の手にはたくさんのピースが盛られている。 『蒼愛が落としたのは、パズルのピースかな? ピースが足りないからと言って、投げてはいけないよ。もう降参かな?』  蒼愛はフルフルと首を振った。 「降参しません。最後まで諦めないって、月詠見様と約束したから、全部作ります!」  手を上げて宣言する。  小さな淤加美が本物の淤加美のように笑った。 『流石、蒼愛だね。では、足りない分のピースをあげよう。完成までもう少しだし、私が一瞬で完成させてあげてもいいよ。蒼愛は、どちらがいいかな?』 「自分で作りたいので、足りないピースをください!」  間髪入れずに蒼愛は答えた。  心なしか、紅優と須芹が残念そうな顔をしているように見える。 『蒼愛なら、そう言うね。完成までもう少しだ。出来上がったらきっと感動するから、最後まで頑張ってね』  淤加美の指が、合わないピースの山に向く。  水の竜が飛んで、ピースの山の上で飛沫になって弾けた。  ピースの山が水色の神力に包まれて、光を吸い込んだ。  淤加美の姿も空気に溶けて消えた。 「淤加美様、ありがとうございます!」  消えた淤加美に向かって、蒼愛はお礼を叫んだ。  志那津がピースの一つを手に取って、合う場所を探していく。 「うん、ハマるな。続けられそうだ」 「良かったぁ。完成させられるね」  志那津に向かい、蒼愛は安堵の笑みを向けた。 「この量なら今日中に出来上がるだろう。再開しよう」  意気揚々とパズルに向かう志那津と蒼愛を尻目に、紅優と須芹が消沈している。 「俺は少し、休憩しようかな」 「朝からやり通しだから、疲れた。僕もちょっと休憩する」  志那津の声掛けで早朝から集まった四人は、風ノ宮に就くなり、パズルを始めた。  準備万端で待ち構えていた志那津はやる気満々だった。 「残りのスペースもかなり狭いし、この量なら蒼愛と俺の二人で仕上げた方が速いかもな」 「そうだね。集中して作っちゃおう」  蒼愛は志那津とパズルを再開した。 「これ、そっちかも」 「ん? あぁ、そうだな。俺のコレは、蒼愛の手元辺りかもしれない」 「あ、本当だ。順調に出来上がっていくね」  志那津と顔を見合わせて笑む。  こんな風に誰かと一緒にパズルを作ったのは初めてで、とても楽しい。 (やっぱり風ノ宮に持ってきて、良かった。楽しい遊びは、友達とした方が何倍も楽しい)  そんな感覚も、瑞穂国に来て初めて知った。   「あのね、志那津」  手を動かしながら、視線をパズルの盤面に向けたまま、声を掛ける。 「なんだ?」 「僕、志那津と友達になれて、良かった。志那津とは好きな遊びとか好みとか似てるから、一緒に出来る楽しいがいっぱいあって、嬉しいよ。このパズルが終わっても、また一緒に楽しい遊びしようね」  志那津の手の動きが止まって、蒼愛は顔を上げた。  赤い顔を隠すように手で押さえて、志那津が小刻みに震えている。 「そういう話はパズルが終わってからにしてくれ。でないと俺の集中力が切れる」 「え? ごめん。じゃぁ、この後は黙って……」  ちらりと紅優を窺った志那津の目が、すぐに蒼愛に戻った。  蒼愛の頬に口付けると、パズルを組み始めた。 「今のはスキンシップだからな。俺も、蒼愛と友達になれて、良かった。これからもっと、仲良くなりたいよ」  頬を染めた顔でパズルのピースを埋めていく志那津に、嬉しい気持ちが膨らんだ。 「うん! 今はパズルに集中して、完成したら、いっぱい話そう! 僕、志那津と話したいこと、たくさんあるよ。もっともっと、志那津と仲良くなりたいよ」  ウキウキしながら、蒼愛はパズルのピースをぱちんとはめ込んだ。  そこからは二人とも集中してパズルを組んでいった。  最後のピースを蒼愛の手がぱちりとはめ込む。 「出来上がったな」 「うん、完成した……」  感慨深そうに呟いた志那津に、蒼愛も同じ気持ちになった。 「え? 完成したの?」  縁側で茶を飲んでいた紅優と須芹が寄ってきた。一緒にやってきた利荔もパズルの絵柄を覗き込む。 「絵柄は水面のままか……ん? んん?」  須芹が絵柄を凝視する。  水面の絵柄が、徐々に黒く染まる。  蒼愛と志那津も変わっていく絵に釘付けになった。  闇が渦を巻いて、中央から明るい光が射しこんだ。  光はパズルの絵柄を飛び出して、宙に浮いた。  目の前に現れた光が小さく弾ける。  指人形のような姿の月詠見と日美子が現れた。 『完成おめでとう! 途中で投げ出さないで作り上げるなんて、蒼愛は根性があるね。偉い』 『普通より難しいパズルだったろ。現世にはない仕様さ。楽しめたかい?』  小さな月詠見と日美子に、蒼愛は頷いた。  作っている最中で絵柄が変わったり、参考に出来る絵柄がなかったり、足りないピースを淤加美がくれたりするパズルは、確かに現世には存在しない。 『このパズルは蒼愛と紅優の記憶とリンクしているから、絵柄はランダムで変わるよ。とりわけ嬉しいや楽しい事柄と絡む記憶にリンクしているから、その都度、思い出の絵柄になる』  月詠見の説明に、蒼愛は目を見開いた。  目が合った紅優も驚いた顔をしている。 『瑞穂国で過ごすうち、蒼愛にはきっと楽しい思い出が増える。その分、絵柄が増えるんだ。これからは、現世に居た時以上に楽しい思い出を増やすんだよ』  説明を終えると、日美子と月詠見が蒼愛に向かってフワフワ飛んできた。  蒼愛の頬に、日美子と月詠見が口付けた。 『瑞穂国に来て良かったと思えるように、紅優と楽しい思い出を増やそうね』 『日ノ宮と暗ノ宮にも、いつでも遊びにおいで』  メッセージを残して、月詠見と日美子の人形が消えた。 「あ! 絵柄がまた、変わった!」  須芹がパズルを指さす。  紅優と日美子と月詠見、淤加美と、クリスマスケーキを食べている時の風景だ。  写真のような絵は水彩画風にアレンジされている。 「このパズルを、月詠見様がくれた時の、水ノ宮だ」  蒼愛は紅優を見上げた。 「完成したら感動するって、本当だったね」  紅優の満面の笑みに、蒼愛の顔にも笑みが昇った。 「うん! とってもとっても嬉しい仕掛けだった! 志那津が言った通り、飾っておきたくなった!」  志那津を振り返る。  照れた顔で、志那津が目を逸らした。 「紅優と蒼愛の写真のような絵柄を想定していたんだが、それ以上だったな」  また絵柄が変わって、蒼愛と志那津はパズルに目を向けた。 「これ……、今だよね」 「そうか? そう、かもな」  絵柄の中には蒼愛と志那津、紅優と須芹と利荔が、同じ場所を覗き込んでいるような姿が浮かんでいる。 「僕が今、とっても楽しくて嬉しいから、早速絵になってくれたんだね。こんな風に皆の姿が浮かび上がるの、嬉しい」  蒼愛の笑みに、志那津と須芹が同じように照れた顔をした。 「これは大事に飾っておかないとね。瑞穂ノ宮の奥の間に引っ越しも済んだばかりだし、早速部屋に飾れるんじゃないの?」  利荔に向かって、蒼愛は頷いた。 「前より部屋が広くなってちょっと寂しかったから、嬉しいプレゼントをもらった気分です。飾って毎日見ます」  パズルの表面に糊を塗り、須芹が更に神力で固めてくれた。  土の神力や根の国の神の神力には、物質を固定する力があるらしい。  額を取り付けると、パズルのピースの繋ぎ目がなくなって、まるで大きな絵画のようになった。 「また絵柄が変わってる」  須芹に袖を引かれて、絵に目を向ける。  見詰めた蒼愛は動きを止めた。  紅優と二人で、たくさんのシャボン玉と一緒に飛んでいく紙風船を見上げている絵だった。  蒼愛の姿が成長しているから、芯の魂を送った時の、最後の紙風船だ。 (ここから始まったんだ。芯を助けたくて、蛇々を追い返したくて、霊能が開いて)  紅だった頃の紅優の屋敷に来た次の日、紙風船で色の魂を見送る紅優が、悲しそうに見えた。  自分が食った命を悲しそうに見送る紅優から、目が離せなかった。 (あの時から僕は、紅優に興味があって、紅優を好きになるって、感じてた)  自分の感情がわからなかったあの頃は、気が付かなかった。  今なら、わかる。  蒼愛は最初から、紅優を選んでいた。 「このパズル……、もう、絵画だね。二人でじっくり眺められる場所に飾らない?」  紅優が蒼愛の体を抱き寄せる。  蒼愛は、頷いた。 「まるで、瑞穂国に来てからの、僕と紅優の思い出みたい。ずっと、一緒に見ていたい」  潤む瞳で、紅優を見上げる。  紅優の唇が当然のように降りてきて、当たり前のように蒼愛はそれを受け入れた。 「また絵が変わってるよ。ペースが速いね。前に戻したりできるといいのにね」  利荔の声に、紅優と蒼愛は絵に目を向けた。  キスする紅優と蒼愛を、志那津と須芹と利荔が取り巻いて眺めている。  まさに今の絵だ。 「そうですね。もう一度、見たい絵柄もあるし、詳しい仕様を月詠見様に確認しないと」  紅優が絵画をいろんな角度から眺めていた。   「前に出た絵がまた出てくれたらいいね。でも、思い出は溢れちゃうくらいたくさんあるし、これからも増えるから、戻してたら全部は見られないかな」  微笑む蒼愛に、紅優がいつもの笑みを返した。 「確かに、そうかもね。蒼愛や皆との楽しいは、これからもっともっと増えるから、戻ってたら間に合わないね」  いつものように紅優が蒼愛の髪に口付ける。  紅優が髪を撫でたりキスしたりする仕草が、蒼愛は大好きだ。  大好きな番と、大好きな友達と、好きな遊びをして楽しいと笑える今が、大好きだ。 (僕たちが守った国、僕たちが守った平穏。これからもずっと、僕たちが守り続ける)  結彩ノ神になった今だからこそ、臆することなく、そう思える。  ガラクタと呼ばれた命は優しい妖狐に愛されて、宝石になり本物の神様になった。 『理研で生まれたbugでも幸せになれるって、証明して欲しいんだ』 『幸せに生きるの、諦めないって、約束な』  芯と交わした約束は、蒼愛の胸の奥に、ずっとある。 (芯、僕、幸せだよ。幸せに生きてるよ。これからもずっと、幸せでいて見せるから。約束、叶え続けるから)  大好きな仲間たちと楽しい時間を過ごしながら、蒼愛は芯との約束を再確認して、大切に胸に仕舞った。  これから先にある幸せを、紅優と一緒に探し続ける。蒼愛が生きる意味は今も変わらない。  大切な仲間と紅優と、大切な瑞穂国を守るのも、幸せの一つだ。 「紅優、僕、今、幸せだよ」 「俺もだよ。今なら胸を張って、芯に報告できるね」  その瞳が優しく笑んだ。  紅優が愛おし気に蒼愛の髪に口付ける。 「二人で芯に、報告しよう。幸せは甘くて擽ったくて、温かいよって。これからも幸せ、探し続けるよって」  紅優に抱き付いて、優しい温もりを全身で感じる。  最初に紅優がくれた幸せより何倍も温かい。  二人で積み重ねてきた想いの分だけ、甘くなる。  抱き返してくれる紅優の愛を感じながら、蒼愛は包んでくれる温もりに身を委ねた。

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