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          「………、…」    僕は――ソンジュさんの、その優しい囁き声にゾクゾクと甘く腰の裏を震わせ、…はぁ、と薄く、彼の肩の上でため息を吐いた。…でも、…僕の手は…その人の背中に触れず、ソンジュさんの胸元に添えた。    正直――嬉しくてたまらない。  どうしよう、ゾクゾクするほどに、…高揚してくる。    早鐘を打つ心臓が僕の全身を高揚させ、宙に浮かんでいるようなほど、僕は喜んでいるらしい。    知らなかった――僕は、重たい愛も悪くない人らしい。  いっそもっと重たくてもいい。もっと求めてほしい。もっと僕の自由を、奪ってほしい。――僕は、す…とソンジュさんから離れた。…そして、怖いという気持ちも何もなく、遠慮なく、僕はソンジュさんの目を見つめた。   「…いや、全ては…とてもじゃないが……」   「…………」    少し悔しげに、上下のまぶたをピクリとさせたソンジュさんに、僕は口角を上げて見せた。   「…まだ…きっと、僕はソンジュさんのことを、信じきれていません。――貴方はきっと、いま僕の全てを手に入れたら…それで満足してしまう。…僕は……」    そして目線を伏せる僕は――んふ、とあたたかい気持ちに、小さな笑みを鼻からもらした。   「…僕は…ずっと、好きな人のタイプが、昔から変わらないんです…」   「…と、いいますと…?」     「……一途な人…、ただ僕だけを、求めてくださる人…、貴方がもし、そうじゃないなら――僕は、ソンジュさんに僕の全てをあげるだなんて、怖くてとてもできません…」      知った。一途ならば、愛の比重なんか問題ではない。  …問題なのは…さんざん甘い言葉を僕に言っておいて、そそのかし、僕のことをさんざん良い気にさせておいて、それでいてモウラのように裏切るだとか――あるいはあっさり、他の人を愛するようになる、だとか。…僕のことを、ゴミのように捨てる…だとか。    そのほうがよっぽど、僕は悲しい。    今はいい。――でも、未来は?    “契約”――終わったら、僕を捨てる?  …ここまで僕のことを肯定しておいて、ソンジュさんがもしそのつもりなら…僕は、とてもじゃないが――。   「…正直、貴方のことは信じたいんですが…でも、もし僕が、貴方に全てをあげたあとで、ソンジュさんが、僕を捨てたら…――そう思うと、とても辛いんです…」    ――そうなら僕は、きっと貴方を許せない。        もしそうならば、僕はソンジュさんを、絶対に許せない。       「…“裏切ったら殺してやる”…」        ソンジュさんは…クククッと楽しそうに喉を鳴らして笑った。――ハッとした僕は、あれ、と思ったが。   「…ふ…、なるほどね。逆に、理想通りの返答だ。」   「……、…?」    何が…理想通りだったのか。  今はまだ、ソンジュさんに僕の全てはあげられない――裏切られそうで、まだ怖いから。  ここまでしていただいておいて失礼かもしれないが、正直まだ信じきれていないから。――でも、…本当は、本物の恋人になりたいんだが、…なんて想いをチラつかせた。    それが…理想通りだったのか――。    ソンジュさんはニヤリとすると、僕の顎をくいと上げては、「いいよ」と一言。――そして楽しそうに、それでいて危なげに、続ける。   「…もし、俺がユンファさんのことを裏切ったら、俺のことは殺してもいいけど…、ふ、でもその代わり…――俺もまた、貴方と()()()()だ、ということは…ゆめゆめお忘れなきように。ね…? ふふふ…」   「……、…、…」    は……?  ころ…殺す? 同じ、想い、だと?  瞳を揺らして困惑している僕だが、そんな僕を置いて――ソンジュさんは、あ、と目を輝かせる。   「そういえば…俺はまだ貴方に、反省の意を示していませんでしたね。」   「……は…、ぁ、あの、ころ、殺すって…?」    反省とかそんなことより、…僕、そんなこと言ったか。  言ったのか…――いや、言ったのかも、しれないが。    無意識だ、本気じゃない。本心じゃない…はずだ。  多分…だが。――なんでだろう、僕には言ったつもりがない、そんなセリフを口にしたつもりがない、…裏切ったら、ソンジュさんを殺す、だなどと。――そもそも本当に言ったのかも自分では定かじゃないが、…ただ少なくとも、ソンジュさんに通じている時点で、…僕は、そういった旨のことを口にしてしまったのだろう。   「…僕、そんなこと…すみません、本気じゃ…いや、つい言ってしまったのかもしれないが、本気で言ったわけじゃありませんから…」   「…ん?」    ひくり、片眉を上げてしたりと不敵に笑ったソンジュさんは。     「…ユンファさんと想いが通じて、俺は嬉しいです。」       「……、…、…」    うわどうしよう…――変なふうに、捉えられてしまったらしい。…どうして僕、…そんな変なことを言ってしまったんだろう。気分が高揚していて、変なテンションになってしまったのかもしれない。         

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