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「…悪い人…――どうして俺 の プ レ ゼ ン ト を、外してしまったのかな…? 俺は、ちゃんと肌見離さず着けていてねって、言ったのになぁ…悲しい、悲しいな、悲しい……」
「…ソンジュさ…ぁ…あの、僕、っい、嫌…んうっ…」
手首を引かれ、僕はソンジュさんに全身を捕らえられる――抱き締められた…というより、抱きすくめられた。
もっといえば、身動きが取れないように全身を手腕で拘束され、ソンジュさんの胸板に顔を押し込められて、…僕は彼を押し退けようと、その人の胸板に両手を置いて押すが、――びくともせず。
「…んうう゛…っ」
もがく僕の手から、余裕たっぷりにソンジュさんは、あのチョーカーをするりと取り上げた。――そして彼は、「ほら、じっとして…」と僕の耳元で囁くが、…僕が暴れると彼、またぎゅうっと強く抱きすくめてくる。
「…んぐ、うう゛…っ」
「…ユンファを守るためでもあるんだよ、このチョーカーは…? それなのに駄目じゃないか、外したら…――俺以外の誰かにうなじを噛まれないように…、何処に行っても、貴方の居場所が俺に、わかるように…――ちゃんと肌見離さず、綺麗なお首に着けておこうね…?」
「……、…、…」
僕はソンジュさんの長毛の中で、…唖然とした。
あのタンザナイトのチョーカーは――婚約指輪の、代わり。…そして、――僕を、ソンジュさんのつがいにするための、首輪。…居場所がわかるように…GPSでも内蔵されているのか、なら僕は、先ほど逃げたときだって結局、
僕の匂いを追うまでもないことである。――もしそうなら、…はじめからソンジュさんには、僕の居場所が見抜かれていたのだ。
「…駄目だよ、そうやって、また俺から逃げようとするなんて…――今度こそ許さないからね…、そうやって悪いことばっかりするのなら、いっそのこと……」
「……、…、…」
僕の耳元で、甘い囁き声がこう言う。
「ユンファの、その綺麗なタンザナイトの目を抉 りだして…俺、食べてしまおうかな…? そうしたら、ふふふ…――なぁんにも見えなくなっちゃうね…。だけどそうなれば、もう俺からも逃げられない…。大丈夫だよ、心配しないでね…? ちゃんと俺が、貴 方 の 目 の 代 わ り になってあげるから…俺無くして生きられなくなったユンファのこと、ちゃんと俺が、最後まで面倒をみてあげるからね…?」
「……、…、…」
僕はあまりの恐怖に、もはや少しも身じろぐことさえできなくなった。
そこでガチャリ、――扉の開く音がした。
「…なあお前たち、なぁんでリビング来ないのよん。…お? あーなんだ、もう仲直りでもしたのかい。――いやいや、そりゃ何よりだ、うんうん」
それは、モグスさんであった。
どの扉からその人が出てきたのやらはわからないが、彼はなかなか部屋の中に入ってこない僕らを訝しんで、様子を見にきたらしい。
「まー若いうちは喧嘩もよくするけどよ、仲直りも一瞬だもんなぁ。いいなぁお前たち、いや恋だね? いや青春か? あー駄目だ俺、やっぱおじさん臭ぇな…」――なんて明るく言いながら、モグスさんはどうやら、僕らのほうに歩み寄ってきているらしい。――そういったパタ、パタというスリッパの足音がする。
「…っも、モグス さ゛……」
助けて…!
僕はこのままじゃどうなるか、目を抉られ、つがい、…殺され、…――混乱するほど怒涛の危機感に、僕はソンジュさんの胸板に顔をうずめられながらも逃げよう、逃げようと身じろぎつつ、声を出そうとした。――しかし、
「…ん゛ぐ……っう゛、…」
「…しーー…」――そう、僕の耳元で黙れと示したソンジュさんはぐうっと、僕の後頭部を強く押さえつけてきた。
すると僕は、ソンジュさんのその手の強さにいよいよ、言葉さえも発することができなくなってしまった。
「……んん゛…っ! …〜〜っ!」
いや言葉以前に、ほとんど息さえできなくなる。
しかも、更に悪いことに、ソンジュさんを押し退けようと僕は今、彼の胸板に両手を置いたまま、その体勢で背中を、ぐっと強く抱き寄せられてしまった、――そうなると、僕の両腕は折り畳まれたままキツく固定されたようになっており、身動きもまるで、本当に取れない。
「……いや、仲直りはあともう一歩、といったところかな…? もう少し、ちゃんと話し合わないとね…――ということでモグスさん、ア レ と飲み物は、あのゲストルームに運んでおいて。もう少し、二人きりで話がしたいんだ」
「……ぐ…っ、…ふぐ…っ、んぅぅ゛…――ッ!」
モグスさん、モグスさん、モグスさん…――っ!
気が付いて、僕、…――しかしモグスさんは、何も気に留めた様子はなく。
「おーわかったわかった、じゃあ持って行ってやるから、先に入ってな。…」
「ええ。お願いします」
「…いやーそんっな熱烈に抱き合っちゃって君ら、んぁー、若いっていいねぇ…」なんて呟いているモグスさんにはこの状況――僕が後ろ頭を押さえつけられ、ソンジュさんの胸板に顔を埋めさせられて、身じろいでいる状況――は、…熱 烈 に 抱 き 合 っ て い る ようにしか見えないらしい。
「…んぐぅ゛…ッ、…〜〜ッ!」
違う、違うんですモグスさん、と僕は必死に身じろぎ、せめて嫌がっている声を出そうとしているのだ。
だが、ほとんど息ができていないせいで上手く喉も鳴らず、強い力で後頭部と背中を押さえつけられているために、せいぜいモグスさんに動いて見えているのはおそらく、僕の足元くらいなのだろう。――が、そもそも僕は、押さえつけられている上半身をどうにかしなければ、と動いていたせいで、…足元はほとんど動かしていなかった。
そうした抵抗虚しく、モグスさんに気がついてもらえないまま、…ガチャリ――またどこかへ消えてしまったモグスさんに、…ふわ…と離される頭。
「っぷは、…はぁ、は……っソンジュさん、…」
「…モグスさんに変なことを言わないでね、ユンファさん…、それとも、本 当 に 目 が 見 え な く な り た い の…? ――ふ、ククク…確かに恋 は 盲 目 だ…、本来、そうであるべきなんだ…」
「……ぁ、…やっやめ、やめて、…」
僕の顔にゆっくりと近寄ってくる、ソンジュさんの大きく裂けた口。
ここまではまろやかな声だったというのに、突然威嚇するように低くなった、ソンジュさんの声は。
「…ユンファもまた…俺以外のものはもう、何もかも見えなくなってしまえばいいのに、……」
「……は、…――ッ!」
咄嗟に目を固くぎゅっと瞑った――僕の片目に見えた、狼の鋭利な牙と、口の中に。
つづく
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