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                   ややあってからモグスさんも、この部屋へ入ってきた。  ちなみに、この部屋の出入り口の前でぼーっと立っていた僕は、「あっごめんよユンファさん、」…なんて、その人の来訪によって開いた扉に、ガコッと背中を打たれた。  すみませんすみません、と謝りながら僕はすぐにさっと退いたわけだが、――相変わらず、我ながらなかなかの愚図である…。    そしてモグスさんは、「いやーユリメがちょっと煩くてよぉ…そんで紅茶も冷めちまったもんだから、淹れなおしてきたんだ、待たせちまってごめんな」なんてなかばぼやきつつ、テキパキと。  四角いトレーに載せて持ってきてくださったティーセット――磁器の白いティーポット、二枚の白いソーサー、二つのティーカップ(いずれも波目がついており、フチに金が塗られている)、銀のティースプーン二本、同シリーズらしき丸いシュガーポット、ミルクピッチャー、水の入ったコップと錠剤一種(僕にも見覚えがある、避妊薬だろう)、そして…なんだろう、何か楕円形のお茶菓子? の載った皿――を一つ一つ、例の丸いテーブルに並べてゆく。    そうしながらモグスさんは、どこかおちゃらけた声で。   「…でもほどほどにしてくれよぉ? ――そらいつまでだって俺たちゃ待つけどよ…、あんまりあのユリメを待たせると、お前たちが来る頃にゃあアイツ、ベロンベロンになって…」   「ふっ…そんなの、正直いつものことじゃないですか。というか止めたってどうせあの人は飲み続けるんだ……」   「…おいおい、()()を回収する俺の身にもなってくださいませよ、お坊ちゃま。」    そういった軽口をソンジュさんと交わしながら、モグスさんの手によってテキパキ、丸いテーブルにセッティングされていったティーセット。――そしてモグスさんは、小脇に四角いトレーを抱えるなり、腰を伸ばした。   「…んじゃね。ほどほどにごゆっくりどーぞ。」   「…どうも」   「……、モグスさん…」    ――当然のことながら――この部屋を去る向きのモグスさんに、僕は思わず声をかけてしまった。   「……ん? どした。」    すると、きょとんとした顔で僕に振り向いたモグスさんの顔に、僕は何も言えないながら、()()を求めてその人の、その鳶色の瞳をじっと物言いたげに見つめる。   「……? どしたの、ユンファさん?」   「……、…」    ――僕は、やはり。  まだ怖い。…どうしても、まだ怖い。少なくとも今僕は、ソンジュさんと二人きりになりたくない。――ソンジュさんは今、冷静だという。  いや、確かに僕も、今のソンジュさんならば僕のことを、無理やりつがいにするようなことはしないような気がする。――しかし…いつまた彼の中の悪魔が顔を出すか、それでなくともアルファは“狼化”すると、情緒不安定になりがちなんだと聞いている。    さっき僕の目を抉って食べる、と言ったのだって、ただの脅しのようには聞こえなかった。――どうしても僕は、ソンジュさんの()()もまた本心なように思えている。  となれば、それこそひょんなことをきっかけに僕は、無理やりにつがいにされてしまうばかりならまだしも(それももちろん避けたいが)、あるいは最悪の場合――ソンジュさんに、殺されてしまうかもしれない。   「……?」   「…………」    助けて…彼と二人きりにしないでくれ…そう思いながら、僕はモグスさんを見つめるが、しかし彼はきょとんとしているばかりだ。  すると…いつの間にか、僕の隣に並んで立っていたソンジュさんが――声ばかりは恐ろしいほど穏やかに。   「…ん…? どうしたのユンファさん…――あぁ、お紅茶じゃ嫌でしたか…?」   「……ッ、…」    あたかも僕を気遣うようなそのセリフ――しかし相反しているのは――ソンジュさんのその手、…僕の腰を抱いたその手の、その尖った爪先が、僕の腰にギリギリと突き立てられている。…痛い、――にわかに顔を顰めた僕は、その顔を隠すように俯いた。  ソンジュさんのそれが、「モグスさんに余計なこと言うなって言っただろ…?」というサインだとわかっているからだ…――また僕は、ソンジュさんを()()にしてしまったらしい――するとモグスさんは、若干驚いたようで。   「ど、どうした…おい、大丈夫か?」   「…いっいえ大丈夫です、ごめんなさい、…あ、ありがとうございます、…そう…言いたくて……」    僕がそう誤魔化すと、ふ…とソンジュさんの爪が浮いて、少なくとも鋭い痛みからは解放される。――ただ、いまだ尚ジリジリとした違和感に近い痛みは残っているが、あたかも「いい子だね」と褒めるようにそこを、ソンジュさん本人に撫でられている。…それもまた怖い。         

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