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「…ということで、どうでしょうか…。今日のところは避妊薬を飲んでくださいますか、ユンファさん…」
「……、……」
僕はソンジュさんの腕の中、まどろんだような意識の中で、頷いた。――するとカチャリ…ソンジュさんの爪が陶器の皿に軽く当たる音。パチ、とわずかな音は錠剤が押し出された音か。…そして彼は指先で摘んだ何 か をふに、と僕の唇に、押し付けてきた。
小さな一錠のカプセル――避妊薬――だ。
僕は素直に口を開いて、それを口内へと迎え入れる。
「……ん……」
次にソンジュさんは僕の唇に、水の入ったコップのフチを押し付け、傾け――緩やかに入ってくる水に、こく、ゴクン、と。水に流されて奥に入っていったカプセルが、僕の体内へと嚥下されていった。
「…ありがとう、ユンファさん……」
「……はぁ…、ソンジュさん……」
飲ん、じゃった。
それでもどこか惜しく思いながら、僕はまぶたを伏せた。
「…すみません、その…できれば抑制剤も……」
何にしても僕はこのままじゃ、ソンジュさんを始めとしたモグスさんたちにもご迷惑をおかけしてしまう。――いくらまだ初期症状ばかりであっても、時間が経てば経つほどに、僕のフェロモンの分泌量は増えてゆく一方なのだ。
するとソンジュさんは、屈託ない態度でコクリと頷く。
「…ええ。モグスさんがそうかからず、それも持ってきてくださるはずですよ。――ふふ、それにしても…ユンファさんのフェロモンの匂いは、本当に甘くて良い匂いだね……」
「……、…」
僕はハッとした。
ふんふんと僕の首筋を嗅いでくるソンジュさんに、ゾクゾクとたまらなく、うなじが痺れたからだ。
「…まるで、高級バターのたっぷり入った桃のタルトのようだ…、上品でありながらも甘くて……」
「あ、ありがとうございました、…」
先ほどのソンジュさんの説明に、僕は確かに安堵した。
やはり彼は、僕のことを安心させることにとても長けた、本当に素晴らしい人だ。――恋や愛に不信感をもつ僕なんかにも、その愛を疑う余地などないと信じさせてくださるような人なのだ。…それに彼、何度も何度も謝ってくださって、やはり根本的にはとても誠実な人である。
愛してる。――きっとソンジュさんと結婚ができたら僕は、本当に幸せになれることだろう。
だが、だからこそ、だ…――僕はやっぱり、ソンジュさんの側にいてはいけないんじゃないか。
「…本当にありがとうございました、ごめんなさい…」
僕はソンジュさんをあえて拒むように、その人のふかふかした胸板を押して顔を横へ背け、床に片足を着く。
離れようと思ったのだ。――だが、ソンジュさんは僕が両足を床に着き、単にソファに座るようになるとすぐ…僕のことを後ろから抱き締めてきては、離れることを許してはくれなかった。
「…行かないで、ユンファさん……」
「……、…、…」
駄目、だ。
弱々しい声で、泣きそうな少年のような調子でそう言われると、胸が締め付けられて動けなくなる。
「…貴方が側にいてくれてこそ、俺の人生は、完璧なものとなるんだ…――もともと完璧ではない俺だけど、でも、ユンファさんが側にいてくれなきゃ、俺の人生は絶望だ…だから、どうか…」
「……、…、…」
そしてソンジュさんは、僕の腹をぎゅうっと切なく腕で締め付けてくる。
「…頼むから俺の側にいてください、ユンファさん…――何だってするよ、何だってするから…欲しいものは何だってあげる、俺は何だって貴方に差し出すよ、…俺が持っているものを全部差し出したって構わない、むしろ喜んで全部あげるよ……だから、だからもうどうか、何処にも行かないでくれ……」
泣いているような震え声は、少しだけ上擦っている。
必死に祈るような、懇願するような悲しげなソンジュさんの声は、とても弱々しい。――いや…演技ではない。
これはソンジュさんの真 実 だ。――なぜなら彼の喉が、キュゥ…キュゥ…と小さく鳴っているからだ。
胸が掻き毟られたように切なくなる僕は、軽く俯いた。
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