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45※微
俺はその夢を見て飛び起きたとき、しばらくベッドの上で呆然としていた。――なんて幸せな夢だったろう?
しかもこの夢のみならずなのである。
俺は近頃、いつもの画一的な悪夢の合間を縫ってシチュエーションさまざまな、幸せな夢を見るようになっていた。その夢に共通しているのは、ユンファさんとの甘く幸せな結婚生活、という点である。
あるときは俺たちの間に子供がいた。
金髪に薄紫色の瞳の男の子、銀髪に水色の瞳の女の子。
年頃は二人とも五歳ほどだったので、年子か、あるいは双子かもしれない。
彼らは俺のことを「ダディ」、ユンファさんのことを「パパ」と呼んだ。その笑みの絶えない可愛らしい二人の子供は、俺とユンファさんの間に並んでお互いも手を繋ぎ、また俺たちとも手を繋いで、四人並んでどこかを歩いていた。
男の子のほうがユンファさんと笑顔を見合わせて何か話をしている。今回も彼は銀髪だ。
「パパは今日なに食べたいの?」
男の子があどけない弁舌でユンファさんに問う。
すると彼は「うーん」と、どことなく悩むリアクションを誇張して目玉をぐるりとしてから、また少年を見下ろした。
「……は何が食べたい?」
男の子の名を彼は呼んだらしいが、俺は覚えていない。
ただ今日なにを食べるかどうかの話題から推測するに、もしかするとこれからどこかレストランなどに向かおうとしているか、あるいは家族で買い出しにでも出ているのかもしれない。
そして俺の手を掴んでいる小さな白い手は、派手に面白そうにぶんぶん振れていた。俺の手を掴んでいたのは女の子のほうで、彼女は俺の顔を見上げて、あどけなくニコニコしながらこう俺にねだった。
「今日はダディのお料理が食べたいの。いい?」
俺はこう快く答えた。「Baby,もちろんいいよ、何が食べたい?」
……俺は料理などできないはずなのだが。女の子はいった。「えっとねえ、ハンバーグ!」その楽しみにはしゃいだ大声で、俺の目は覚めた。
夢であるから時系列はバラバラだ。
またあるときは、俺とユンファさんがセックスをしている夢だった。このときのユンファさんは黒髪で、俺は正常位で彼を責めていた。彼はしどけなく乱れて、あられもなく嬌声をあげていた。
とても妖艶であった。
「あ…♡ っあぁだめ…♡ そこもっと、…」
俺に甘えながら、俺の全身に細長い白い四肢を蔦 のように絡めて、全身で俺を求めていたユンファさんは、――しかしその割に俺へこういった。
「今日はナカ駄目…ナカはやめて……アレ、近いんだ」はにかんでそういう彼に、俺は「なぜ?」
すると、潤んだ目で色っぽく俺を睨み上げてきたユンファさんは、「だから危険日…あ、赤ちゃんが…赤ちゃんが、できちゃうからだよ…」とはにかみながらも名言するなり、「いや、まだ子供は…僕は正直、そこまでの覚悟はできていないから……」と目を逸らした。
……俺は結婚指輪の光る彼の手と指を絡めて手を繋ぎ、たっぷりとナカに出した。「ぁ、ぁ…おい、駄目っていったろ僕は!」…そうユンファさんに怒られたところで目が覚めた。――ところで、夢に整合性を求めるのもなんだが、なぜこの夢の中の俺たちの会話には、避妊薬やスキンの存在を感じられなかったのだろうか?
また次の夢では、ユンファさんがヨガをしていた。
髪色は黒、だったような気がする。彼はぴっちりとした黒いスポーツレギンスに――しみじみ思うが、あの膨 ら み はなんともエロ…いや官能的だった、――やはり黒のU字襟のぴっちりとした上着を着ていた。イメージでいえば男性バレエダンサーというようだ。
そのように(俺を)誘うような格好で、ユンファさんはジムか何かで一人、ヨガをしていたようである。そして俺は何か彼に用があったのか、ジム――というかおそらくは自宅のトレーニングルーム――の扉を、「ユンファさん」と開けた。
すると目に入ったのは、部屋の中心で黒いヨガマットの上、真剣にヨガをしているユンファさんの姿である。
彼はダンサーのポーズ――伸ばした右脚だけで立ち、上半身を水平に倒して、右手もその水平線上に伸ばしながら、左足は背中側から左手で持って輪の形にする体勢――で、まっすぐに伸ばした右手の先を真剣に見据えていた。
その鋭く凛々しい横顔はだらだらと汗をかいて薄桃色に染まり、殊に髪の張り付いた頬ははにかんだ少年のように燃えていた。
そして、そのしなやかな細身の体は手脚も長いぶんヨガによく映えていた。
もうはっきりいうがかなりエロかった。
夢の中でも俺はたまらなくなり、迷いなく彼に歩み寄って、側でヨガをたしなむその人をニヤニヤしながら眺めはじめた。
微弱な震えこそあれ、よたつくような危うさはなくなめらかに次々とポーズは変わる。そのヒョウのようにしなやかな体は柔らかく如何様 にも曲がり、細身ながら男らしい筋肉のふくらみもあちこちに見えた。しかしユンファさんは俺に一瞥もくれず、ヨガに集中していた。
寂しくなった俺は、彼がラクダのポーズ――膝立ちになり、上半身を仰け反らせて両足首を両手で掴む体勢――となったタイミングに、上向きの彼の顔を上から覗き込んだのだ。
「俺の敬愛するKing…? ヨガをしている姿でさえとても官能美に溢れているよ。」
しかしユンファさんは俺と目が合うなり俺を睨みつけ、「邪魔しないでくれ」と冷たくいう。「嫌だ」ニヤニヤと俺は上から彼の頬を挟み込み、口付けた。すると俺はやや痛いくらい唇を甘噛みされた。
俺は唇をはなし、「悪い子だ」服の上からユンファさんの乳首を引っ掻いた。「ぁ…っ♡ んっや、やめろ、…」「やっぱりエロくて我慢できません」――「だからヨガ中は入ってくるなって言ったのに、…」すると彼はその場に正座して逃げ、自分の二の腕を掴んで胸を隠した。
やはり黒い二の腕に浮かぶような白い左手の薬指には、銀の結婚指輪が光っていた。
「なぜ夫のヨガを見ていてはならないのですか?」
俺が聞くとユンファさんは、
「……君が僕を襲うからだろ、白々しい…」
といって、非難する目でじっとりと俺を睨みつけた。
俺は一旦そこで「じゃあどうぞ続けて」と促した。…俺はユンファさんのヨガをしている姿を官能的な目線で見ているあまり、まあもう少し見ていようか、見ていたいしと思ったのである。
するとユンファさんは警戒した目線をチラチラ俺に向けながらも、ヨガを続けた。――そして最後のポーズ、ツリーポーズという、両手を合わせて頭上にピンと腕を伸ばし、片足立ちで、もう片足の裏を軸足の内ももに添えるポーズのとき――俺はだらだらと汗をかき、赤らんだ顔の彼に歩み寄った。
ユンファさんは横目にニヤついた俺を一瞥で睨みつけたが、最後ともあってかキリッと前を見据え、俺を無視して続行した。
その黒いまつ毛にも汗が宿っている。とても色っぽい。
俺はその細腰をぐっと抱き寄せた。
ぐらりと傾いたユンファさんの体は、バランスを保とうと咄嗟両足立ちとなり、俺の体にもたれてきた。俺は彼の腰を強引に抱き寄せながら、ユンファさんに昂ぶった思いの丈をぶつけるキスをした。
「……っは…、ちょっと、せめてシャワー浴びてから…」
俺の激しいキスにやや気を呑まれつつも、ユンファさんは俺の胸板を軽く押し、汗にびしょ濡れとなった自分の体をはにかんで、俺を睨んだ。
「汗をかいてるから尚いいんじゃないか…? 敬愛する王の汗を全部舐め取ってさしあげるのが、従者としての…奴隷としての…夫としての…俺の役目ではないのかな、ユンファ…――それに、血行が良くなっている今だからこそ、もっと俺の舌 をよく感じられるよ。」
「……は…? 何言って…、…やっ、♡ どこ、っ触ってんの、…あぁ、♡ ……――。」
……そのあと俺は、ユンファさんの全身の甘い汗を舐めとった。――そのあと「いてっ」、俺はユンファさんにむにっと片頬の肉を抓られて、「今度邪魔したら君、一週間は僕に触らせないからな」と脅され、それに絶望したところで目が覚めた。
またあるときは、俺がピアノを弾いていた。
今住んでいる家にはない、黒いグランドピアノだ。
まあ俺は、幼少の頃から高校を卒業するまでは嗜みとしてピアノを習っていた。そのため楽譜ももちろん読めるし、ピアノだって弾けるには弾けるのだ。
が、別に趣味ともなんともないピアノを、俺は夢の中で楽しそうに弾いていたのである。俺の左手の薬指にはまった金の指輪が、指を動かすたびにチラチラと光った。――俺が演奏を楽しめたのは、ピアノの前の長椅子に、俺と共に腰掛けたユンファさんが、右隣で俺の演奏を聴いていたからだろうか?
くっつくほどに身を寄せ合い、美しい微笑みを浮かべたユンファさんは、感心した眼差しを俺のなめらかに動く両手に向けていた。髪色は黒だったか…「凄いね」ちらりと俺の目を見る彼の薄紫色の瞳は、楽しそうだ。
俺は釣られて笑い、手を止めた。
「…昔取った杵柄 だが…ふふ、最近は毎晩貴方に弾けといわれているから、更に上達しているような気がするよ」
「上達しているならいいじゃないか?」
「そうだね、ユンファのお陰だ。今夜もご褒美はある?」
「…え? 僕のために演奏できるだけで幸せなんじゃなかったのか、ソンジュは。」
「…それは本心だけれど…酷いな、労働の対価をもらえないだなんて…そんなことをいうならもうやめちゃうよ。」
俺は優しい調子で徒 な意地悪を言ってみた。
それでいて自分の手はピアノの鍵盤から下ろさない。
「…じゃあ今日は何がいいんだよ」
「そうだな……、…今日は…また猫耳かな。にゃあにゃあ鳴いているユンファ…最近のちょっとしたブームなんだ」
「……また? 変態さん。ふふ…」
すると妖艶な了解の微笑を浮かべたユンファさんは、俺の右肩にもたれてきた。――「じゃああと二曲だけ弾いて。」
「いいよ。…猫踏んじゃったとかどうですか」
「…君、僕を踏むつもりなのか?」
強いて拗ねたふりをして俺を睨んだユンファさんの目には、甘ったれた艶っぽさこそあれども、疑念などはない。
「まさか。こんなに可愛い猫ちゃんを踏めるものですか」
するとユンファさんは、ふふ、と甘えた含み笑いをもらし、俺の肩の上に顎を乗せてきた。そして俺の耳元、甘ったれた小さな声で「にゃあ」と鳴き、甘える猫の真似をして俺の肩に擦り寄ってきたのだ。
……俺はそれだけで勃起したが、すると、猫ちゃんの結婚指輪がはまった白い手でソレを悪戯されながら、二曲弾くこととなった。
そうして何とか二曲弾いたあとは、ユンファさんがその場で俺の股間に頭をしずめ、ソレをミルクを舐める猫のようにペロペロしながら、「部屋に行くまで我慢できない。君の作ったミルクを僕に飲ませて」ととんでもないえっちなことを言った、……といういいところで、俺の目は覚めてしまった――。
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