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追い求めるとは、まばたきもできず乾いた血眼で凝視するものだ。手の爪が剥げるほどにもがいて掴み、もう二度と離さないと握り締めるものだ。その身が泥に汚れてでも、奥歯を噛み締めて歪んだ醜い顔を晒してでも、自らの人生を延命させようとするものなのだ。
あの未来予知 を見た俺の目はもう迷わない。
ただユンファさんへとまっすぐに据えられ、しかと見開かれた。
俺は、……やっと決心がついた。遅い。
遅かった。ぐずぐずしている間にも、もっと早く初心にかえっていれば、――あの人は、今……。
どうしてもう少し早く思い出さなかった。
遅いだろう、神よ、神よ。どうしてもっと早く、
どうしてこのタイミングで、――。
「……、…」
俺はベッドの上に座り、頬に涙を伝わせていた。
俺は、……――やっぱり俺は、あの人だ。
関係ないだろう。関係ない。何も関係ない。何が問題だ? 何も、何も問題は無い……月は痣 があるから美しい、月は痣があるからこそ月なのだ。月がただのつるんとした丸い白い球体だったなら、人は月に夢を見なかったことだろう。
何も、問題は無いよ――あの人じゃなきゃ嫌だ。
駄目だよ、あの人じゃなきゃ、俺は駄目なんだ。
俺の幸福の根源は、あの人以外には無い。
俺の幸せな夢に出てくるのは、いつも彼だけだ。
俺が夢見ているのは――初恋の、彼だけなのである。
馬鹿野郎、馬鹿野郎、やめろよもう、みっともない、嘘を吐くのはもうやめろ。――俺、少し酔ったみたい。悪癖だ、弊害だ、だがもう、自分にくだを巻くのはやめよう。
迷うな、そうだよ、じゃあはっきり聞くが、
『お前はこれまで本当に幸せだったのか?』
いいや。いいや、いいや、いいや。
幸せじゃない! 不幸だった、俺は、不幸だった!
全部嘘…全部嘘、あれも嘘、これも嘘、それも嘘。
バーカ、ぜーんぶ嘘だよ!
俺は不幸だ! 不幸だ! 不幸だ!
穏やかな季節なんて――俺の目には映らなかった。
なぜか? 俺は目を塞いできたからだ!
俺の目を蒙昧させ、俺を盲目にしたのは、俺だった。
もうよくわかった、わかった、俺はもうよくわかった。
懺悔の断頭台の上で誓った愛を、今こそ貫き通そう。
そうだよ、天啓だ。この夢は、俺が十二のときに見た夢と同じ類のものに違いない。俺の人生の転機を啓示する夢である。そう違いないのである。
だが俺が十二のときに見た夢が正夢となったとき、あの夢のままの展開にはならなかった。俺は夢ならあそこでユンファさんと恋人となれたが、現実ではもちろんそうはならなかった。すると俺の夢は叶わないことも、……いや、俺次第だ、そしてユンファさん次第でもある。
誰がなんと言おうとも、夢は叶えるために見るものだ。
たとえ一筋縄ではいかずとも、そう決め込む他に希望はない。それでなくとも後手に回った遅いリスタートなのだ。あの夢は予知夢である。そしていずれはあの日のように、これがもっと良い形での正夢となる。決して、決して、決して、逆夢とはならない。絶対に、絶対に、絶対に、正夢となる。
俺はこれまで――必死にそのつもりもなく、必死になって俺は、九条 ・玉 ・松樹 を必死に演じてきた。
演者としてたわいない彼 を演じながら、観客として自らその拙い演技を批評して生きてきた。
何度も何度も何度も俺は、俺を殺してきた!
断頭台の上に乗せた頭を切り落としてきた!
――もう……沢山。横車? 押しちゃえ。
まだいい子でいてあげる、まだ仏面した貴方たちの手のひらで踊っていてあげる、だけどいつか絶対地獄を見せてやるから、絶対に許さない、絶対に許さない、準備を整えるから、俺は絶対に貴方たちを許さない!!
あるとき俺の仮面は増えた。
pine という天才作家――増 え た のだ。
彼 の 仮 面 から解放されたのではない。…増えただけだ。そしてその仮面もまた、俺の恣意的 なものではない。
――貴方を手に入られるなら、この仮面だって捨ててもいい。だって……所詮貴方を手に入れるために被った仮面だもん。
俺の夢は叶った。
一見華々しく叶った。だがその夢は、俺が本当に叶えたかった夢ではない。
俺が見ていた夢は、pine じゃない。
俺が叶えようと見ていた夢があった。
だから俺はpine になった。
俺が叶えた夢の中で、まだ寂しそうに眠っている夢があるだろう。その夢こそ本懐なのである。
――俺の、夢見 。
俺はまだ貴方を見ている。
目を開けて、貴方 を見ている。
どうして貴方を諦めようとなんかしたのだろう。
もう目を塞ぎはしないから、どうか目を覚ましてくれよ、俺の夢、俺の叶えたい夢、……俺の、夢見 。
また手を伸ばすから――また俺は、走り出すから。
俺、貴方 が、どうしても、欲しい。
今度こそ俺は、また貴方を掴もうと血眼になって必死になるから――今度こそ俺は必死になって、自分を、自分の人生を、再び生きるから。
俺たちを侮辱していじめた奴らはみんな死んじゃえばいいのに。二人でちからをあわせて一緒に、地獄に堕とそうね?
貴方を助けるよ――必ず、絶対に、貴方を救う。
これは神へと誓った誓願なんだ。
おれまちがってない。だって、さだめだから。
ちがう。ほしいんじゃない。はじめからユンファはおれのものだった。なのにあいつらがよこどりした。返してよ、返して、返し、かえして、かえ、かえして、返してよ!
俺のユンファを返し……
俺のユンファ…だから俺に、「助けて」といって。
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