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第23話 伝家の宝刀
時間にして10分もなかったが、外の世界を堪能したウツロは、となりによりそってくれている真田龍子 へ、気恥ずかしそうに声をかけた。
「あ、真田さん、ごめん。俺、もう、大丈夫だから」
「もっと見ててもいいんだよ?」
ずっと張りつめていたウツロの顔がすっかりと穏やかになり、真田龍子は安心した。
「いや、情報の量が多くてね……これじゃ整理しきれないよ。いちど中へ戻って、落ち着きたいんだ」
「そう……それなら、中、行こうか」
本音を言えばもっと見ていたかったのだけれど、視界に入ってくる情報量が多すぎるというのは事実だったし、なによりいつまでもこうしていては彼女に迷惑だろう。
そんなウツロの気づかいだった。
真田龍子もそれはわかっているのだけれど、彼の気持ちを優先させたいと思った。
二人はまた回れ右して、はじめは通過しただけの部屋の中へと戻った。
ウツロは慣れない様子でそこを見回した。
本当はいままでながめていた外の世界の光景が頭から振り払えず、どきどきしていたのだけれど。
真田龍子はそんな少年の横顔をやさしく見守りながら、また目尻 を熱くした。
「ベッドの用意が間に合わなくてね、とりあえず布団で我慢してくれないかな?」
上座 の上座には、キッチリと整えられた寝具一式が置かれていた。
自分のためにわざわざ……
ウツロは感謝の気持ちでいっぱいになった。
「いやいや、ベッドなんて性 に合わないから、布団で大丈夫だよ。寝床 を用意してもらえるだけでありがたいんだから」
真田龍子の心づくしが、彼はただただうれしかった。
そんな態度をいままで見てきて、彼女はウツロの性格だけでなく、その人生を想像した。
与えられるものがあまりにも少なすぎた……
真田龍子は切なくなった。
でも、自分まで気落ちしていては失礼だ。
ここはひとつ、彼を元気づけよう。
そう思った。
「もう、ほんとに謙虚 だよね。『この家は俺がもらう』くらいのほうがかっこいいのに」
「それは、さすがに……こればっかりは性格なんだ、ごめん」
「そこがウツロくんのいいところだもんね」
「え……?」
「えっ? いや、何でもないよ。さ、テーブルと座布団もあるから、ゆっくりしててね」
「……本当に、ありがとう」
つい本音が出てしまったが、またウツロが食い下がるのではないかと懸念 し、真田龍子はとっさの判断でそれを牽制 した。
とりあえず彼は気づいていない。
この無垢 な乙女の、心の内にまでは……
真田龍子は両手を逆手 に腹のあたりで組みながら、そわそわしてウツロを見つめた。
本当は告白したい、自分の本意を……
でもダメだ、ウツロくんの気持ちが最優先だ。
彼女はグッとこらえて、部屋を去ろうとした。
「お昼ができたら呼びに来るから、それまでくつろいでて。寝っ転がってもいいし、さっきみたいに景色をながめててもいいから」
「うん、そうさせてもらうね。感謝するよ、真田さん」
ウツロとしては心からの敬意を表しているのだけれど、真田龍子は鈍感な彼にやきもきした。
実にもどかしい……
これも認識の不一致である。
「もう、ここはウツロくんの部屋なんだから。何をしようとウツロくんの自由なんだからね? はい、堂々とする、男子!」
張り手のような勢いで、背中を2~3度、パンパンと叩いた。
感情のたかぶりを落ち着かせたかったというのがいちばん大きい。
しかしウツロの物理ダメージはもっと大きかった。
「いっ、いつつ……」
「あっ、ああ、ごめんウツロくん。わたしったら、そそっかしいから、つい」
「あはは……」
南柾樹 といい彼女といい、どうして自分はこうもつっけんどんに当たられるのかと、ウツロは軽い理不尽を感じた。
鈍感さを認識できないから鈍感なのだ。
なんともめんどうな認識の不一致があるものだ。
「じゃ、ウツロくん。禁物 なのは遠慮だよ?」
「う、うん、真田さん。ゆっくりしてるよ」
彼女はそわそわする気持ちを黙らせて、部屋を退室した。
そしてウツロは独り、中に残された。
「真田さん、不思議な人だ……」
彼女のことを考えていると体が熱くなる……
いったいなんなんだ、これは……?
理詰 めのウツロにはまだわからない。
それはとても単純なことであるのに……
とりあえず彼は、座布団を敷いてそこへ座り、じっくり思考を整理しようと試みた。
文明から隔絶 された山奥の隠れ里で育った彼には、時間にしてたかだか数時間の体験であったが、与えられる情報の量が確かに、あまりにも多すぎた。
頭がクラクラして、思考の整理がおぼつかない。
ただでさえ短い時間に、賊 との戦闘や、魔王桜 の悪夢に見舞われていたのだから。
こうなれば思索のスイッチが入るのは必定 であろう。
ウツロは抜きたくもない伝家 の宝刀 を、ごくごく自然に抜きはじめた。
(『第24話 思索 の時間』へ続く)
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