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第49話 兄弟

「見ないで……龍子(りょうこ)柾樹(まさき)……」  少女の顔が、悲しみにゆがんだ――  ウツロとアクタを()らえる(かみ)の力が(ゆる)む。  星川雅(ほしかわ みやび)は糸が切れたように、その場へ(ひざ)を落とした。 「雅っ、しっかりして!」 「来ないで、龍子……わたし、わたし……」  真田龍子(さなだ りょうこ)()()るが、星川雅は拒絶(きょぜつ)の言葉を()く。  いっぽう南柾樹(みなみ まさき)は、ウツロとアクタのほうへ駆けつけた。 「おいっ、お前らも大丈夫か!?」 「柾樹、すまない……」 「ウツロ、この人たちは……?」  当然ながらアクタのほうは、状況(じょうきょう)がのみこめない。  彼はいぶかり気味(ぎみ)にウツロへたずねた。 「アクタと別れたあと、俺をかくまってくれた人たちなんだ。手当てを受けて、食事までご馳走(ちそう)してくれたんだよ」  アクタは言葉に()まった。  ウツロを助けてくれた人たちだったとは……  知らなかったとはいえ、(うたが)ってしまった自分が()ずかしかった。 「……そう、だったのか。すまない、その、マサキさん」 「『柾樹』でいいって。それよりお前らのほうが心配だ。あんたがアクタさん、でいいんだよな?」 「『アクタ』でかまわない。俺は大丈夫だから、ウツロを頼む」 「待ってろ、すぐに治療(ちりょう)できるところへ運んでやる。あ――」  南柾樹にはためらいがあった。  だが今後のことを考えれば、いまはっきりさせておかなければならない。  彼はたとえ(おに)と呼ばれようともと、腹をくくった。 「……お前たち、その……兄弟、なんだってな……」 「――!」  ウツロとアクタはびっくりした。  なぜこの場にいなかった彼が、そのことを知っているのか? 「柾樹……どうして、それを……」  ウツロがおそるおそる聞く。 「すまねえ、雅が発信機(はっしんき)を持ってたんだ。で、受信機(じゅしんき)のほうはこっちにあったってわけ。わりいとは思いながら、ぜんぶ聞いちまった。ごめん、(あやま)る」  事実を()べ、彼は正直な気持ちから、二人に頭を下げた。 「いや、とんでもない。事情(じじょう)が事情だからな、しかたないさ。むしろ礼を言いたいんだ、マサキ」  アクタは座った体勢(たいせい)から、(うやうや)しく地面に両手をついた。 「おい、よせって! なにやってんだよ!? 俺らは(こと)()りゆきを全部盗聴(とうちょう)してたんだぜ!? 非難(ひなん)されこそすれ、礼なんて言われるいわれなんてねえ! 体に(ひび)くから、頭を上げてくれよ!」 「いや、こうさせてくれ。ウツロが世話(せわ)になったようだ。守ってくれて、ありがとう……」  痛む体をおして、アクタはさらに深々(ふかぶか)(こうべ)()れる。 「アクタ……」  南柾樹は複雑(ふくざつ)な気持ちだった。  彼はまた言おうか言うまいか(まよ)った。  だがここで自分が逃げては、アクタの矜持(きょうじ)侮辱(ぶじょく)することになる。  やるしかない――  そう、心に決めた。 「……こんなこと、言っていいのかわかんねえけど……お前ら、いい兄弟だぜ? アクタ……あんた、最高の兄貴だよ」  アクタは衝撃(しょうげき)(かく)せなかった。  いま出会ったばかりのこの男が、ウツロと俺のことを(さっ)し、(なか)を取り持ってくれた――  なんてやつだ、マサキ……  彼の頭に浮かぶのは、ひたすらうれしい気持ちだった。 「マサキ……ありがとう……」  アクタはこぼれる涙を()くのも忘れて、弟を大事にしてくたこの少年に(あつ)く感謝した。 「ウツロ、おめえもな。バカなこと考えるやつだけど、いい弟だぜ? あんまり兄貴の足、()()んなよ?」  ウツロも同様(どうよう)、いや、アクタとは違い、南柾樹を知っているだけに、()をかけてうれしかった。  (にく)らしいやつだとばかり思っていたけれど、それは俺が、こいつの(うら)(つら)だけを見ていたからなんだ。  こんなにいいやつなのに、俺は正直、軽蔑(けいべつ)していた。  人の気持ちなんてわからない男だと、そう決めつけていたんだ。  最低だ、俺は――  すまない、柾樹。  そして、ありがとう…… 「……バカは余計(よけい)だぞ、柾樹……」  うれしさあまってついウツロは、(にく)まれ(ぐち)(たた)いてしまった。  実際は感激に()(ふる)えているというのに―― 「おい、ウツロ。またヘンな思索(しさく)して、この人たちを困らせたんだろ? バカな弟だぜ、まったく。俺みてえにパーになれって言っただろ?」 「うるさい、アクタ。バカはお前だろ? パッパラパーの兄貴め!」  現実は現実だ、しかたがない。  でも、悪くはない現実もある。  兄弟だった――  いいじゃないか、それはそれで。  二人はそんなことを思いながら、()りつめていた心が氷解(ひょうかい)していく感覚を(たが)いに共有した。  「兄弟」は涙を流しながら、しかし笑顔でじゃれあっている。  いいねえ、なんだか――  目の前の楽しそうなやり取りを見つめながら、南柾樹は涙腺(るいせん)(ゆる)ませた。    * 「雅っ、しっかりして!」 「(さわ)んな、豚女(ぶたおんな)……!」 「雅……」  気づかう真田龍子の手を、星川雅は()退()けた―― (『第50話 あわれみ』へ続く)

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