64 / 244

第63話 呪われた存在

「はじめわしは、殺そうと思った……アクタ、ウツロ……お前たちを……そしてひとおもいに、自分も死のう……そう、思った……だがな……」  漆黒(しっこく)山犬(やまいぬ)似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)は、牙の生えた口をもごもごさせながらつぶやいた。 「ある考えが……悪魔の考えが、頭をよぎったのだ……それは……」  今度はへらへらと、薄気味悪(うすきみわる)()みを浮かべはじめる。 「この子らに……愛するアクタの命を奪った、にっくき二人の(のろ)()に……地獄の苦しみを味合(あじあ)わせてやる……みずからがみずからの存在を呪うような、地獄の苦しみを……それがわしの、わしにできる……お前たちへの、復讐(ふくしゅう)……そう、考えたのだよ……」  アクタとウツロの胸中(きょうちゅう)やいかばかりであろう?  彼らがいったい何をしたというのだ?  それをこんな理由で、自分を世界でいちばん不幸だと思い込んでいる男の、的の外れたわがままで、すべてを奪われたのだ。  家庭も、青春も、人生そのものも――  こんなことを実の父から告白されて、冷静でいろというほうが常軌(じょうき)(いっ)している。  ウツロとアクタの頭の中は真っ白になった。  もう何も考えられない。  もう、どうでもいい――  いっそ殺してくれ、それがいちばん楽だ。  二人の「呪われた存在」は次の瞬間、何かの気まぐれによって、意識が吹っ飛びそうな状態に(おちい)っていた。  しかし、そんな二人を救おうとする存在が一歩(いっぽ)(あゆ)()た。 「ガキだな」  南柾樹(みなみ まさき)だ。 「話はわかった。だがな、てめえの理由で、てめえの都合(つごう)だけで、よりによって、てめえの子どもを苦しめる……おっさん、そりゃあ、ガキの屁理屈(へりくつ)だぜ?」  そのセリフに、似嵐鏡月は腹立(はらだ)たしくなった。 「何がわかる? 貴様のようなガキに。アクタの不幸を、わしの苦しみを――」 「じゃあてめえは、アクタとウツロの苦しみがわかんのかよ?」 「黙れ、ガキがっ! 偉そうに説教か? そんなやつらのことなど、知ったことではないわ!」 「どうあっても、アクタとウツロに、わびを入れる気はねえってか?」 「当たり前だ。その二人を苦しめることが、わしの生きがいだからな」 「……そうか。似嵐鏡月……てめえはクソだ……! てめえがてめえのわがままで、どんだけ取り返しのつかねえことをしでかしたのか、それをわからせてやるよ……!」 「ははっ、これはケッサクだ! いったい何ができる? 貴様のような年端(としは)も行かぬ、バラガキ風情(ふぜい)に……!」  にやり――  南柾樹は笑った。 「アルトラにはアルトラで、なんだろ?」  星川雅(ほしかわ みやび)真田龍子(さなだ りょうこ)にはわかった、彼の考えていることが。  だからこそ、止めようとした。 「柾樹、ダメよっ! あの能力を使ったら、あなたはただでは済まない……!」 「そうよ、柾樹っ! あれを使ったら、ほかでもない、あなたがいちばん苦しむことになる……!」  だが、彼の決意は固かった。 「だから何だよ? アクタとウツロの苦しみに比べりゃあ、()みてえなもんだろ?」  桜の森の大気(たいき)がざわつく。  あやかしのような大木(たいぼく)の群れが、眼前(がんぜん)の少年に(おび)えているようだった。 「な、なんだ、いったい……」  似嵐鏡月もそうだった。  山のような猛獣(もうじゅう)と化した自分が、目の前のちっぽけなガキに身震(みぶる)いしている――  彼はその得体(えたい)の知れなさに、(ひたい)から冷や汗を()らした。 「(おが)ませてやるぜ……これが俺のアルトラ、サイクロプスだ……!」 (『第64話 サイクロプス』へ続く)

ともだちにシェアしよう!